法政大学の入試事務部は、今年度の一般入学試験から「診療室受験」を停止するという決定をくだした。
「診療室受験」とは、風邪を引いていたり、突然気分が悪くなったと受験生が申し出た場合に、学内の診療所に居たままで問題に回答することを許してくれる温情的な措置である。受験生にとっては、とてもうれしいことで、首都圏の私立大学では、法政大学だけに残された珍しい制度らしかった。
わたしが入試業務にタッチするようになったときにはすでにあったと記憶しているから、長い間続いてきたはずである。法政大学は、ずいぶんやさしい大学だなと感心したものである。それを廃止することになったのは、学生たちの身勝手な甘えが原因である。
当初は、診療所受験を申し出る学生は、一日で一人いるかいないかであった。ごく例外的な措置であって、文字通りめずらしいことだった。ところが、ここ数年間で、各学部(受験者数はキャンパスによって異なるが平均3,000~5,000人)が実施する入学試験で、診療所を訪問する受験生数が10人を超えることが常態になった。
保健室のキャパシティを超えるほどに遭難者が増えてしまったのは、いくつかの理由がある以下は入試事務部(岡野課長)による分析である。
受験生が体力的にも精神的にも弱くなったことが第一の理由である。約5時間の試練、苦行に耐えられない学生が増えてきたからであろう。そういえば、受験生の親のために控え室が準備され、部屋のいす席が足りなくなる事態が起こっていた。本人が一人で来るのが当たり前の受験に、やたらと親の姿が目立つのも気になっている。
2番目に、「法政には診療室受験という制度があって、”静かな環境で”受験できる」という噂が流れていたようである。明らかに体調が悪くもない受験生が、大学の門をくぐったとたんに診療所を訪れるケースが多発するようになった。保健室での受験は、良心に基づく自己申告制である。個々の学生を差別的に扱うことはできないので、看護婦さんとしては申し出た全員を診療所に収容するしかない。
物理的な限度を超えてしまったところで、とうとう今年度からは、「従来通りに治療行為は行うが、診療所の廊下で答案用紙に解答するために机を借りる権利は剥奪する」(入試事務部)ことを決定せざるを得なくなった。入試監督者向けの説明会では、試験が始まる前に、受験生に対して「本年度からは診療所受験が廃止になること」を告知することになった。もちろん、申し出た者には診療所で治療することは確認されたうえでのことである。
その結果はといえば、今年度の受験では、診療所を訪れる人数が激減することになった。つまり、診療所受験がなくなったとたんに、風邪をひいたり、気分が悪くなる受験生がいなくなったのである。受験生を見てきた担当者は、「まわりに人がいない静かな環境でないと、うまく学習に集中ができない子供が増えているのでは」と解説していた。じゅうぶんにあり得る話ではある。
同じようなことは、われわれの大学だけでなく、中学・高校でも起こっているのではないだろうか? 手取り足取りの教育もよいが、甘やかしすぎは害になる。おかげで、本当に治療な必要な受験生はこれで不利益を被ることになったのである。温情が裏目に出てしまったのは悲しいことである。