「マザーズ、テスコに見るスーパーのオーガニックMD: 日本におけるオーガニックスーパーマーケットの可能性」 『チェーンストア・エイジ』2001年12月15日月号

「マザーズ、テスコに見るスーパーのオーガニックMD: 日本におけるオーガニックスーパーマーケットの可能性」*1 『チェーンストア・エイジ』2001年12月15日月号
1 はじめに: 目的と要約
 イギリスのスーパーマーケットでは、オーガニック食品の販売方法に関してこの数年で大きな変化が起こっている。


筆者が2001年の1月末から2月初旬(1月30日~2月8日)にかけて現地調査を行った英国のスーパー上位3社(「テスコ」「セインズベリー」「マークス&スペンサー」)の店頭では、いわゆる「オーガニック食品売場の英国現象」が顕著に観察できた。
 「英国現象」とは、通常の食品と有機食品のコーナーが同じ売場に併存し、両方の商品が陳列販売されるという事態である。両形態の食品に対して食品売場を分割して割り当てるという経営方針は、日本のオーガニック食品市場でもこの先3~5年くらいで経験するかもしれないひとつの可能性を示している。英国の食品小売業で起こっている事態(フランスもほぼ同様)を、われわれは先行的な事例として参考にできる。
 本レポートの目的は、英国のスーパーマーケットにおけるオーガニック食品の売り場の店頭状況を説明したうえで、日本での展開を考えることである。そのために、まず英国の現状について公表された調査データをながめ、筆者自らの観察による店頭の状況を写真で示すことにする。つぎに、日本における売り場展開の可能性をさぐるために、5年前にわが国ではじめて本格的なオーガニックスーパーの店舗展開をはじめた「マザーズ藤が丘」(田園都市線藤が丘駅前:売り場面積350坪)において実施された店頭調査(2000年11月)の結果を紹介する。この調査では、3つのタイプの調査が同時に実施された。*2 その3つとは、「店頭アンケート調査」「店頭通行量・入退店者数調査」「店内動線調査」である。3種類のデータを総合的に分析することで、日本の有機農産物の店頭購買行動に関して、これまで得られなかった重要な知見が得られている。主な結果を、以下では簡単に要約することにする。
 ①日本においても、「価格要因」よりも「健康と安全」に価値を見いだす、オーガニックスーパーを支えるコアとなる消費者が育ちつつある。
 ②こうしたユーザーは、店舗ロイヤリティがきわめて高く、来店頻度(週2~3回の高頻度来店)ならびに客単価(¥5,000~¥10,000)も想像以上に高いことがわかった。
 ③調査対象となったオーガニックスーパーの経営を支えているのは、ヘビーユーザー(来店客中の約20%)である(「80:20の法則」がここでも成立していた)。
 ④単独で店舗を運営するという立場でいえば、現状の問題点は、商品供給(品揃え)と陳列補充(欠品対策)に集約できる。
 次節ではまず、店頭調査について紹介する前に、日本におけるオーガニック食品の販売について概観する。そのあとで、英国の実態を記述し、「英国現象」の背後にある要因を説明する。最後に、「マザーズ藤が丘店」の店頭調査から得られた知見を要約し、日本でのオーガニックスーパーの将来展開について展望してみる。

