「食のSPA原論」(事例:ワタミファーム)

<カバーストーリー>「㈱ワタミファーム」:


1 高収益の生活創造企業はSPA(製造小売業態)に向かう

 <流通サービス業が後方垂直統合を試みる論理>
衣食住、サービス分野の生活創造産業で収益性の高い企業は、「SPA」(Specialty Store Retailer of Private Label Apparel)でなければならない。「高収益性」という課題をクリアできた企業は、企業が発展していくある段階で、何らかの形で垂直統合を試みている。最初に事例として取り上げるワタミ㈱は、同業者のモスフードサービスやジョナサンとともに、2000年ごろに相前後して農業生産分野に進出した。小売業が製造段階に乗り出す理由(後方垂直統合のロジック)は、簡単に言えば以下の通りである。
 SPA(=専門業態)の強みは裏を返せば「総合型企業」の弱みである。なぜなら、商品・サービスでマスマーケットを追い求める「非特化型企業」にとどまる限りは、
 (1)「品質感」の作り込みができない、
 (2)「企画提案力」を組織として醸成できない、
 (3)「価格訴求力」をシステム的に実現できない、
 (4)「買いやすい売場」が設計できない、
 (5)「サービス」と「販売プロモーション」の効率が低下する。
という5重苦に悩まされ続けるからである。差別化できない商品・サービスで戦わざるを得ない企業は、激しい同質競争に巻き込まれる。売上獲得競争と低収益性の悪循環に陥り、あり地獄の中でもがき苦しむことになる。
 アパレルの分野では、ユニクロ、しまむら、ハニーズの例を見るまでもなく、1990年代の後半に、生産部門の海外移転によって低生産性の課題(5重苦)は克服された。文字通りSPA企業となった3社は、海外に協力工場を持つ同時に、商品開発の仕組みを変え、品質管理を徹底し、情報物流システムを刷新し、店頭オペレーションを標準化した。統合された生販物流システムは、高品質で低価格の商品を市場に提供した。投機型(ユニクロ)、延期型(ハニーズ)、混合型(しまむら)とそれぞれタイプは異なるが、高い顧客満足とコストメリットを同時に達成することで、高収益を生み出す商品供給システムは同じである。
 同様な生製統合型システムのプロトタイプは、住関連産業でも見ることができる。ホームファーニシングのニトリ、生活雑貨の無印良品、生活用品のアイリスオーヤマである。住生活分野では、ナチュラルキッチンなど、将来的にリーディングカンパニーになれそうな新興勢力が控えている。
それでは、食ビジネスの分野では、これまでSPA(製造小売)型の企業がどのようなイノベーションを実現してきたのだろうか。他の二つとは分野は異なるものの、イノベーションの本質は、衣食住で同じであるように思う。本特集では、フードビジネスの経営に焦点を当て、食のSPA(統合型フードシステム)の優位性について、事例を通して論じることにする。

2 「夢に日付」がついていなかった農業分野への進出

「渡邉社長って、将来の夢には必ず目標達成の日付をつけますよね。その唯一の例外が、農業分野への進出だったのですよ」(武内智社長)

 “地球上で一番たくさんのありがとうを集めるグループになりたい”と書かれた会社案内のパンフレットには、「外食」「介護」「環境」「農業」「教育」の5つの事業の柱が並んでいる(図表1:グループ事業の全体像)。武内氏が社長を務める㈱ワタミファームも、農業ビジネスに属するグループ会社のうちのひとつである。しかし、6年前(2001年)、農業分野に乗り出すために武内氏を㈱ワタミに招いたとき、渡邉社長の手帳には進出のための具体的な日付は記されていなかった。

