昨年末に、上海のユニクロを再度訪問した。以下の文面は、柳井会長と林誠社長(上海)宛てに書かれた電子メールそのままである。
12月25、26日の上海本部と2店舗の視察から、ユニクロが上海の若者(外資系企業で働く25~35歳の男女)と上流階級の中年層(独立自営業で成功している新興富裕層)に受け入れられ、定着しつつある様を感じ取ることができた。英国の事業とはちがって、ユニクロの中国事業は早期に黒字化する見通しである。
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柳井 正 様 2004.1.3
CC: 真島 様 / 林様)
あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。
1月10日(土)のビジネススクール開設セミナーではお世話になります。ヨーカ堂の伊藤相談役とのお食事ですが、矢作先生と一緒に、私(小川)もお昼を同席させていただくことになっています。
添付の資料は、上海ユニクロの再訪問記(2003年12月25~26日)です。真島さん(社長室)と林さん(上海ユニクロ)にも同報します。来週になってから、米国進出に関する個人的な意見を再度、書き加えてお送りするつもりです。御社の戦略立案に資料として参考になれば幸いです。
小川孔輔@法政大学
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1 上海ユニクロ再訪問記(2003年12月末)
12月末に中国(大連~青島~上海)を訪問しました。
本来の目的は、文部科学省の仕事で、有機栽培野菜の農場視察と野菜加工場を見学することでした。そうした中で、初日(12月22日)のアイリスオーヤマ大連工場とアンテナショップ見学、最終2日間の上海視察だけは、「チェーンストアエイジ」の取材をかねていました。アイリスのほかに、店舗視察では、「INAX直営店」(コア店舗)と「上海伊勢丹」(2店舗)を訪問しています。
最後の2日間で、ユニクロ中国本部(26日)と上海市内2店舗(25日午後:南京東路店、26日夕方:准海西路店)を視察しました。社長室の真島さんのアレンジです。いつもありがとうございます。
26日の林誠社長との面談時間は、午後1時間の予定が大幅に延びて2時間になりました。お互いに確認すべきことが多かったからだと思います。また、准海西路店(東京で言えば、銀座・六本木)では、店長さんと直にコンタクトをとることができました。現地の状況が非常によくわかりました。
以下は、林さんとの意見交換と店舗観察からわたしが感じたことです。
(1)上海ユニクロの顧客層(ロイヤル顧客の増加)
約1年前(2002年11月)の上海出店直後に比べて、ユニクロの顧客は圧倒的に増えています。理由は後で述べます。中国本部でも店ごとに入店者数をカウントしていましたが、特筆すべきは、「買い上げ率」の上昇と「ロイヤル顧客」の増加です。詳細な店舗データは、林さんにお聞きください。今年度中に、中国事業は売り上げがブレイクイーブンに届くはずです。
同行した東京都職員・酒井理君(元大学院生)とふたり、短時間ですが店頭観察した成果をご報告します(林さんには報告済み)。南京東路店で夕方(午後5時すぎに)計測したところ、一時間あたりの入店者は約500人。商品の買い上げ人数は約60人でした。買い上げ率は12%ですが、データ以上に実際は高いという印象を受けます。
「場所柄、この店はおのぼりさん(東京・上野みたい)が多い」(林社長)。それを割り引きしても、前回の買い上げ率10%以下(上海外語大近くの店舗)からはパフォーマンスが大きく改善されています。南京東路店は1Fが国営の百貨店で、2Fのユニクロには外側からエスカレーターで上がっていきます。入り口を素通りして3Fにある国営の衣料品ショップに行くのは約30%だけです。エスカレーターで上がってきたほとんどの顧客(約70%)は、とくに若いカップルは、ほぼ迷うことなくユニクロの売り場に吸い込まれていきます。つまり、「目的買いの顧客」が多いということです。