2 オーガニック食品売場の英国現象
(1)日本の現状:オーガニック食品の販売チャネル
 日本では、オーガニック食品の販売は、3つのルートで成長してきた。ひとつは、有機農産物の宅配ルートである。運営組織形態はそれぞれ少しずつ異なっているが、1990年代に有機農産物の普及と販売促進に大きく貢献したのは、「生協」「らでぃっしゅほーや」「大地の会」などの有機農産物の直販組織であった。
 ふたつめのチャネルとしては、健康食品などを取り扱う「自然食品店」が、とくに有機野菜の販路として重要だった。ただし、いずれの店舗も単独店にとどまり、複数の店舗を持つチェーン型小売業に成長する企業はなかった。商品分野はやや異なるが、その例外は素材加工型の健康食品販売会社である。「ファンケル」などの大手健康食品メーカーは、独自に店舗を展開するだけでなく、健康食品(機能性食品)のベンダーとして、セブン-イレブンなどのコンビニエンスストアやドラッグストアに商品を納品することで、加工食品分野で成長してきた。ただし、ファンケルのような企業は、生鮮(加工品)品を扱っているわけではない。ノンフード・チャネルで、加工食品のひとつとして食品部門に食い込んできた企業である。
 3番目の販売チャネルは、有機野菜を売り物にしているフードビジネスである。代表的な企業としては、ファーストフードでは、「モスフードサービス」や「フレッシュネスバーガー」、テーブルサービス分野では、「ワタミフードサービス」や「ジョナサン」をあげることができる。また最近では、百貨店の高級総菜コーナーから出て、日常的な和・洋・中華総菜の路面店展開をはじめた「ロック・フィールド」(「RF1(アールエフワン)」「サラダバッグ」などを展開)が、「オーガニック」ではなく「健康と安心」を標榜しているのが注目に値する。*3
 なお、量販店や食品スーパーでも有機食品(自然食品)は売られているが、上述の3つの販路と比べると、品質に関して消費者から全幅の信頼を勝ち得ているとは考えられないもちろん、ジャスコのPB商品(「グリーンアイ」)の展開やニチレイによる有機野菜の中国からの輸入の動きを過小評価するものではないが、現状では英国の状態とは大いに隔たりがあると考えてよいだろう。なお、日本で歴史的にもっとも有力だったオーガニック食品の販売経路は、宅配による直販チャネルであった。*4

(2)英国の国内消費と輸入の現状 
 有機食料品店などの販売に関しては、詳しくかつ正確な統計データは存在していない。というのも、少なくとも日本と欧州については(米国はむしろ例外である)、「オーガニック」(有機)についての定義がはっきりしていないからである。*5 定義のあいまいさを前提としたうえで、英国について、オーガニック食品の販売に関してひとつだけ統計データを紹介できる。米国農務省から発表された ‘Organic Perspective’(USDA H&TP Home Page) というレポートに記述されている「英国土壌協会(Soil Association)」が発表した数字である。そこでは、英国における有機食品の小売り販売額が、昨年度(2000年)は対前年比で55%上昇したことが示されている。2000年の小売り販売額は、1999年の5.8億ドル(約696億円)から9億ドル(約1,080億円)に急上昇している。
 同報告書は、イギリスのオーガニック食品市場について以下のように述べている。「EUの他の国に比べて、英国のスーパーマーケットはオーガニック食品に対して並々ならぬ関心を寄せている。昨年度は、オーガニック食品の取り扱いのなかでスーパーが占める割合が74%(前年は69%)に増加した」。もちろん、国内生産だけではオーガニック食品への需要増をまかなうことができない。そのため、いまでは英国は有機農産品の75%を海外に依存するまでになっている。輸入依存度は、この先ますます高まっていくことが予想される。*6 

