昨日(12月1日)の日経本紙で、日曜読書欄(21面)にコラムを書かせていただいた。「今を読み解く」というコーナーで、お題は「コンビニエンスストア」だった。編集部に送付した原稿には、「生活に根付いたコンビニ、期待される社会性」というタイトルが付けられていた。
スペースの都合で、提出した原稿がやや短くなっていた。ブログでは、削除部分なしで全文を掲載する。新聞に掲載された原稿と少しだけちがっているが、ほとんど変わらない。文中では、コンビニに関した書かれた本で、最近2年以内に出版された5冊を書評している。
その中でも、おすすめは、田中陽さんと吉岡秀子さんの二冊である。田中さんは、日経MJの記者時代から、30年来の友人である。ときどき取材・問い合わせで、電話がかかってくる。わたしからも、緊急でお願いをすることがある。ありがちな”持ちつ・持たれつ”の関係である。
文庫化された田中さんの本は、よく売れているらしい。それはどうだろう。取材の仕方がとても丁寧だ。
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「今を読み解く」(日曜読書欄)
『日本経済新聞 朝刊』(2014年12月1日号)
生活に根付いたコンビニ、期待される社会性
1974年5月15日、江東区豊洲に「セブン-イレブン」の一号店がオープンしてから40年。年間約150億人が利用する店舗として、コンビニエンスストア(以下では「コンビニ」と略記)は日本人の生活にすっかり根付いた感がある。2008年に売上高で百貨店を追い越し、小売業では食品スーパーに続いて二番目の業態に成長した。その一方で、何度か「コンビニ飽和説」(たとえば、「5万店飽和説」)がささやかれてきた。現実はどうかと言えば、2013年10月の段階で全国にコンビニは約4万9千店。各社の強気な出店計画が実現するとすれば、ここ数年で6万店の到達は確実であろう。その先は国内10万店もあり得ない数字ではない。
幾度かの踊り場を乗り越えてコンビニが大きく成長できたのは、いくつかの偶然とコンビニの経営を日々革新してきた企業家たちの努力のたまものである。とりわけ業界リーダーンのセブン-イレブン・ジャパンと創業者・鈴木敏文氏(現会長)の果たしてきた役割が大きかった。その辺の事情を、流通記者としての緻密な取材でまとめたのが、『セブン-イレブン 終わりなき革新』(日経ビジネス人文庫、田中陽著・2012年)である。セブン-イレブンの事業イノベーションの核は、米国で生まれたFC(フランチャイズチェーン)システムを日本の事情に合わせて変革し、次々に新しいサービスを付加していった点にある。メーカーとの協業の仕組み、物流改革、情報システムの進化、セブン銀行の誕生などの歴史が詳しく解説されている。
コンビニ各社は、このところ、業界リーダーのセブン-イレブンとは異なるサービス革新とマーケティング手法を模索している。『コンビニだけがなぜ強い?』(吉岡秀子著、朝日新書・2012年)は、コンビニ上位3社の事業システムを比較分析した好著である。セブン-イレブンは、継続的なシステムの革新と基礎体力の強さに特徴がある。ファミリーマートは、親しみやすいブランドづくりと海外事業展開に優位性を持っている。ローソンは、SNSなどを駆使した新しいプロモーション活動と多ブランド展開が強みである。
コンビニ各社の中で、ローソンが先端的なプロモーション手法の開発で実績をあげている。『ローソンのソーシャル・キャラクター戦略』(小池和夫著、小池書院・2013年)では、「ソーシャルメディアを使ったキャラクター戦略」を劇画作家の小池和夫氏が紹介している。イラスト満載の柔らかな書籍の中で、ローソン販促部が顧客と一緒に開発したキャラクター「あきこさん」の開発物語と、SNSを利用した集客プロモーションの実際が紹介されている。
小売業の発展プロセスという視点から俯瞰(ふかん)すると、コンビニは、総合スーパーの新事業が花開いた新業態と解釈できる。イトーヨーカ堂がセブン-イレブンを、ダイエーがローソンを、西友がファミリーマートを、旧ジャスコがミニストップを、ユニーがサークルKを生み出した。誕生時より大手商社との関係が深くはなっているが、基本的にはコンビニは大手流通グループの傘下にある。『セブン&アイHLDGS、9兆円企業の秘密』(朝永久見雄著、日本経済新聞出版社・2013年)は、セブン-イレブンがグループの中核業態であることを、事業構造の解説と財務的データから分析したものである。グループ全体の中でコンビニがどのような役割を担っているのかがわかる。
東日本大震災以降、日本社会の中でコンビニの位置づけが変わった。コンビニの成長をドライブして来たものは、これまでは連続的な事業革新への取り組みだった。しかし、『コンビニと日本人』(加藤直美著、祥伝社・2013年)で指摘されているように、近未来のコンビニに期待されている役割は、少子高齢化やネット社会の進展の中でコンビニがもつことになった「社会性」である。買い物弱者への対応や緊急の災害発生時に、市民の拠り所となる場所にコンビニは変貌を遂げている。
20世紀が生み出して小売業の3つの発明は、百貨店(フランス)と食品スーパー(米国)とコンビニだと言われている。最初に「近くて便利」というコンビの業態コンセプトを生み出したのは米国人だった。しかし、業務システムとして完成させたのは日本人である。そのことを大いに誇りに思ってよいだろう。日本で発展したコンビニはアジアを中心に世界に広がり始めている。セブン‐イレブン・ジャパンが本家を救済して成長軌道に乗せた事例が、田中と朝永で詳述されている。