それが証拠に、ユニクロで購入したと思われるダウンジャケットを着て来店してくれている女性客を数人見かけました。一年前とは違って、売り場に何がおいてあるのかをお客さんはよく知っています。また、遠慮なく商品を試着室に持って行く光景が認められます。売り方と商品の陳列方法が定着してきたようです。南京東路店の近所に、香港系ブランドを中心としたセレクトショップがありますが、売り場レイアウト、陳列方法(棚の使い方)、商品ともにユニクロの模倣が始まっています。
ノーブランド(タグなし)で販売する手法もすでにコピーされています。まがい物が続々と発売される前に、是非とも「ロゴマーク」を背中のタグだけにでも入れてほしいものです。ダイエーとの係争時とは比べものにならないほど、将来、問題の根は深くなると思います。
(2)価格の受容性(現地の若者でも手が届く価格に)
価格設定は、前回訪問時と比べて平均30%ほどダウンしていました。わたしが、スターバックス(コーヒー)やキリンビバレッジ(午後の紅茶)、資生堂の化粧品(オプレ)を引き合いに出して指摘した価格帯に落ちついています。とくに、フリース、ダウンジャケット、ボトム・ジーンズなどのアウターは値段的に買いやすくなっています。169元だったフリースが129元(年末のマークダウンで現在は99元)であれば、彼らがまるまる3~5日分働いて得られるお金(1500円~2500円)でフリースが一着買えるわけです。これが1週間以上働かないと入手できないとなると、なかなか手が出ないわけです。
インナー(靴下、ショーツ、トランクスなど)はやや苦戦のようです。店のよって違いがあるのは致し方ないところです。それでも、いずれは上海の顧客にユニクロの品質感が伝わるはずです。准海中路店ではインナーも健闘しているとのことです(店長さんの話)。インナーは「経験財」(長く使ってみてはじめて良さがわかる)ですから、浸透には時間がかかると思います。また、現地人の衣類の洗濯・干し方の習慣、洗剤の使い方などを研究してみたうえで、品質を多少いじるなどしてみてはいかがでしょうか?
後述する「米国進出対策」(来週ファイルを送付します)でも問題になるはずの「過剰品質問題」を、中国の都市部で調整しておくべきかと思います。ベーシックなものであるほど、日本的な品質基準をそのまま押しつけるのではなく、現地の人たちが納得する品質感(もちろん現行のものに対しては数段上で)にあわせるべきかと考えます。
(3)MDの現地対応(標準化戦略の妥当性)
開店当初、あまり商品が売れなかった理由のひとつが、現地の人が好むような色・形のスペックが準備されていなかったことでした。店舗数が8店に増えて、一定の生産ロットに届くようになったことで、MDの現地化が進んでいると伺いました。たしかに店頭を見ても、日本の店には置いていないような色柄の商品が目立っています(約10~20%)。
たとえば、トランクスなどは無地物が多く、チェック柄はほとんど置いてありません。Yシャツも同じで、チェックの柄はほとんど見かけません。ショーツもシンプルなものが主流でした。これは現地での販売実績を反映した結果だと感じました。ただし、陳列されている商品を売り場のカテゴリー別で見たときには、基本的に商品ボリュームは日本と同じであるとの印象を受けます。売れ筋に関しては、間違いなく日・中で共通と見えますから、色・柄は微調整で充分に凌げるように思います(林さんも同じ意見でした)。
このことからは、ファーストリテイリングにとって大切な命題が導かれます。つまりは、「商品(デザイン)開発について、中国での現地化は不要である」ということです。商品開発に費やすべき資金、技術および人的資源は、日本に集中してよいことをこれは意味しています。アジア諸国、とりわけ中国市場では、日本で成功した商品カテゴリーやデザインを時差(ワンシーズン)をおいて投入するか、あるいは、比重を多少変えて訴求するかをねらえます。これは、自動車産業(トヨタ自動車)がこれまで国内販売で行ってきた実践でもあります(「モデル末期は名古屋がねらい」)。
(4)店舗運営に関する印象(サービス水準の再調整)
店舗オペレーションに関しては、気になることがありました。林さんには話したのですが、店内サービスと商品陳列の乱れです。開店当初の店内の清潔さ、挨拶の気持ち良さ、商品の手直しの早さなど、一年で失われてしまったものもあります。店内に配置された商品カタログが汚れていたり、床にゴミが落ちていたり、お店の清潔度が落ちています。