 (3)英国のスーパーマーケットの店頭: 有機・非有機食品の併存と比較購買
 スーパーマーケットの店頭を見る限りでは、英国の有機食品(オーガニック・フード)は、米国や日本とはかなり異なった展開をしているように見える。ロンドンなど都市部の大型スーパーでは、売場が通常の食品売場とオーガニック食品の売場に分割されている状態が、ごく一般的になってきている。*7 狂牛病の蔓延など、食品に対する不安がオーガニック食品の普及を後押ししていることは確かである。
 牛乳やチーズなどを例に取ると、日配品のコーナーで乳製品に3尺のゴンドラ6本が割り当てられているとすると、そのうちの2本が陳列棚に「オーガニック」のラベルサインが付いた「オーガニック・ミルク」や「オーガニック・チーズ」のコーナーになっている。POPのような「挿しラベル」が青と緑で統一されており、ロゴやタイプフェースもどの売場でも共通したイメージのものが使用されている(テスコの写真参照)。
 「2:1」の比率は、ロンドン市内の「テスコ」(訪問したモデル店舗)の数字である。野菜に割り当てられている売場スペースはかなり広いので、「オーガニック・ベジタブル」のコーナーはもっと目立って大きい。なお、標準的な食品のカテゴリー別に(たとえば、総菜コーナーなどでも)、両方の形態の売場が併存している。「非有機:有機食品」の比率が「2:1」程度と言ったのは、あくまでも観察による概算値である。同じ地区の「セインズベリー」(売場面積が半分以下)では、注意していないと「オーガニック食品」のコーナーであることに気がつかないまま通り過ぎるところであった。*8
 イギリスの状況は、やや特殊であるかもしれない。オーガニック食品の普及にプラスに作用している小売り環境が英国には存在しているからである。以下では、英国の特殊要因を見てみることにする。イギリスの食品小売業には、3つの際だった特徴がある。
 ①一般的に、取扱商品の中でPB商品が占める割合が高いこと(「マークス&スペンサー」でPB比率はほぼ100%、「テスコ」で約60%と言われている)。
 ②食品小売業の上位集中度がきわめて高いこと(上位10社で60%以上)。
 ③サッチャー政権以来の規制緩和の流れを受けて、休日営業・夜間営業(24時間営業)が常態化している。米国や日本のようにコンビニエンスストアが発達する前に、食品小売業がますますシェアを伸ばしている。
 その結果が、小売業界におけるスーパーマーケットの一人勝ちである。もちろん、勝ち組と負け組の違いはあるが(「テスコ」と「アズダ」が勝ち組、「セインズベリー」と「セーフウエイ」が負け組)、以下の状況を見ても分かるように、その後の展開でも食品スーパー業態に小売りを取り巻く環境が有利に働いている。
 ④ネット販売でも、スーパーマーケットが優勢である(「クリック&モルタル組」が圧倒的に優勢)、*9
 ⑤店舗ロイヤリティ・プログラム(カード戦略)の勝利者も、テスコのような上位のスーパーである。
 以上のような条件下で、日本でも将来スーパーマーケットが有機食品を取り扱う中核業態になるのかどうかが問題になる。この点に関しては、マザーズ藤が丘での調査結果を紹介したあとで、ふたたび議論することにする。

3 マザーズ藤が丘:店頭調査
 日本におけるオーガニックスーパーの展開を考えるために、筆者らは昨年末(2000年11月)に「マザーズ藤が丘」で店頭調査を実施した。ここでは、そのときの調査結果を要約して紹介する。

 (1)調査方法と実施概要
 店頭調査の概要は、以下の通りである。実施日は2000年11月25日(土)で、3つの調査が同時に行われた。
 <A> 店舗利用者へのアンケート調査
 店頭でのアンケー調査が、顧客の全体像を知るために実施された。来店客に対する標本抽出率は、調査当日における入店客数990人(総入店客数で11時30分から19時00分までの7時間30分)に対して103サンプルであった(レジ通過客数はそれより少ない)。抽出比率は、10.4%である。天候は快晴。周囲でイベントなどはなく、通常の営業日とほぼ同じ条件であった。アンケート調査は、顧客が買物を終えたレジ側出口で行われた。
 <B> 店頭通行量・入退店客数調査
 マザーズの店頭を通過する歩行者をカウントした。集計区分は30分単位で、計測時間は11時30分から19時00分までの7時間30分間であった。計測地点は、正面入り口(駅寄り)、横入り口、後面入り口の3カ所である(店舗レイアウト参照)。なお、通行人のカウントと同時に、店舗入り口を通過する入店者、退店者の数を計測した。調査条件は、店頭通行量調査に準じている。入り口別、時間帯別に、歩行通行者中の来店客比率を測定するのが目的である。
 <C> 店内動線調査
 店舗に入店した買い物客を追尾して、買物行動(売場ごとの「立ち寄り」と「買い上げ」)の詳細を記録した。店内動線調査は、12時00分から18時00分までの6時間にわたって実施された。調査の対象は、午後の時間帯のみで500サンプルであった。記録された動線データは、店舗内の商品棚位置を表示した記録用紙を用意し、「立ち止まった」「手に取った」「買った」という買物区分を調査員が観察記録した(集計表参照)。
 以下の分析は、<A>~<C>の調査の分析結果から、オーガニックスーパーの展開に関連のある部分を抜き出したものである。

