「インタビューを終えて」(『販売革新』2012年7月特集号:ロングバージョン)

 当初の予定では、1700字程度で短いコメントを書くつもりでいた。ところが、書き始めると筆が止まらなくなった。結局、A4で3ページ(3000字)を超えてしまった。編集部に提出するときは、原稿を2000字に短縮したが、もったいない。本ブログでは、フルバージョンをアップしてみた。 

 オリジナルのタイトルは、「100年モデルの転換点にて:日本の流通業の50年と来るべきアジアの時代」(V1:20120617)。発表される予定の短縮版では、単に、「日本の流通業の50年と来るべきアジアの時代」になっている。記憶に残るインタビューだった。
 なお、この特集号では、わたしが5人と対談を、さらに編集長が5人(ユニクロ柳井氏、しまむら藤原氏など)にインタビューをしている。日本の小売業の精鋭10人が一挙に登場する。ご期待を!

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 本誌の50周年記念号をきっかけに、日本を代表する小売業のトップと5回にわたる連続インタビューが実現できた。当初の企画段階では、衣食住の各分野から若手とベテランの2人ずつで対談を予定していた。結果として、食品分野から現役ならびに元経営者を3人、衣料品と住居関連の小売業からは若手経営者がひとりずつという構成になった。企画を思い立った動機は、「日本の流通業がこの50年で成し遂げたことは何なのか。各社はどのようにして独自のビジネスを発展させてきたのか。そして、未来の日本の流通業は、垂直的な事業システムとアジア事業の展開はどのような形になっていくか」であった。
 対談時間はごく短いものだったので、インタビューのポイントを3つに絞り込んだ。各社ならびに日本の小売業について、(1)歴史的な回顧と自社の到達点、(2)アジアでの事業展開の可能性、(3)垂直的なマーケティングシステムについての見方の3点である。以下では、それぞれのポイントに関して、インタビュー全体を総括してみたい。

 <異業種メーカーと消費者への対応が事業構築に役立った>
 各社がベンチマークの対象としていた企業は、海外の流通業でも同業他社でもなかった。ヤオコー(川野会長)はウエグマンを、初期のサミット(荒井元会長)は関西スーパーを、カインズ(土屋社長)はウォルマートを模範にしていた。しかし、各社ともにベンチマーク企業はあくまでも参考程度であった。それより、マーケティングのやり方を、日本の異業種とくにメーカーの優れた実践に学ぶことが多かったようだ。
 たとえば、クロスカンパニー(石川社長)は、花王(店頭マーケティング)とサントリー(ブランド・ポートフォリオ)に多くを学んでいる。消費者の行動観察とマーケティング施策の因果分析を通しての学びの中に、ビジネス構築のヒントを求めている。サミットが業務システムのモデルとしてきたのは、トヨタ自動車のJITシステムであった。サイゼリヤの正垣会長は、「創業時に売れない状況から脱していくヒントは、お客さんからいただいたものだ」と明確に述べている。
 月並みな表現ではあるが、5社の経営者たちは、自らの事業を作り上げるために、他社のビジネスを参考にするのではなく、むしろ顧客から深く多くを学んでいったことがわかる。そうした実践の基礎には、科学的な店舗経営(サイゼリヤとクロスカンパニー)と従業員の働きやすさ(サミット)やモチベーション向上(ヤオコー、クロスカンパニー)を重視する経営姿勢があった。これは、荒井元社長が解説してくれた「古典的な組織論」からの脱却が日本の小売業にもたらした成果である。
 いずれにしても、5社に共通しているのは、「ハート」(従業員と社会貢献を重視した企業理念)と「サイエンス」(科学的な管理法と徹底した消費者志向)のブレンドであったと言える。

