注文用タブレットの使い勝手の悪さが、企業を滅ぼしかねない(幸楽苑とデニーズの事例)

 2年ほど前のことになる。近くの「幸楽苑」(本社:福島県郡山市)で、ラーメンと餃子を頼もうとした。タッチパネルがテーブルの上に置いてあった。それまでは従業員さんが注文取りに来ていたのが、タッチパネル方式に変更になった。人件費の削減とサービスの効率化のためである。簡単にオーダーできると思い、タブレットの画面に指を置いた。

 

 ところが、タッチパネルの反応が遅いので、いらいらしてしまう。注文したいのは、ラーメンと餃子である。それだけである。いつまでたっても、注文完了の画面にたどり着けなかった。どうにか食べ終えることはできたが、ふたりとも釈然としない気持ちで店を離れた。

 ふだんはPCの画面から、エアラインや鉄道のチケットを予約することがある。たしかに切符の予約がうまくできないこともある。しかし、その時の幸楽苑のタブレットの使い勝手の悪さは、さすがにひどかった。操作性のダメさ加減が度を越していると思った(ネット検索で同じ感想の人がたくさんいることを確認した)。それ以来、かみさんと幸楽苑で食事したことがない。

 幸楽苑のラーメンはあっさり目で、とても好きな味である。創業者の新井田傳さんには、20年ほど前に雑誌の仕事でインタビューをお願いしたことがあった。夏合宿の帰りに、郡山の工場も見学させていただいた。餃子(の皮)を打ち抜く自動化ラインを見せていただき、清潔で合理的な仕組みに感心したものである。

 

 「たかがタッチパネルの操作性」と侮ることなかれである。2年前の悪夢を経験したわが夫婦は、どちらからともなく、「幸楽苑のラーメンを食べに行こう!」と言わなくなった。それまでの外食の選択肢から、幸楽苑は外れてしまったのである。

 そして、先月の5月15日、幸楽苑から社長交代のアナウンスがあった。2018年に社長に就任した息子の新井田昇氏が解任され、創業者の傳会長が社長に復帰することになった。本日(6月23日)から、新体制が発足することになる。昇氏の5年間の社長在職期間中は、コロナ禍で外食の経営は厳しかっただろう。同情したい気持ちはある。

 それでも、競合チェーンの日高屋(神田正会長)やサイゼリヤ(正垣泰彦会長)、物語コーポレーション(加藤央之社長)は、苦しみながらも業績は順調に回復してきている。私見だが、幸楽苑には何か欠けているものがあったのだろう。象徴的な出来事が、ラーメンに指が混入していた事件だった(2016年)。そして、2年前のタブレット端末によるオーダーシステムの変更だったように思う。

 

 ところで、4日前(6月19日)に、今度は秋葉原のデニーズで同じことを経験した。またしても、「タッチパネル地獄」に遭遇したのである。

 秋田の実家の掃除と母親の7回忌のことで、東京在住の兄弟3人がデニーズで食事をすることになった。3人が住んでいるところが、板橋と葛飾と吉川市(埼玉県)である。真ん中の秋葉原が集合場所に選ばれた。

 妹の道子からの提案で、デニーズ(秋葉原中央店)がランチの場所として選ばれた。わたしは、集合時間の13時に少し遅れて到着した。16時から大崎でインタビューがあったので、アルコールは控えることにした。ふたりは、カットステーキと生ビールを注文しようとしていた。

 

 道子がテーブルに置いてあるタブレットを手にとって、タッチパネルの画面を操作し始めた。しかし、うまく操作できず注文ができない。わたしの手に、お鉢ならぬ(笑)、タブレット端末が回ってきた。前日に、「ゆず庵」(松戸秋山店)で、しゃぶしゃぶとお寿司の材料を、次男の真継がタッチパネルですいすいと入力していた。

 そのつもりで、デニーズのタッチパネルに触ったのだが、カットステーキと生ビールがなかなかオーダーできない。二人ともにカットステーキを頼みたいのだが、トッピングとドレッシングが別々である。従業員を呼んで注文する場合は、例えば、カットステーキは2人分で、ドレッシングは和風とフレンチで、サイドメニューは無し、のようになる。

 ところが、最初はふたりのオーダーを、従業員風にやろうとしたところで失敗してしまった。メニューの遷移がうまくいかなかったのである。そこで、カットステーキの注文を、ふたり別々で入力することにした。たかがカットステーキの注文に、5段階の操作ステップがプログラムされている。これはまずい。