(2)データの分析結果
 データを分析した結果を、オーガニックスーパーを利用している消費者の「顧客像」「利用意識」「買い物行動」の順に記述する(詳しい記述については、報告書を参照のこと)。
 <A> マザーズの顧客像
 ①性別年齢: 女性が84%で30代が多数を占める(約44%)  (図1)
 ②住まい: 自動車ないしは徒歩で5分~20分の範囲(約83%)
 ③所得水準: 駐車場に停めてある自動車の車種をみると、外車が多いことから平均的
  な所得はかなり高いと見られる。とくに、遠くから来る顧客はそうである。
 ④来店頻度: ヘビーユーザーは、週2~3回来店 (図2)
 ⑤客単価: 平均は¥2,800であるが、中央値は¥2,000 *10
 <B> 顧客の店舗利用意識
 ①マザーズを利用する理由:「自然食品の店」「品質がよい」が圧倒的な支持理由(図3)
 ②オーガニック食品に関する評価:「健康」「安全」「家族のため」という理由で
   自然食品を購入している(各項目は75%以上) (図4)
 ③自然食品を購入するときに重視する点:「品質」「品揃え」「商品説明」が重要。
   逆に、「パッケージ」「陳列」「価格」はほとんど問題にされていない。(図5)
 ④農薬への懸念:「とても気になる」「気になる」が圧倒的多数(83%) (図6)
 <C> 買い物行動
 ①競合店の利用:その他の利用店舗は、ほとんどが「東急ストア」をあげている
   (約35%)。その他は、自然食品系統の店舗(生協など)である。競合して
   いるというよりは、マザーズだけでは品揃えが不十分なので、他店は補完
   的に利用されていると考えられる。(図7)
 ②宅配の利用:「生協」「大地の会」「らでぃしゅぼーや」など、有機野菜の宅配を
   利用したことがある経験者が約4割%、そのうちの2/3が現在も継続利用者。(図8)
 ③店内滞留時間
   ほとんどが目的買いであるから、めざすカテゴリーはほとんど決まっている。     したがって、店内滞留時間はきわめて短い(5~10分)。
 ④買い上げ点数/購買カテゴリー
   パンと野菜が、主として目的買いされている。立ち寄り率も高い。
   平均買い上げ点数は、5~6点。
 ⑤ポイント会員:全体の売り上げの70%をポイント会員が占めている。ポイント会員は、
   通常の来店客に比べて客単価も高い(¥2,000対¥1,500)。

(3)顧客分析のまとめ
 以上の調査からは、以下のことを結論づけることができる。
 ①オーガニック食品に関して、小規模食品スーパーの健全な経営を支えることができるほ
  ど数のヘビーな消費者のプールが存在する。中心顧客や店舗立地をうまく選べば、
  小さな商圏であっても、オーガニックスーパーが日本で成立する条件が生まれている。
 ②店舗ロイヤリティが極めて高い消費者たちは、家族の健康や食の安全性に対してとても
  敏感である。一般的には、有機食品に対する価格感度はきわめて低い。
 ③そうした消費者は、かなりの割合で有機農産物の宅配サービスの利用客でもある。
  また、一般小売店に対するロイヤリティは高くない。

4 マザーズ藤が丘: 店舗クリニック
 ここでは、マザーズ藤が丘の「店頭調査」とヒアリングからわかった「店舗オペレーション」の実態を踏まえて、オーガニックスーパーの商品供給、売場構成、棚レイアウトについて私見を述べる。