 <アジアの事業展開では、日本ブランドと接客サービスの良さが強みになる>
 海外展開に関して、40代の土屋社長と石川社長は、ある意味で共通の立場に立っている。、両者はともに、グローバル企業の「標準化移転論者」である。日本人が享受している「快適なライフスタイル」(カインズ)や「自然なかわいらしさ」(クロスカンパニー)が、アジアでの事業展開で成功のカギになると考えている。カインズがアジア地区に出店するとしたら、「自社が取り扱っているメーカー品(NB)も含めて、日本人のテイストや生活感覚を進出先国の消費者に提案していく」と土屋社長は述べている。上海に二店を出している石川社長は、「日本流の丁寧な接客サービスが現地での差別化要因として機能している」と語っている。商社やNBメーカーとの提携を含めて、「チーム・ジャパン」でアジア市場を攻略していきたいと二人の経営者が述べていることは興味深い。
 もっとも食品に関しては、事情が異なるかもしれない。現段階では、アジア各地で日本と同等に新鮮な食材と質の良いパート従業員を確保することは困難であろう。ヤオコーのように生鮮や総菜に強みを持っている「日本型食品SM」のアジア進出は、当面は難しそうである。「それは次の世代に任せようと思っている」と川野会長は述べている。
 ただし、サイゼリヤの最近の業績(アジア100店舗超で黒字転換)が示すように、「おいしい食材を適切に提供ができれば、国内と外国の違いはたいして重要でない」(正垣会長)とも言える。タイミングの問題だけなのかもしれない。

 <垂直統合型の企業システムを作る動機は多様であった>
 サイゼリヤが、垂直的なマーチャンダイジングを推進してきたのは、自らが食材の調達に取り組まなければ、提供する商品の品質に責任が持てなかったからである。また、顧客から求められる品質(おいしさ)と価格(安さ)を同時に達成することができなかったからでもあった。ヤオコーの川野会長は、「効率」(コスト)と「効果」(商品)のどちらを優先するのかと問われて、「まずは効果優先ですね」と答えている。つぎの段階に入ったヤオコーは、いまは効率の改善に努めている。そのための手段がPB商品の開発やライフとの業務提携なのであろう。
 それとは対照的に、SPAを志向してきたサイゼリヤやカインズは、事業モデルの構築にあたって、まずは「効率」を優先してきた企業群である。値ごろ感が満たされる商品を提供すること(効率の追求)で顧客ベースを創造してから、品質や品ぞろえを充実させていく戦略(効果の探求)を採用してきた。そのために、サイゼリヤは工場や研究開発の技術投資している。カインズは、グローバルな展開を想定しながら、商品開発チームに舞台を与えるため、今秋には本社を群馬県から都心に近い埼玉県本庄市に移転する。
 クロスカンパニーは、カジュアル衣料品業界では最後発のSPA企業である。同社の事業の仕組みは、効率と効果を同時に達成しようとしている点でユニークかもしれない。低投資・高粗利のビジネスは、商品作りや調達(上流)に経営資源を振り向けるのではなく、販売員の動機付けや店頭管理(下流)を重視することで達成しようとしている。「分業型SPA」とでも呼べる仕組みである。食品スーパーで業態は異なるが、「グローサリー商品についてはNBメーカーに依存するほうが効率が良い」と主張するサミットの生き方は、製造工程には必要以上に深くは踏み込まないという意味で、クロスカンパニーの「垂直分業論」に近いのかもしれない。

 最後に、一言だけ個人的な印象を書き残しておきたい。戦後日本のチェーン小売業は、欧米のビジネスモデルを参考に成長してきたと言われている。本文中にもしばしば登場するペガサスクラブの渥美俊一氏の果たした役割は大きかったことは間違いない。また、単なる欧米企業の模倣モデルではなく、独自性のある事業モデルを創造としている例として、セブン-イレブン・ジャパン(鈴木敏文会長)やファーストリテイリング(柳井正社長)が引用されることが多い。あるいは、ファッションセンターしまむら(藤原秀次郎相談役)は、ハーバードビジネススクールのケースにも収録されている。
 しかし、対談相手になっていただいた二人の若手経営者(土屋社長と石川社長)が取り組もうとしている事業の形は、先輩たちが創造してきた事業のユニークさ越えようとしている。外国のチェーン小売業からの模倣の域を、いまや完全に脱している。そのユニークさの文化的な基礎は、日本のサービス提供力と生活提案力である。とくに、アジアの小売マーケットを攻略していくには、標準化アプローチが有効なように感じる。
 なお、この二人以外にも、ネット小売業やサービス分野で、近い将来において、日本の未来の小売産業を担うことができる若手の経営者がたくさん輩出することを期待したい。有力な候補者はすでにたくさんいるように思える。