「続・ローソンファーム訪問記(漬物工房 彩): 目指すは、ピックルスコーポレーション(上)」

 8月19日午後に、千葉県香取市にある「(株)漬物工房 彩」を訪問した。全国のローソンファームで採れた野菜(白菜、ダイコン、胡瓜、枝豆など)を加工した浅漬けを、(株)ローソンマート(ローソンストア100の運営会社)や地場スーパーなどに納品している漬物の製造販売会社である。

(1)農業FCを支えるもう一人の若者に会いに行く
 ローソンファーム千葉を訪問した翌日に、篠塚利彦社長の携帯に連絡を入れてみた。香取プロセスセンターでお会いできなかった平川慧専務(ローソンファーム千葉に14%出資)の漬物工場を見てみたかったからだった。サラダや弁当などの食材を加工している香取プロセスセンターを取材している途中で、近々、センターの隣接地に、グループ企業の漬物工場が移転してくる計画があることを知った。
 わたしが興味を持ったのは、「漬物工房 彩」の創業者が母親の平川君子さんで、息子の慧(けい)さんが、篠塚社長とは小中学校が同窓で、学年がひとつ下だったからだった。もともと農家の子弟だった31歳(篠塚さん)と30歳(平川さん)のふたりの若者が、大きな企業と組んで、どのように栽培農業から野菜の加工販売事業に乗り出そうとしているのかを知りたかった。
  ローソンファーム千葉は、国が推進している「6次化産業の振興」で、千葉県から出資を受け入れている。香取プロセスセンターがその融資対象になっている。そのうえで、ローソンファーム千葉にとって、野菜の製造加工の補完的な事業ユニットして、平川さん親子が経営する漬物工場を移転する計画が進んでいた。
 新工場の図面を見せていただき、工場完成前に、現状の漬物工場を見学させていただく約束をしていただいた。先々週のことである。

(2)漬物事業の始まり(千葉県香取市福田)
 香取プロセスセンターから、車で約10分のところに、「株式会社漬物工房 彩」の漬物工場がある。自宅敷地内にある78坪の野菜の加工場で、工場長(社長)は母親の平川君子さん。営業面を息子の平川慧さんが担当している。
 なお、同じ敷地内(490坪)で、平川さんの父親が、水耕栽培で小ねぎを生産している。別の場所に490坪の温室があり、栽培された小ねぎはローソンストアなどにも出荷されている。体育教員(父)と事務員(母)だったふたりが農業をはじめたのは、「つくば科学万博」(1985年)がきっかけだった。
 「1本の苗木に、1万個のトマトがなっているのを見て、ふたりともすごく感動したのです」(君子さん)
 小ねぎを水耕栽培していた母親の君子さんが漬物の加工を始めたのは、近所の農家さんからのお裾分けがきっかけだった。田舎に住んでいると、わたしもそのうちのひとりだが、知り合いの農家さんから、姿形が悪かったり規格に合わなかったり、または多くでき過ぎたために出荷できないでいる野菜をいただいくことがある。君子さんは、いただいた野菜が無駄になっているのがもったいないと思い、浅漬けにして直売所に置いてみることにした。
 そのうちに、道の駅(佐原や多古など)に卸す漬物の数量が増えていった。加工スペースを広げて、自宅内に小さな作業場を作った。それが、わたしが一昨日に訪問した漬物工場だった。出荷開始は、平成19年(2008年)のことである。

(3)ローソンとの取組み(2012年~)
 本節と次節の内容は、「㈱ローソンマート」の常務執行役員(商品・物流本部本部長)で、ローソン執行役員の前田淳本部長(アグリ事業推進)から伺った話である。前田本部長には、2回の訪問に同席していただいた。
 平川さん親子が、小さな漬物工房を法人化する直前のことである。2010年に農業分野への進出を決めた前社長の新浪氏が、アグリ事業の担当者を集めて、あることを言い出した。ローソンファームで作られた野菜(一部、規格外品)を加工して、漬物にして販売できないかというアイデアである。この年(2010年)に、ローソンファーム千葉が、大根、人参、小松菜、ほうれん草の栽培をはじめていた。
 直売所に納品していた平川さんを見つけて、ローソンストア100への出荷交渉をはじめたのが前田本部長だった。息子の慧さんはサラリーマンをやめて、事業の拡大をはじめた母親の君子さんを助けるために、実家に戻って働き始めていた。5年前(2010年)のことである。
 「あと3年は、サラリーマンとして働いていたかった」という慧さんの想いに対して、君子さんの言葉には厳しさとともに、誇らしさもにじんでいた。
 「でも、はじめのころ、この子はまったく使い物にならなかったですよ。いまは、ものすごく成長したと思いますが」(君子さん)
 

 *(下)に続く