<図表1 グループ企業の全体像>

 外食、介護、環境、教育の四つの分野は、すべてサービス業である。その中で農業だけは異質である。新規事業はすべて規制業種であるが、農業以外は大規模な生産現場を必要としない。もっともハードルが高い事業領域であったにもかかわらず、武内氏の参画で、ワタミは食材供給のために有機野菜の栽培農場をもつことになった(コラム参照)。2003年のことである。居酒屋の「和民」が、自社農場で栽培した有機野菜を自店に供給することになったのには、ふたつの布石があった。
 外食産業には、食材に関して健康・安全志向の強い三人の経営者がいる。すかいらーくグループ㈱ジョナサンの横川竟元会長、モスフードサービス㈱の櫻田厚社長、そして、ふたりより年齢がやや若い㈱ワタミの渡邉美樹社長である。3人は日本フードサービス協会(JF)のメンバーである。バブル崩壊後の1995年当時、有機、無・減農薬野菜などの自然食材に対する需要が急速に伸び始めていた。そうした食材を活かしたメニューを開発したり、適当な農産物の調達ルートを探したり、3社は共同で研究を重ねていた。その結果、有機・特別栽培野菜の調達に関しては、「㈲いずみ農園」を中心に生産者をネットワークした卸会社「㈱いずみ」に共同出資することになった。

「わたしもワタミに移ってきた直後の2年間は、いずみの役員を兼務していたことがあるんですよ」(武内社長)。

各社間で商品供給に関してコンフリクトが生じ、その後は、「㈱いずみ」が果たしていた共同仕入機能を、すかいらーくグループの共同仕入会社「SGM社」と「㈲いずみ農場」が引き取ることになった。垂直的調達チャネルを各社が共同で運営することはむずかしことが明らかになった。しかし、BSE(狂牛病)が発覚した2002年以降はとくに、消費者の健康・安全志向は、それ以前にも増して高まった。有機栽培や(減農薬、減化学肥料の)特別栽培野菜に対する需要は、その後も緩やかながらも着実に伸びている。3社はそれぞれのアプローチで、食材調達のルートを開拓することになった。
最近になって、モスフードサービスは、農業生産法人・株式会社サングレイスを設立した(2007年1月16日発表)。群馬と静岡に3つの農場を保有し、店舗で使用するトマトを安定的に確保する計画である。ワタミの農業生産モデルやカゴメの植物工場をお手本にしたものである。
一方で、武内社長が来る前のワタミは、JA大正農協(北海道)と野菜の契約栽培を交わしていた。そこは、社員が派遣農場で農業研修をする場にもなっていた。ホクレン経由で指定した野菜を取り決めた量だけ購入していたが、仕入れる野菜は慣行栽培のものであった。理念として、手作り、安心、安全はあったが、実態からはまだほど遠い内容だった。調達価格もずいぶん高かった。武内社長の入社で、ワタミの農産品への取り組みはドラスティックに変わることになる。

3 平成の農業改革者、武内社長の経歴

武内智社長(54歳)は、㈱すかいらーくの出身である。名古屋1号店の店長やエリアマネジャーなど営業の第一線で働いた。当時のすかいらーくは、年に数百店もオープンする大展開の時代だった。食材について知識を深め、自らレストランを経営したいという希望を抱いていた武内氏だったが、すかいらーくでは、営業と商品開発はまったく別の部門になっていた。

「このままでは、食材について学ぶ機会がないと思いましたね。もう30歳。これではいけないと思い、会社を辞めました。故郷の北海道に帰り、3年間水産加工会社で働きました」(武内氏)

札幌では、レストラン経営をはじめた。和食からスペイン・フランス料理まで、いずれも専門店でコックと一緒に働いた。水産会社とレストランでの経験を通じ、流通のこと、魚や野菜など食材の扱い、料理、パン焼きなど、何でも一通り覚えることができた。体で覚えた知識は、時間が経っても忘れない。それが武内社長の実感だった。
その後、聘珍樓グループの㈱平成フードサービスに移り、副社長として、居酒屋「北海道」や和風ファミリーレストラン「濱町」の経営に携わった。同社では、年間120億円くらいの売上高を上げた。有機食材を積極的に用い、自ら有機農場運営に乗り出したのもこの頃である。また、千葉県の山武や群馬・倉渕村、北海道・瀬棚など、現在ワタミファームの農場がある産地の生産者とも、当時から親しく取引を重ねてきた。武内氏は、平成フードサービスの契約農家を母体にした、「北海道有機認証協会」の設立にも携わった。
こうした経験を生かして、武内氏は2001年にワタミに商品本部長として入社した。しばらくは農業と外食との2足のわらじを続けていたが、入社後2年ほどで農業に打ち込める基盤ができあがった。農場づくりは、比較的スムーズに進んだ。平成フードサービス時代から、10年以上の付き合いのある生産者が全国に存在し、有機農業の産地をまとめてくれたからである。ただ、3haでスタートしたかった最初の農場は、2ha程度しか集まらなかった。紆余曲折はあったが、その後の農地拡張によって、いまやワタミは日本最大の栽培面積を誇る有機栽培農場を経営するまでになった(コラム参照)。
有機農業を、事業としてペイさせるのは簡単なことではない。山武農場では、栽培開始から黒字化するまで3年かかっている。天候の変動や病害虫の発生で、収量や出荷のタイミングが左右される。有機農業には、まだ確立した農業技術がない。生産出荷数量のコントロールが、武内社長にとっては悩みのタネである。
有機農業を実践し、生産活動を広げていくこと。ネットワークを拡大して農家を育成し、日本の農業を活性化すること。そして、消費者には安全・安心な野菜を提供し続けていくことが、ワタミファームの目標である。最近になって、北海道の留萌に有機肥料工場を建設した。関連事業としてはじめたものだが、鶏糞を主原料とした肥料を、年間2000~3000t程度外販できるようになった。初年度は赤字だったが、定常状態になれば黒字に転換できそうだ。武内社長は将来を語る。