(1)顧客の来店行動:通行量と入店客
 通常の小売店舗や飲食店(ファーストフード店)の場合、一日の来店客数は、来店動機によってふたつのグループに分かれる。ひとつめは、店舗ロイヤリティが高い顧客で、利用目的が明確で購入商品もカテゴリーもほぼ決まっている顧客である。マザーズの場合は、ポイントカードを持っている顧客グループ(1997年に制度がスタート、会員数約3,000名)である。もうひとつは、通行客がたまたま入店するケースである。衝動買い比率が高い商品では、相対的にこちらの比率が高くなる。
 マザーズの場合は、オーガニック食品という取扱商品に特徴があることから、固定客・目的客が多い。調査データ(図9)から明らかなように、3つの入り口の通行量(徒歩)に対して、約18%の人が入店している。筆者の経験によれば、マザーズのような小型スーパーでは、ふつうは入店比率は5~15%程度である。この18%という数字は非常に高い。
 結論として言えるのは、マザーズ藤が丘は顧客吸引力が非常に高い店舗であることである。したがって、チラシなどのプロモーションで競合他店に行いことがほとんどない「目的買い客」が多数を占め、なおかつ、地域商圏内からの来店比率が高いことがわかる。

 (2)店舗レイアウトの課題
 オリジナルのレポートでは、動線調査のデータを詳細に分析し、マザーズに対して売り場レイアウトと具体的なMDの変更を推奨している。ただし、今回は動線分析が主たるテーマではないので、要点を以下に簡単にまとめることにする。
 ①目的外される商品カテゴリーは、パンと野菜である(それぞれ20人/50人)であった。
  客動線を分析したところ、ふたつの売り場が有効に機能していないと判断できたので、
  リニューアルの際には、目的外客が多い野菜売場を後面に移動することが提案された。
(客動線をできるだけ長くするため。)
 ②ベーカリー部門を道路(前面入り口)から見えるところに持ってくる。あるいは、総菜
  部門や鮮魚部門などを前面に移すことが推奨された。その狙いは、生鮮食品が店内で
  加工されている様子を通行客から見えるようにすることである。
 ③現状では、「マザーズ藤が丘」がオーガニックスーパーであることが一般客にはほとん
  伝わっていない。「オーガニック」が一般客にも受け入れられる素地が出来てきている
  いま、販売方法や店作りはスーパーと同じでなければならないはずである。

 (3)商品構成と商品供給
 マザーズに対する来店客の主たる不満は、「価格」ではない。英国のスーパーでも、オーガニック食品は価格を訴求してはいない。むしろ、原産地を表示したり、品質基準がきちんが書かれていることが重要である。たとえば、商品や棚にPOPを付けて、「国内産」(Grown in England, Domestically Grown)などと表示されている(写真参照)。
 面接調査の自由回答のなかで、欠品に対する不満が高かった。これは、補充作業(在庫管理)と商品供給の問題である。商品の性格上、どうしても購入ロットサイズが大きくなる傾向があることが考えれる。チェーン化がすすんで店舗数が増えてきたところで、店側からの発注単位をもうすこし小さくする必要があるように感じる。
 つぎは、品揃えの問題である。「マザーズでは、普通の店に比べて品質基準が高く設定されている」(阿蘇店長)ので、それに適合する商品アイテムが限られてくる。その分、商品調達もむずかしくなる。その一方で、消費者は十分な品揃えを要求している。東急ストアの利用率の高さ、他の宅配/共同購入サービスを利用している顧客が多いことは、この事実を支持している。
 商品調達に関しては、とくに加工オーガニック食品の供給ルートを開拓したり、オーガニック食品の加工業者そのものを育成するくらいの努力が必要ではないかと思われる。補完的に他店を利用している顧客が多いことは、品揃えの幅が広がれば、また、マザーズ自身がネット販売などを試みることで、顧客シェアを高める機会があることを約束している。
 店頭でのアンケート調査では、「店舗の雰囲気」や「パッケージ」が重視されていなかった。しかし、このことを額面通りに受け取るべきではない。オーガニックスーパーだからこそ、「買い物体験」としてのオーガニックらしい雰囲気が重要である。また、無駄な過剰包装は必要ないが、オーガニックらしい簡素でわかりやすい包装は必要である。

5 結論と提案: オーガニックスーパーの日本的な展開
 以上、マザーズの店頭調査を中心に、オーガニックスーパーの店舗運営とマザーズを利用している顧客の意識と買い物行動について分析してきた。最後に、日本ではどのような形でオーガニックスーパーが展開できるかを考えてみる。

