かなり以前に、メールの書き手には「出撃型」と「待機型」とふたつのパターンがあるという話を書いたことがある。賢いビジネスマンは、「攻め」と「待ち」を上手に組み合わせて、商売を成り立たせている。
本日は、花の小売業で、両方を組み合わせてビジネスを組み立てている企業を紹介する。4月末に訪問した京都の井上花園(井上潤司社長:42歳)の「クリック&モルタル作戦」である。
小売の商売は、「出撃型ビジネス」と「待機型ビジネス」に分類できる。伝統的な小売業は、どちらかといえば、お客さんが店に来てくれるの待っている待機型が多数派であると思われがちである。しかし、実態は必ずしもそうとは言えない。
よく知られているように、三越、大丸、高島屋などの都市型百貨店のルーツは老舗の呉服屋である。呉服屋の売上げは、店売りが主ではない。売上げも粗利益も大きいのは、外商部門である。90年代はじめまでは、老舗百貨店の売上げの約半分は、法人需要と外商部門の売上げで占められていた。名前は秘すが、S百貨店の企業向けプロモーション売上げ(イベント企画、プレミアム商品販売などの出撃型ビジネス)は、年間で百数十億円の売上げを誇っている。法人向けのビジネスが思わしくない2000年以降でも、この事業部門は、利益・売上げともに堅調である。
結論。もし顧客が向こうから来ないときは、顧客が住んでいる場所の近くに商品を運んで届ける出撃型の商売が有利になる。不況の今だからこそ、座して待つのではなく、店舗から出ていく商売の姿勢と気持ちが必要である。
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花小売業界でも、攻めの商売を実践している出撃型の会社がある。伝統の町・京都で、(1)花店経営、(2)移動販売車による行商、(3)ネット販売を同時に実行している「井上花園」さんである。社長の井上潤司氏(42才)は、もともと地元スーパーで店舗開発を担当していたが、15年前に脱サラして独立開業。現在、京都市内に4店舗(売上1.2億円)と移動販売車による行商(同0.5億円)、ネットを使った共同購入(同0.3億円)、その他(同0.6億円:卸売業など)で、合計2.6億円を売上げている。毎年20~30%で売上げを伸ばしている。
成功の秘訣は、出撃型のビジネス姿勢と探求心にある。京都生花から仕入れた花は、自社の加工場で花束にする。3本入りが基本で、価格は180円から280円。単品束が主なのは、「加工作業の効率をあげるためと、お客さんに花束を自由に選んで組み合わせもらうため」(井上社長)である。この点は、同じ「井上」姓の井上英明社長(青山フラワーマーケット)が、加工度が高いミックス・ブーケを販売して成功していているのとは対照的である。
6年前にはじめたルートセールスには、3台のダイハツ・ハイゼットを利用している。車体は藤色で、後部荷台には背高の黄色い幌がかぶせてあるから、遠くからでもよく見える。15人のパートさんが、月水金の表日に、一日平均5,000~6,000パックの花束を作る(裏日は少量ながら仏花)。作業開始は朝9時頃。12時前に作業が終わると、軽トラックに分乗したドライバーがルートセールスに出かける。一台に約30バケットと鉢物トレイを4つ積んで回る。週一回、花の移動販売車が、決まった時間帯に同じ場所に現れる。
トラックが半日で回れる場所は、一日5~7箇所(全体では約100箇所で販売)。団地の入り口などに車を止めて、常連客が買いに現れるのを待つ。観察していると、周囲の住宅は約400~500世帯。車が止まっている20~30分の間に、20~30人の買い物客が販売車の周りに集まってくる。見るだけで帰ってしまう人はひとりもいないので、買上率は5%前後になる。朝仕入れた花なので花持ちが良いことが知れ渡っており、遠くから来たと思われる自転車客も全体の10%ほどいる。
色や種類を組み合わせて、ひとりが2~3束を購入していく。客単価は、400~600円。簡単なラッピングサービスもある。一箇所での売上げは15,000円~20,000円。一台の日販が7~8万円。3台の移動販売車による売上げは、一日平均20万円強となる。
井上さんは、昨年からネット販売にも挑戦してみた。これも出撃型のビジネスである。最初は、自社サイトを準備してネット販売を試みたが、アクセス数が少なく商売にならなかった。ところが、今年の春から「楽天」に店を構えるやいなや、売上げが10倍に増えた。提供価格が格安であったことが大きい(50本単位で販売しているバラやガーベラの一本単価が28~38円!)。3月の売上げは、300万円になった。母の日は、500万円を売り上げている、常連客がほとんどだが、一日のアクセス数は5,000~10,000件におよぶ(買上率は0.3~0.8%)。
問題は利益率であるが、仕入れが安いので粗利率が50%を切ることがない。人件費もほとんどかからない。ネット専任の担当者として、女子社員をひとりおいているだけである。また、加工作業場の仕事とネット販売は、仕入れが共通である。つまり、出撃型と待機型の販売手段を同時に持つことは、販売面でも相補うところが大きい。例えば、夏場は店舗での売上げは落ち込んでしまうが、その分をルートセールスとネットが補っている。「クリック&モルタル戦略」が強みを発揮するのは、実は夏場の需要低迷期である。