新刊紹介:スコット・ベドバリー「ブランドの新世界より」

新刊紹介「創造的なブランド構築のための良き啓蒙哲学書」
Scott Bedbury, ‘A New Brand World: 8 Principles for Achieving Brand Leadership in the 21st Century,’ Viking(スコット・ベドバリー「ブランドの新世界より:21世紀のリーディングブランドになるための8つの原則」)


1 はじめに:不思議な読後感
 驚きと共感と新しい発見。読みごたえのある不思議な本である。
 不思議さの根本には、書き手の人生観と実際に著者がブランドビジネスを立ち上げる際に思考してきた激しい情熱と苦労の跡が感じられる。ベストセラーになる前に、・・・もしかすると、この紹介文が公になるときには、全米ビジネス書で第1位になっているかもしれない・・・、米国人の著者からの紹介で、出版されたばかりの本書を筆者に手渡してくれた(株)電通P&D局の岡崎茂生氏(広告環境研究部部長)に、筆者は読書後の感動と手短な感想をとりあえず電話とメールで率直に伝えることにした。以下のコメントは、スコット・ベドバリー氏にも届いたはずである。
 「本国でベストセラーになるのは、ほぼまちがいないでしょう。それと、もし『ブランドの新世界』を日本で出版するとしたら、ダイヤモンドやプレジデントや日経新聞など、ビジネス系の出版社はさけた方がいいですね。せっかくだったら、『なぜこの店で買ってしまうのか?』(パコ・アンダーヒル著:日本でも15万部のヒット作品)を出したミステリー系の早川書房、あるいは、講談社や小学館といった”ビジネス書っぽくない”出版社がこの本には相応しいと思います」
 本書はよくありがちな経営者による自慢話でも、ビジネスコンサルタントの指南本でもない(現在、ベドバリー氏はシアトルでコンサルタント会社「ブランドストリーム社」を経営している)。むろんブランド管理のためのハウツー本とは、ライティングスタイルがまったく異なっている。最も近い表現をさがすとすれば、創造的なブランディングに関する良き啓蒙哲学書である。
 したがって、ブランディングの技術論としてすぐに役立ちそうなテクニックは、本書のどこにも見あたらない。それを期待することは、大きなまちがいである。むしろ、著者のブランド構築の経験を、読者自らのブランド創造体験を省みるための鏡として本書は利用されるべきである。
 ブランドがマネジメントされる世界には、「新世界」と「旧世界」がある。新世界の側から発想しないとブランドに未来はない、というのが本書の基本的な命題である。新世界と旧世界を分かつ特徴についてはいずれ詳しく解説することにする。新世界の原理で行動するブランド・マネジメントの方法論が、本書では8つの原則としてコンパクトに整理されている。

2 ブランドの新世界と旧世界
 <ナイキ:フィル・ナイトとビル・ボアマン>
 著者の略歴を簡単に紹介しながら、本人が深く関わることになった2つのグローバルブランドの歴史的な転換点について記述することにする。
 スコット・ベドバリー(以下、敬称略)は、フィル・ナイト(創業経営者)の下で、「ナイキ」の広告コミュニケーション担当部長を7年間(1987~1994年)務めた人物である。彼がナイトに雇われた当時、ナイキのシューズ事業は成長の踊り場にあった。プレミアムのスポーツシューズ市場ではドイツの「アディダス」に、新興の女性シューズ市場では国内競合ブランドの「リーボック」に後塵を拝していた。また、低価格普及品の市場では「LAギア」に挟まれ、ナイキは売上・収益ともに苦しい状況にあった。
 1987年は、フィル・ナイトにとってターニング・ポイントであった。70年代にナイキの独走を助けたのは、ナイトのビジネスパートナーで伝説の人、ビル・ボアマン(オレゴン州立大学陸上競技部コーチ)が発明した「ワッフルソール」の製品技術であった。80年代には、ワッフル底に代わる技術的な突破口として、ナイキの製品開発チームは「エア・クッション技術」の特許を取得した。
 NBA(全米バスケットボール協会)のスタープレイヤーだったマイケル・ジョーダンの起用もあって、男性アスリート市場におけるナイキのブランドポジションは盤石そうに見えた。しかし、スポーツシューズの物理的な機能特性を強調するだけでは、ナイキをつぎのステージに押し上げることはむずかしかった。ビジネスに関する別の視点とブランド戦略が必要だった。

