”ひっかかり”の少ない本である。すらりと読めてしまう。理由を考えてみると、著者の頭の中が「すっきり」と整理されているからだと思う。たとえば、野菜の美味しさを決める要素は、単純明快に3つに分解されている。栽培時期(旬)、品種、鮮度で野菜のおいしさは決まるなど。
本書の特徴をひとことで言うならば、「結果としての有機農業」である。新規就農者が農業をはじめるときの対照的な姿勢は、「目的としての有機農業」の選択である。つまり、理想や思想(安全、環境保全)から有機農業を選ぶ場合ほうが自然である(と世間は考えている)。
30歳で輸出営業マンから転じて就農した久松さんは、はじめは目的として有機を選んだらしい。だが、きちんと「業」として利益が出て、なおかつ作ったものを美味しいと消費者から喜んでもらえることを目標に働くようになる。結果として、今でも有機農業を継続している。
理屈にあっているので、野菜作りの「手段として」有機栽培を選択しているのである。
したがって、有機農業に対する世間一般の思い込み(神話)を徹底的に否定するところから、本書を書き始めている。短くコメントしてみる。
<神話1=有機だから安全>
農薬を使った慣行農法が極端に危険だとは言えない。 → その通りだと思う。
具体的なデータでその証拠を示している。感情論を排する客観性はクールですらある
<神話2=有機だから美味しい>
美味しさの3要素(旬、品種、鮮度)がおいしさを決める。だから、有機栽培であることは、美味しさを決める、ごく一部の要因でしかない。 → その通りである。
ただし、有機栽培の野菜のほうが慣行栽培のものより、わたしは”おいしいような”気がする。それは、わたしたちが食べるときに「情報」や「ストーリー」を消費するからである。
<神話3=有機だから環境にいい>
二酸化炭素の排出データなどを論拠に、有機と環境保全の関係に疑問を投げかけている。
→ この論点に関して、わたしは必ずしも賛成はできない。そういう見方もあるだろうが、かつて「オーガニック協議会」で調査したことがある(参考:稲わらの二酸化炭素排出効果)。
有機神話に疑問を呈しながら、結果として、著者は有機農業を実践している。その理由は、別のところ(=販売、マーケティング)にある。世間で言われている言説(有機農業=清貧の生活)とは逆に、有機農業は実際には利益生産性が高い栽培法なのである(もちろん、物的な人時生産性は低いだろうが)。
慣行農法を採用して直販チャネルで農作物を販売しようとしても、そもそも差別化ができないから売りにくい。それとは逆に、「らでぃっしゅぼーや」や「大地の会」のように、消費者直販を選べば、結果として有機・自然(らしい)農法を選ぶことになる。そのほうが収益性が高いからである。
著者の選択もその結果である。だが、従来型の宅配(グリーンボックス・スキーム)と著者の方法はどこがちがっているのだろうか?
久松農園が事業として成り立っているのは、ビジネスのかなりの割合が、業務用宅配なのではないかということである。それが証拠に、久松農園のHPを除くと、「レストラン」というタブがあって、クリックすると、首都圏にあるたくさんの店舗がリストアップされている。
<久松農園の野菜が食べられるお店>
神楽坂 鉄板焼き しこたま
日本橋 釉月
鶯谷 焼き貝うぐいす
神楽坂 MASU MASU
四ツ谷 肉や しるし
白金 香土
広尾 KENZO ESTATE WINERY
恵比寿 EmuN
赤坂 分店 なかむら食堂
赤坂 泡組 壌
新橋 三笠バル
銀座8丁目 惣菜
神田 ステラコリス
池尻大橋 GUSTO
南青山 Brasserie holoholo
青山 KITCHEN NAKAMURA
原宿 kurkku JINGUMAE
渋谷 5th Cafe Udagawa
京橋 ぶーみんVinum 東京スクエアガーデン店
目黒 Spigola
笹塚 兎屋
五反田 くし焼きLily
六本木 六本木農園
東高円寺 LOTUS&FLOWER’S ONE
祖師谷大蔵 ギャラリーカフェジョルジュ
南浦和 温茶
横浜 シチリア料理カレット
横浜 むかしみらいごはん
つくば Mother
つくば AMICI
つくばと横浜を除けば、都心のこだわりレストランばかりである。わたしの暮らしている「生息領域」にある店舗ばかりである(笑)。なんとなくオーナーシェフの顔が見えるのである。近々、神楽坂の店など、すぐに行ってみるつもりだ。
最後に、久松さんの思想をよく表現した言葉で、評を終えたい。
「農家は”可哀そうな人”(たち)ではない」。本当にその通りである。