「経営的には、今の単価で、役員(2人)をおいて、社員にもワタミ本体並みの給料を払うと、農業生産だけでは大きな収益を上げる事は難しいですよ、野菜栽培だけでなく、今後は農産物加工、有機肥料製造販売など多角的に事業展開していく方針です」

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 <コラム1>:㈱ワタミファーム概要
㈱ワタミファームは、居食屋「和民」など多業態を抱える外食チェーン「ワタミ㈱」の出資会社である。ワタミグループを中心に、有機・無農薬・減農薬の農産物の栽培と卸小売販売、農家の支援育成などを手がけている。2002年4月に「有限会社ワタミファーム」が設立され、その後、2003年9月に農業生産法人として認可されるとともに、組織変更して「㈱ワタミファーム」および「農業生産法人(有)ワタミファーム」が設立された。㈱ワタミファームは、2004年度には約10億4000千万円の売上を上げている。
㈱ワタミファームとしては、千葉・山武(7ha)、北海道・瀬棚(70ha、酪農含む)で農場を経営している。現在、農業法人の経営に移行中である(リース方式)。また、農業生産法人・(有)ワタミファームの農場としては、千葉・白浜(8.0ha)、群馬・倉渕(9ha)、および北海道・瀬棚に乳製品加工センターがある。また、北海道では当麻グリーンライフと資本・業務提携している(140ha)。2006年5月より道東摩周湖近く弟子屈で、短角和牛を中心とした250haの畜産牧場を開始、2006年秋からは京丹後農場(9ha)での野菜生産が始まっている(図2:農場面積推移、社内パンフレットから)。
 
<図2 農場面積の推移、2006年6月末現在>

一農場の面積は約5~10ha、年間4000万円~5000万円を売上の目標としている。ワタミファームの農業部門は現在、社員20名である。農業をやりたい人、夢がはっきりしている人を採用しているから、やめる人はほとんどいない。社員は新卒でも月給20万円くらいで、賃金水準は高い。なお、ワタミファームでは、農産物の卸業務(外販)も行っている。
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4 ワタミSPFの優位性:本業と有機農業の関連

 ワタミファームの事業を、商品サービスの提供側である居酒屋「和民」の視点から眺めてみることにする。分析の視点は、(1)品質感、(2)企画提案力、(3)価格訴求力、(4)買いやすい売場、(5)サービス・販売プロモーションの5つである。

<高品質、安心・安全で健康的な食材を提供する>
ワタミとしては、以前から農薬を使わない野菜、添加物や化学調味料を減らした安全な食材を使用したいと考えていた。武内氏が入社したとき、ワタミは業務卸しなどから野菜を仕入れていた。ワタミファームで有機野菜を作り、適切な価格で供給することは、「地球にやさしい、人にやさしい、社会にやさしい」を標榜するワタミの企業方針に添うことになる。
居酒屋の和民や介護施設の給食用に使う野菜は、ワタミファームの他に、全国約50箇所の提携農家から仕入れている。野菜だけだと原価の約5%を占めるに過ぎないが、そのイメージ効果は大きい。現在、全体で使用される野菜の中で、自社農場から供給される比率は約20%である。これを40%に引き上げることが当面の目標である。また、有機野菜(特別栽培を含む)の比率(約30%)を50%にすることも目標設定されている。
ちなみに、ワタミファームで取れる野菜の約30%は、大学、生協、量販店、宅配サービス業者に外販されている。