人件費と離職率の関係(中国特有)で大変かと思いますが、店員の配置(アルバイトの質と員数)と教育体制を見直すべきタイミングかと思います。伊勢丹が上海進出後(93年~)、はじめの数年間で非常に苦労した同じ道を歩んでいるのだと思います。聞くところによると、従業員教育では北京に店を出した資生堂も大いに苦労したとのことです。サービス水準を落としてしまえば、日本企業といえども、良い商品は置いてあってもただの小売店です。
もっとも、准海中路店のほうは比較的、店内が清潔に保たれていました。従業員のモラールが高いこと、立地(原宿店に近い印象の一等地)と客層の違い(買い上げ率が高い)が大きな理由と推察されます。店長の指導なのか、商品陳列にも工夫が見られました。広くはないけれど、2層(地下一階、地上一階)でゆったりした雰囲気が売り場を広く感じさせます。
店長さんからおもしろことを聞きました。10月以来、月に3~4件、公的組織(幼稚園や学校、区・市役所など)から、フリースについてまとまった注文(100着単位)を受けることがある。どのような用途かとたずねたら、実は運動会などの入場行進用にユニフォームとして利用されているとのこと。以前にわたしが「ユニクロ新国民服構想」と半ば冗談に書いたことが、現実のものになっている様子でした。こうしたニーズは、今後はもっと顕在化しそうです。
(5)店舗あたり売り上げと採算性(黒字化の目安がついた)
2店舗の平均データを数値化してまとめてみました。2時間(南京東路店)+1時間半(准海中路店)にわたる店頭観察と聞き取りからの推測です。
一日の来店客は3000人~4000人。買い上げ率が15~20%。レジ客数は一日あたり約500人。客単価は150~180元(平均で約2500円)。したがって、平均日販は約125万円。年間では一店舗あたり約4億円の売り上げになります。
以上は、クリスマスの25日、上海市内の一等地での販売業績(推測)なので、営業的にこれが成立する立地は市内で20カ所程度と考えられます。客数・客単価は、一般的な立地では、ここから売り場生産性が20~50%下にふれそうです。おそらく平均年商で一店舗あたり3億円程度。それでも、上海地区だけで20店舗ほどの出店余地があるので、すぐにでも年商50億円には届きそうです。
日本と同じように、ユニクロがブランドとしてブレイクすれば、その倍の売り上げ(6~7億元=約100億円)は確保できそうである。郊外店舗は小型自動車(1,000~1,300CCクラス)の普及がはじまる2005年末までは、採算に乗せることがむずかしそうです。当面は、都市中心部に集中して、郊外化がはじまる時機を待ったほうが賢明かと思います。
(6)上海地区からの事業展開(資生堂コーナー・ショップに注目)
以下は、林さんへのメッセージです。26日にお話をさせていただき、帰国してから考えていたことです。
上海地区から地方都市へ事業を広げていく場合、資生堂が地方百貨店で複数のショップ(あるいはコーナー)を成立させている都市が進出の目安になります。一覧は資生堂の社内資料でリストになっていますので、入手してください。まずは300万~500万都市を選んで出店になるかと思います。出店余地が大きいのは、中国北部の大連(出店計画があったSCをのぞいてきました)、青島などです。南部ではなく、冬場が寒い北部の都市です。ロジスティック上も上海からあまり離れていないところが出店候補地になります。それぞれ都市中心部に5~10店舗程度は出店が可能ではないでしょうか?
ところで、上海の中心部に出店した店舗では、互いに1.5キロしか離れていないところに3つの店舗がありました。競合を心配していますが、地下鉄やバスの路線が違っているので、「現状では共食いがまったく起こっていない」(林さん)とのことでした。むしろ問題は、十分な売り場面積がとれるかどうか、あるいは、家賃に見合うほどの売り上げがあげられるかどうかになります。たとえば、香港の伊勢丹は、返還直後に家賃高騰のため閉店に追い込まれています。上海(中国都市部)では家賃インフレとの戦いになる可能性があります。
2004年末には、WTO加盟で小売業の進出が原則的には自由化されるとのこと。出店環境はきびしくなることが予想されます。しかし、都市部住民の購買力はさらに上昇するので、バランスを考えるとプラスになると予想できます。それ以上に、都市中心部を少しはずれた立地でも採算に乗るようになるのではないでしょうか?