息子さんが父親の生涯を記録した伝記である。3年前に商業界より刊行された。倉本長治氏は「商業界」の創業者で、戦前戦後を通して「真の商人道」を主張し、日本の商業者に多大な影響を与えた雑誌編集者であり、経営コンサルタントである。
学界的な知識しかなかったわたしは、倉本長治の名前を知らなかった。商業界の箱根セミナーに参加したという、しまむらの島村恒俊オーナーから、はじめて倉本氏の存在を知らされた。しまむらの初期の経営方針(1960年代)は、倉本長治の影響下にあったという。ヤオコーの川野トモ名誉会長も、同じころに『商業界』の熱烈な愛読者であった。
倉本長治氏は、商人と商店の社会的地位向上をめざして、その生涯を中小商店の経営指導にささげたひとである。戦前に山下汽船に就職、戦争が勃発する前まで香港で暮らした国際派である。小売業の経営指導者として、海外の最新動向を日本に紹介するという方法論を確立した。将来有望な小売業者を集めてセミナーを企画、海外視察に連れて研修する手法を編み出した渥美俊一氏(ペガサスクラブ主宰)に影響を与えた。読売新聞の記者であった渥美俊一も、「商業界セミナー」の講師として壇上に立っている。
印象に残ることばがふたつあった。「店はお客様のためにある」という教えと、「正しい商売をすること」という理念である。その後に、これは倉本が指導した日専連(日本専門店連合会)の「正札販売運動」(正価での商品販売)につながっていく。とくに、前者は、究極の消費者志向を表現した言葉である。この時代であるから、たいへんな慧眼である。
やや精神論が多いというのが、倉本氏に対するわたしの理解である。しかし、現在の中小企業診断士や専門店経営の基礎を作った人もある。業界団体を創設して、会員たちの経営の将来に責任をもつものとして、本書の読書感は、実にさわやかであった。
倉本氏が好きだった言葉:
「正しきによりて滅ぶる店あらば
滅びてもよし断じてほらびず」