 

 極めつけは、最後に「注文の個数」を確認する操作だった。カットステーキを一個オーダーしたいのだが、トッピングとドレッシングとサイドメニューの確認をしてから、もう一度「+1」をタッチしないと注文が確定しない。なんとも隔靴掻痒なのだ。注文個数をまちがえないよう、最終的に「個数」を再入力させるプログラム上のチェックなのだろう。

 これらは、”お店側の都合による”リスク回避の操作である。グループで来店した場合、この入力操作はオーバーロードになる。デニーズでの食事に慣れている人なら、問題を感じないかもしれない。しかし、わたしのように初めての客にとっては、ストレス以外の何物でもない。

 妹に尋ねてみると、結局は、板橋の近くのデニーズで食事をするときは、店の従業員に入力を頼むらしい。それならば、タブレットを使って作業を効率化する意味はなくなってしまう。「ゆず庵」や「焼肉きんぐ」(物語コーポレーション)のように、「食べ放題」でさくさく注文品が入力できるのなら、オペレーションの合理化でコストダウンは可能である。

 しかし、デニーズ(秋葉原店)の店内オペレーションを見ていると、働いているひとの顔が引きつっている。大変そうだ。料理のプレートを運んでいる従業員の姿を眺めていると、タブレット導入でオペレーションの効率化ができているようには見えない。この先は、デニーズにも、幸楽苑のような「タッチパネル地獄」が待ち受けているのかもしれない。

 端末の注文入力のプログラムの不具合と、タブレットの操作性の悪さが企業を滅ぼしかねない。デジタル革命の成功と破滅の分かれ目が、タブレット端末の出来不出来と、ソフトプログラムの完成度によるものだとは。恐ろしい時代になったものだ。

 

 <考察と対策>

 外食産業におけるタブレット操作の一連の問題は、つまるところ、3つの問題が背後にある。

1、現場と開発側のコミュニケーションの断絶

 システム開発(プログラムと操作画面)をする側が、利用者のことを考えていない。あるいは、プログラムを組むチームが現場にきちんと入って、利用者の立場になって操作性を高める努力をしていない。この場合は、自前の開発が前提になる。外部のITベンダーを利用する場合は、結果が絶望的になることがある。確かめていないが、2社の事例はベンダー選択の失敗が原因なのではないだろうか?内製化は必須だろう。

 

2、経営トップの問題

 ITを理解できるトップがいる場合は、こうした問題はほぼ起こらない。社内力学でベンダーを決めたり、開発部門に丸投げをしていると、2社のようになる可能性が高い。この場合の対策は、1とも関連するが、ワークマンやカインズのように、あるいは、物語コーポレーションのように、IT人材を外部から引き抜いてきて内製化するしか方法はない。トップの役割は、外部のCIOを選ぶことができる人脈と見識にかかっている。

 

3、DXの課題はビジネス選択の問題でもある

 物語コーポレーションと、幸楽苑やデニーズと仕組みを比べてみよう(カッコ内は「物語」のケース)。例えば、タブレットの操作設計において、「プログラムのソフト」を優先するのはやめるべきである。別の言い方をすると、むしろビジネスのやり方(「食べ放題にする」)や注文の仕組み(シンプルにする=「多段階にしない」)を考え直すことが大切である。複雑なメニュー構造や注文の仕方に制約をかけないで、ソフトウエア(プログラム)で、営業部門からの要求を満たそうとすると失敗してしまう。デジタル・トランスフォーメーションは、ビジネスのやり方にメスを入れることをも要求する。

 

 

 <追記>

 ちなみに、デニーズのタブレットについて、わたしと同じような感想を持ったお客さんは、少なくないようだ。わたしが注文の際に抱いた困難は、たくさんの方の課題でもあったようなのだ。

 例えば、この方も4つの困難(以下に列記)に遭遇していた(https://henka.jp/blog/design/1132/)。

 

デニーズのタブレットについて、4つの問題点の指摘。

1:一覧性がない
 画面で見れる料理の総数が少なくざっくり見て選ぶという使い方がしにくかった。
2:多人数で見にくい
 テーブルに1つしかタブレットがなく1人ずつしかメニューをじっくり見られなかった。
3:カテゴリ分けが分かりにくい
 大まかなカテゴリ分けはされているが、探している料理がどのカテゴリに配置されているか分かりにくい時がある。
4:オプションが分かりにくい
 料理を選んでから選択できるセットメニューなどがわかるため判断がしにくい