 (1)イギリス型パターンは主流にならない
 「通常のスーパーマーケットの売場にオーガニック食品と通常商品が併存する」というパターンが英国的なオーガニックスーパーの展開であった。日本でのオーガニック食品売り場の展開は、英国とは同様な道は歩まないだろうと筆者は予測する。それには、いくつか理由がある。
 もっとも有力な根拠は、日本のスーパーマーケットにおけるPB商品の構成比の低さである。*11。有機食品は、商品特性がPB商品に近い。オーガニックはもともとが農産品であり、強力なメーカーが存在していない。小売業としては店舗を差別化する手段としてオーガニック食品を有効に活用できる。しかし、誤解を恐れずに言えば、既存の大手小売り業者が魅力的なPB商品(オーガニックの商品ライン)を開発することにはあまり期待がもてない気がする。むしろ、オーガニック食品業界を丸ごと、新しい仕組みとして「スクラッチからの事業」として立ちあげる方がスタートアップの効率がよいだろう。これは、ホームセンターやコンビニエンスストアの発展が、かつての量販店や百貨店など、既存流通業とは別形態で成長発展してきた歴史的な事実からも類推できることである。
 もうひとつの理由としては、日本の生鮮品流通が、市場取引を前提に組み立てられてきことがあげられる。有機食品、とくに野菜の流通ルートは、市場中心の既存生鮮品流通チャネルとは基本的に異なっている。有機農産品を直販する業者の多くは、「生産者の顔が見える」流通を志向してきた。「食の安全性」を「経済的な効率」に優先させるとすれば、既存の市場取引制度は有機食品のマーケティングにはなじまない気がする。
 マザーズでの調査結果を確認するまでもなく、オーガニック食品のヘビーユーザーたちは、「健康と安心」を購買動機としている。そうした顧客に対しては、食材に関する「追跡可能性」が必須となる。何か問題が起こったときに、いつ誰だどこでどのように作った商品なのかを明確に説明できることが当然のこととして要求される。電子的な仕組みを使えば、既存の農産物流通でも理想的な中間流通システムを構築することができるだろうか? 筆者は、おそらく「ノー」と予測する。

 (2)店舗とインターネットの相補関係
 オーガニック食品を販売する小売業態として、これまでは宅配ルートが最有力であった。将来を展望してみると、業態としてもっとも近いと思われるのは「ネット販売」である。英国のテスコが躍進できた成功要因は、ポイントカードを使ったネット販売であった。情報技術の環境変化と小売業の企業戦略がぴたりと一致したからである。
 日本では、生鮮品のネット販売そのものがまだ未成熟な段階にある。それに加えて、近代的な小売業が成立している他の先進諸国と比べると、小売店の店舗密度がかなり高い。競争環境を考えると、ネット販売ビジネス単独で「オーガニックスーパー」が事業として利益を生み出せるとは思えない。たしかに、ネットを使ったオーガニック食品の販売は、事業としては有力である。しかし、日本の物流環境と取引制度を踏まえると、ネット販売は店舗に対する補完的な形態として位置づけられる。具体的なビジネスの形態としては、ユニクロのカタログ・ネット通販事業(2001年で約150億円)や無印良品がはじめた「ムジネット」が参考になるだろう。たとえば、ムジネットでは、店舗に来店できない顧客(地理的/時間的)への配送サービスと店舗で販売できない商品の取扱い(自動車やマンション)を組み合わせた店舗補完的なサービスが新業態として成立している。

