【書籍紹介】森岡毅(2019)『苦しかった時の話をしようか:ビジネスマンの父が我が子のために書きためた「働くことの本質」』ダイヤモンド社(★★★★)

 『リーダーたちの羅針盤』などの出版でお世話になった編集者の村上直子さん(生産性出版)と、先週会食をすることになった。村上さんは、葛飾区金町在住のご近所さんである。次に出す本の打ち合わせも兼ねて、高砂駅前の「寿司ダイニングすすむ」で待ち合わせをすることになった。

  

 そのときに紹介していただいたのが、森岡さんが去年出された本書である。わたしは、知り合いからいただいた本をすぐに読むことがない”積んでおく”人間である。そのわたしが、なぜか昨日は時間ができて、早々に午前中を読み切ってしまった。以下は、その感想文である。最近は、本の紹介ブログを書くこともなくなったので、こちらもごく珍しいことではある。 

  

 さて、著者はUSJの再生請負人として著名なマーケターである。元P&G勤務で神戸大学経営学部卒。マーケティング流通で著名な田村ゼミ出身である。そのサラブレッドが、いまから社会に巣立とうとしている娘さんのために書いたキャリア選択本である。

 「ゼミ生の夏の感想文に」と思って読み始めたのだが、なかなか内容が面白い。社会に巣立つ若者に、激しくアジテーションする内容だった。なにがおもしろいかといえば、ビジネスマンとしての「生き方論」になっているからだ。大学生がキャリアを考える際に、従来型の職業選択を否定する本になっている。会社に就職するのではなく、職能(仕事のスキル)と結婚せよ。つまり、本当の意味でのプロフェッショナルになれ!と説いている。

 主張の前提になっているのが、「資本主義の世の中は残酷」だと世界観である。優勝劣敗だからこそ、自分で正しく職業選択する勇気を持ちなさい!筆者はそのように若い読者に呼び掛けている。P&Gでの艱難辛苦、USJでの成功体験、そのどちらも森岡さんのいまを形成している。実績があるから、説得力のある内容の本になっている。

 わたしも似たような生き方をしてきたので、森岡さんの主張にはまったく同感である。書いてあることはすべて正しいと思う。しかし、それでも、学生たちが本当に森岡さんのような挑戦的な生き方を歩めるだろうか?本書を読んでも、きっと全員がそのような行動はとらないだろうと思う。そして、いまの若者がちょっと心配になる。

 

 全体は、6章から構成されている。

 「はじめに」の副題「残酷な世界の”希望”とは何か?」ではじまる前半部分では、学校で教えてくれないビジネスの世界の真実を教えてくれる。とりわけ第2章には、身も蓋もない(笑)、元も子もないフレーズがずらずらと並んでいる。本当のことだが、学生にはショッキングだろう。

 ・人間は平等ではない。

 ・経済格差は、「知力の格差」が生み出した結果に過ぎない。

 ・資本主義の本質は「欲」だ。

 わたしがまったくそうだと思ったのは、このあとのフレーズだった。

 ・資本主義社会とは、サラリーマンを働かせて、資本家が儲ける仕組みのことだ。

 本当のことだ。よくぞこれだけ、あっけらかんと真実を言えるものだ。現代版マルクス主義の反転像。

 

 第3章「自分の強みをどう知るか」と第4章「自分をマーケティングせよ」のふたつの章は、あまりおもしろくない。自分マーケティングと自分ブランドをどのように構築するかの話である。ちょっとありきたりではある。ここはささっと飛ばして読んだ。

 本書でいちばん価値があるのは、表題と同名の第5章「苦しかったときの話をしよう」だ。森岡さんが、P&Gで経験した最初の劣等感、成功するはずのない新製品の担当者になったときの苦しみ、海外赴任で自分が無価値だと感じた瞬間。その3つのトラウマから脱却できた筆者のタフさに脱帽する。だからこそ、脱サラをしてUSJの再生劇を成功に終わらせることができたのだろう。

 ひとりのビジネスマンの自分史を、これほど率直に述べた著書をわたしはいままで見たことがない。素晴らしい内容だと思う。ただし、本書の欠点を一つだけ挙げておくことにする。それは、著者の性格や獣性(過酷な自然界で生き延びようとする個性)から来ているのだろうが、文章があまり上品ではないことだ。

 しかし、だからこそ、過酷な現実と向き合って、ここまで資本主義社会の階段を昇り詰めることができたともいえる。感覚的な良し悪しは別にして、就活中の学生にはぜひとも読んでもらいたい一冊ではある。