<従業員教育:自社農場を持つことの意味>
企画提案力を逆の方向(農場→店舗)から見てみる。ワタミに入社すると、新入社員は1泊2日の農場研修を受ける。有機農業の実践に関しては、武内氏が講師を務めている。農場があるということは、ワタミ本体の社員に対する教育効果の点でも意味がある。たとえば、食品添加物に対しては自然に学習することになる。「和民」は単なる居酒屋ではなく、自然食材にこだわると「特別なブランド」であることが新人の段階で理解できる。
ワタミグループの店長を中心とする社員は、ワタミファームの農場で農業研修を受ける。武内氏によれば、農産物生産の現場に触れることで、店での野菜の管理の仕方も自ずと変わってくる。社員の食材に対する意識が上がり、扱いが丁寧になって鮮度が向上し、ロス率が減る効果があるという。

 <自社農場と店舗を同時に持つことのコストメリットは、約20~30%>
 ワタミファームにとって、店舗(居酒屋)と給食設備(介護施設)を持つことは、「売上が見える中での生産」を意味する。数ヶ月先に決まっているメニューに合わせて、指定された野菜を決まった数量、しかもタイミングよく作ることは簡単なことではないが、農場側にはリスクがほとんどない。直営農場の数も増えてきたので、ベーシックな栽培品目は農場相互で調整できるようになってきた。
 コスト低減効果が大きいのは、むしろ出荷経費と物流コストである。自社農場から出荷される有機野菜は、集中仕込みセンター「手づくり厨房」(セントラルキッチン)に直接納品される。たとえば、店頭で一本198円の有機栽培の大根を考えてみよう。農場での生産コストは、一本100円である。農場から仕込みセンターに直納すれば、経費は20円。通常ルートで量販店に納品する場合、出荷経費を含めた物流費が約50円かかる。納品時点で30%の開きがあることがわかる。
2002年(越谷)、2003年(相模原)、2005年(尼崎)に順次完成した3つの仕込みセンターでは、それまで店舗内で行っていた仕込みを移管した。手作り感を壊さず、衛生管理を含めて安全に、かつ低価格でオペレーションできるようになった。集中仕込みセンターをもったことで、生販統合のコストメリットはさらに高まった。

 <物語性のあるメニューブック>
 「和民」や「和み亭」のメニューブックは独特である。水産品や畜産品の産地が入っているのはもちろんのこと、店内の壁に貼ってある説明用のポスターやPOPにも、野菜・果樹の生産者の顔写真や加工食材のことが載っていたりする。自社農場や提携先の委託生産農家からは、素材や原料の細かな情報が本部に入ってくる。産地や商品に関する情報を加工すると、ビビッドなある種のストーリーを創作できる。販促企画者も農場で研修を経験しているので、農場の実態をリアルに表現することができる。
また、一般向けの啓蒙活動として、ワタミの店頭でパンフレット「あんしょく」が配布される。これは消費者とのコミュニケーション手段として活かされている。「あんしょく」は、有機農産物やJAS制度の説明、生産者紹介や成分の解説など、有機農業の紹介に利用される。同誌上で無料の農場ツアーの募集をすると、毎回500~600人の応募があり、大好評であるという。
農場から食卓へ(from firm to the table)とよく言われる。ワタミファーム(農場)と消費者(食卓)が、和民(店舗)おいてある「あんしょく」や「農体験ツアー」が媒体になって食卓が農場とつながっている。

<参考文献・資料>
(1) ワタミファームHP  http://www.watamifarm.co.jp/
(2) 武内智「ワタミグループとしての農業生産」『フレッシュフードシステム』2004年春号、20-23頁。
(3) 「農家ではなく農業を守れ」『日経ビジネス』2003年10月20日号、164-167頁。
(4) 神山安雄「「構造改革特区」の現状と諸問題――千葉県・有機農業推進特区と新潟県・東頸城農業特区を中心に」『農村と都市をむすぶ』2004年8月号、4-21頁。
(5) 小田勝巳(2005)「外食産業における農業との連携」財団法人・外食産業総合調査研究センター。