 (3)最終的な結論:有機農産物の加工部門が成長の駆動力に
 日本におけるオーガニックスーパーは、チェーン型専門小売業態がネット販売を併設するスタイルが最も有望であると考える。店舗経営(売り場づくり、陳列方法、プロモーション)についていえば、近代的な小売業がこれまでオペレーションについて蓄積してきたノウハウをほぼそのまま活かすことができる。生産者の名前をプレートに明示すとか、作られた由来をPOPで説明すること以外は、とくに新しい機軸は必要とされないだろう。有機農産物の宅配サービス「らでぃっしゅぼうや」を立ち上げた徳江倫明氏の言葉を借りれば、非有機食品を有機食品に「置き換えていく」だけである。
 ただし、最後に強調しておきたいのは、オーガニックススーパーの補完部門として、有機農産物を加工処理する新しい産業部門の必要性である。有機農産物には、商品としてふたつの特徴がある。ひとつは、大英帝国が植民地支配をはじめて以来、脈々と続けてきたプランテーション型農業には不向きであるという点である。有機農産物は大量生産になじまないので、大量に消費することを前提にできない。その意味では、分散型MD、すなわち、地元からの直産を積極的に店舗オペレーションに組み込む必要性が生まれるはずである。
 二番目の特徴は、商品の「外見」を均一に保つことがむずかしいという性質である。曲がったキュウリやすこし虫に食われたリンゴも食材として食卓まで運べるようにしなければならない。そのためには、需給を調節するために新手の仕組みを持ち込むことが求められる。ひとつの手段が、有機農産物を加工処理するための事業である。そうした業務は、専門小売りチェーンの外側にアウトソーシングされるだろう。オーガニックスーパーの展開を側面から支援するベンダー加工ビジネスが、次世代には有望な事業になると期待できる。(了)

<注釈>
*1 <謝辞>この原稿は、「(株)ワイズシステム」の要請により、法政大学小川研究室が実施した「オーガニックスーパー・マザーズ藤が丘での店頭調査」(2000年11月12日)が下敷きになっている。オリジナルの報告書「マザーズ藤が丘:店頭調査レポート」(2001年1月)は、筆者と酒井理(法政大学小川研究室・東京都産業労働局)が執筆したものである。参考のために、併せて参照されたい。なお、マザーズ藤が丘の阿蘇店長からは、取材とヒアリングを通して、オーガニックスーパー(自然食品)店の競合状態や店舗運営、および商品供給に関して貴重な示唆と情報をいただいた。この場を借りて感謝したい。
*2 実査を担当したのは、法政大学経営学部の学生約35人であった。学生たちは、それぞれが10~15からなるグループを編成し、各チームごと調査を別々に実施した。
*3 小川孔輔「ロックフィールド(前後編)」『チェーンストア・エイジ』2001年2月15日号/3月15日号参照。 
*4 中川悦郎「流通論壇:有機農産物さらに急成長」『日経流通新聞』1999年9月21日号においても、同様な見解が述べられている。
*5 3年間、化学肥料を使わない土壌で栽培するとか、農薬をまったく使わないとかで「有機栽培」を定義している。米国基準はそうではあるが、そもそも高温多湿な日本でこのような純粋形の「有機農産物」は存在しないというのが現実である。したがって、米国農務省の資料で、日本の有機農産物は3000億円規模と発表されているが、その多くは低農薬・減農薬野菜である。厳密な認証基準をクリアした「有機農産物」は、一説には300億円以下であると言われている。
*6 国内の有機農産物の生産額は2000年には1億ドルに達した推測されている。また、前年(1999年)は、有機農産品の輸入比率が70%であった。
*7 『ニューズウイーク日本語版』2001年1月?日号によれば、英国における有機食品の消費増は、狂牛病などの食品に対する不安から来ていると言われる。この条件は日本にも当てはまるので、今後は急速にオーガニック食品への需要が増加することが予想できる。
*8 ところが、今年9月末に訪問した英国スーパーマーケット視察団(「ワイズシステム」の2人)が撮影してきた写真を見ると、野菜に関しては有機:非有機の比率が「1:1」に近くなっていた。
*9 都市部にあるテスコなどの大型実験店では、ほぼタダに近い料金でインターネット接続ができる端末が設置してある。
*10 ただし、店側のポイントカード分析からは、売り上げの半分以上を占めるのは、購入金額、¥5,000~の上顧客である。客数では80%を占める、客単位¥1,000以下の顧客の売上貢献度は小さい。
*11 たとえば、拙著(1994)『ブランド戦略の実際』日経文庫を参照のこと。