人口わずか1万2千人の小さな町から、特定分野で日本を代表する2つの企業が生まれている。関東平野にあるその町は、埼玉県比企郡小川町。東証一部上場企業となったふたつの企業とは、食品スーパーの「ヤオコー」(関東近県に59店舗、売上高約1000億円)と実用衣料品小売業の「しまむら」(関東地方を中心に全国約700店舗、売上高約2200億円)である。
筆者はたまたま「小川」という姓に生まれたので、いつの日にか、小川町で生まれたふたつの企業の経営者と話しをしてみたいと思っていた。『ダイヤモンド・ホームセンター』(ダイヤモンドフリードマン社)の副編集長・千田直哉氏が「小川先生、雑誌で”小川町物語”を執筆しては?」とそそのかされていたからである。
念願がかなって、一昨日(12月17日)、ヤオコーの2代目経営者(実質的には創業経営者)、川野幸夫社長にお話を伺う機会を得た。以下は、そのときの取材記録である。事の発端は、法政大学小川ゼミの3期生・塩原淳男君が、ヤオコーの青果部長に就任することになり、ほぼ20年ぶりに市ヶ谷の研究室を訪問したことであった。
<小商圏・地域一番店戦略>
24年前を振り返ってみる。わたしは当時、東大の大学院生で26才。法政大学経営学部の講師を兼務する駆け出しの研究者であった。専門分野は、統計分析を使った商圏予測モデルの開発で、東大の大型計算機センターでは文系最大ユーザーであった。そして・・・、1970年代末のスーパー・ヤオコーは、埼玉県と群馬県で7店舗を経営する小さな地方スーパーでしかなかった。経済学部の大学院生が、ヤオコーの名前を知っていることだけでも、おそらく大変な偶然であっただろう。
なぜ「ヤオコー」を知っていたのか? それは、1977年に「イトーヨーカ堂」が群馬県藤岡市に進出したからである。その年、大学院時代の恩師(梅沢豊・現在帝京大学教授)の指導の下、梅沢ゼミ生(すなわち、わたしの後輩)の4人と一緒に、藤岡市周辺で「大型店の出店影響度調査」を実施した。大店法の運用が強化されたばかりで、大手量販店の出店が、地元商店や中小スーパーにどのような影響を与えるのかを調査するのがテーマであった。
当時のメモが残っていないので、記憶に頼ることになるが、IY(藤岡店)出店の影響が及ぶと見なされていた町は、群馬県南部では甘楽、児玉などであった。事前知識があったわけではない。群馬県南部の田園地帯を車で走っていて偶然に見つけたのが、児玉町にあるスーパー・ヤオコーである。児玉店は一階が「ヤオコー」で、2階が「しまむら」であった。小川町出身の2つの企業に、その日まったくの偶然に出会ったわけである。