10年後の真実:正しい仮説は、「モノづくり文化の土台論」(岩附社長)か、「マニアの出現確率論」(小川教授)か。

 2011年12月1日、本ブログに「ホビー文化の成熟度と海外進出:ある鉄道模型メーカー社長の中国消費文化観」という記事を書かせていただいた。その数日前(11月25日)、葛飾区にある「タカラトミー」の子会社を訪問していた。鉄道模型(TOMIXブランド)のトップメーカーの「トミーテック」である。

 

 事の始まりは。院生の岩崎一彦くん(当時、元セイコー中国事業担当者)が、プロジェクト研究で「鉄道模型の中国での販売事業」を検討していたからだった。その10数年前に、拙著『当世ブランド物語』(誠文堂新光社)で、子供向けのブランド「プラレール」を取り上げたとき、トミーの担当者(菅谷広報部長)にインタビューさせていただいたことがあった。

 そのときの縁で、「トミーテック」の岩附美智夫社長に面談することなった。連絡をすると、菅谷さんは、親会社の「タカラトミー」でコーポレートコミュニケーション部長をしていた。当時は、トミーの女性広報担当課長さんだった。合併後は、広報部長に昇格されていた。

 

 さて、本日、約10年ぶりで、タカラトミーの本社(葛飾区立石)に電話を入れた。かつしか文学賞の原稿を書くための算段である。当時、院生の岩崎君が知りたかったのは、中国の鉄道模型始終の可能性についてだった。
(1)「TOMIXブランド」(鉄道模型のNゲージなど)を抱えている「タカラトミー」(模型事業は子会社の「トミーテック」が運営)が、中国のホビー市場をどのように見ているのか?
(2)「TOMIX」(大人向けの鉄道模型)を中国で販売する計画を持っているかどうか?
であった。

 

 岩附社長の見解は、つぎのようなものだった。
 「プラレール」のような大衆向けの一般消費財と、「TOMIX」のようなマニア向けの趣味嗜好品は、マーケティングのやり方が異なる。そもそも、「Nゲージ」のような大人向けの精巧な鉄道模型は、「モノづくりの文化」が存在していないところ(中国)では市場が生まれない。そして、マニアの消費者を育てることが難しい。中国の鉄道技術は、商品を作り込む技術の上には成立していない。(中略)ホビー文化とそれを楽しむマニア層(消費者)は、自国(中国)で製品(鉄道車両)を製造する独自の技術がないと育たない。たとえば、日本ではゼロ戦以外に航空機のホビー市場は育っていないではないか。現在の中国には、日本やドイツのような「モノを作る文化」が存在していない。

 岩附社長の結論は、次のように続く。「13億人の人口を擁するからと言って、中国で大人向けの鉄道模型を販売するのはきびしい」。そのように考えを表明されていた。これを「モノづくり文化の土台論」仮説としよう。

 

 ところが、小川の推論はそれとは異なっていた。岩附仮説は、事業を運営している経営者としての説明は正しいのだろうと思うが、わたしは少し違った見方をしていた。

 マニアの出現率は、文化を超えた「確率論」が存在するのではないかとの主張である。経済成長で所得水準が高まれば、ある一定比率で、マニアックな消費者(コレクションや内省的な楽しみ方)は生まれるはず。この考え方を、「マニア(消費者)の出現率仮説」と呼ぶことにしよう。
 その根拠にしたのが、RBSを興した橋本治朗社長の以下のような話である。

 

 世界を見渡してみると、一年間でフルマラソン(42.195KM)を完走する人(ある種のマニア層)の割合は、どの国でも人口の一定比率はいる。最高が1%程度(百人にひとり)で、市民ランナーが参加できるレースさえあれば、最低でも0.1%(千人にひとり)程度はいる。たとえば、日本国内では沖縄が最高水準で1%で、東京マラソン以来のマラソンブームにも関わらず、グローバルにみれば、日本はまだ出現率の数値は低いのだそうだ。
 ここで、「レースの開催」に対応しているのが、「経済の発展段階」である。「鉄道マニアの出現率」が、「フルマラソンの参加完走率」に対応している。国や文化が異なっても、確率的に、マニアは一定比率では出現するのである。
 とすると、中国も経済が発展してくれば、何らかの形で、「鉄道文化」は生まれるはずである。少なくとも、「乗り鉄」や「撮り鉄」は、かなりの数は市場として生まれるだろう。そして、モノづくりの文化のあるなしに関わらず、一定比率で鉄道模型のマニア層は出現する可能性が高い。
 日本に比べて人口が10倍はあるのだから、橋本社長のマラソンの比喩を引用するまでもなく、確率が10分の一でも、同規模のマニアックな消費市場が生まれる可能性がある。

 

 というわけで、先ほど、タカラトミーの菅谷さんに電話をしてみた。本日は在宅勤務とのことで、明日になれば菅谷さんと話ができる。岩附仮説と小川仮説のどちらが正しかったのか。中国の鉄道模型市場には、今は拡大しているのか?それとも、日本の鉄道模型市場ほどのことはないのか?

 10年前に、上海と北京で鉄道模型のマニアを取材したことがあった。岩崎君は不幸にも、その後は病に倒れることになった。