 <ベドバリー:ブランドの創造者>
 業界第3位の座から谷底に転げ落ちそうなナイキの危機を救ったのは、シアトルの広告代理店から移ってきたばかりのひとりの「生意気な」青年であった。31歳のベドバリーは、提携先の(当時は地元シアトルで弱小)広告代理店「ワイデン&ケネディ」のクリエーティブ・チームとともに、”Just Do It”のコンセプトを創案した。JDIのキャンペーン・テーマは、お蔵入りになった「Hayward Field」(オレゴン州立大学の陸上トラックのイメージCM)に代えて、わずか2週間で制作されたものである。
 キャンペーン・コマーシャルがテレビで放映されはじめると、ナイキの業績は急浮上することになった。成功の要因は、それまでのように、ナイキ・ブランドの性能(高性能のアスレティック・シューズ)を強調しなかったことである。スポーツとフィットネスが人々にもたらす「達成感」(”Just Do It!”の語感)を伝えようとしたことであった。視聴者である消費者とブランドとの一体感(Sympathy)とブランドへの共感(Emapthy)に訴えかけることで、ナイキの事業は「運動靴メーカー」から「感動・共感ビジネス」に変貌を遂げた。スポーツシューズ市場は、「コモディティ」(「ブランド」の対極にある非差別商品)で、かつ技術的な特性を中心に競争が展開されていると信じられていた。そこに人間的な息吹(情緒性)を吹き込んだのが、「ブランド・クリエーター」のベドバリーであった。
 在職期間の後期には、ナイキをシューズメーカーからファッション衣料メーカーに転身させる役割をベドバリーは担っている。それは、ブランドが持つ遺伝子(ブランドの遺伝子コード)を自然な形でカテゴリー拡張した結果であった。また、メーカーであるナイキが顧客と直接的に接することができる場として、全米の各都市に「ナイキタウン」を作ったのもベドバリーのイニシアティブであった。ナイキタウン建設の着想は、消費者がブランドを感じる場面(Feel the Brand)を店舗を通して演出するためである。
 「ブランドについて達成すべき仕事はすべて終わった」と感じた7年後に、ベドバリーはナイキを去ることになる。本書は、著者がナイキを退社した直後に構想されているが、出版にいたるまでにはさらに6年を要している。それは、ベドバリーがもうひとつのグローバル・ブランド構築に関与することなったからである。

 <小休止:再びコモディティをブランドに>
 家族と過ごすためにオレゴン山中で一年間休養した後、ハワード・シュルツに請われて、今度は同じくシアトルで成長途上だった「スターバックス」にベドバリーは入社することになる。1996~1998年の3年間、シュルツを補佐する副社長として、著者は新しいサービスブランドを育成する最高責任者を務めることになった。メーカーブランドから流通サービスブランドのマネジャーへの転身である。
 本書の冒頭(イントロダクション)に、興味深いふたつの事例が引用されている。ベドバリーの父親は、GMの優秀なセールスマンだった。ところが、彼が子供の頃に父親の輝けるブランドだった「オールズモビル」(GMの一事業ブランド)が、21世紀に入ってすぐに製造中止になった。また、米国の20世紀を代表してきた「マールボロ」が、1993年に競合ブランド、とくに安価なPB商品への対抗処置として大幅な値下げに踏み切った。いわゆる、「マールボロ・フライデー」である。
 いずれもケースも、半世紀近くの長きにわたって、大量のマス広告を投入して構築されてきたメガブランドの価値が一瞬にして失われた事件であった。マールボロもオールズモビルも、性能(Performance)と知名度(Awareness)に依存する「旧世界」に属するブランドである。「ブランド」が「コモティティ」に転落したことを、ふたつの産業の最高経営者たちが公式に容認したわけである。
 ふたつの事例と対照的なのは、コーヒー豆産業とスニーカー産業であった。ナイキが提案したブランド概念(感動と共感)によって、コモディティ産業だった運動靴ビジネスが感動産業に転換したことはすでに述べた通りである。物理的な特性を超えた付加価値をナイキは提供したわけである。「ブランド・コレクション」とベドバリーが呼んだ個々の製品を串刺しにする共通概念が、ブランドの本質である。

 <スターバックス:店舗環境要因がブランド価値を作る>
 発見以来900年以上の歴史を持つコーヒー豆は、典型的な農産物一次産品である。少なくとも、ハワードシュルツがシアトルにあった数店舗のコーヒーショップを買収し、店名をスターバックに変えるまでは、エルニーニョと価格競争に翻弄されるコモディティの代表格であった。コーヒーショップの概念を根本から変えてしまったのは、シュルツの次の言葉である。
 「店員の一人が、あるとき驚くべき発見を口にしたのです。彼が言うには、”わたしは以前、ひとびとにコーヒーを提供する仕事をしていると思っていたのです。ところが、よく考えみると、コーヒーを提供することでひとびとにくつろいでもらう仕事にわたしたちは従事していることに気がついたのです”」(P.50)
 「スターバックスをグローバル・ブランドにしたい」というシュルツの夢を実現するために、ベドバリーは元同僚のジェローム・コンロン(消費者調査担当)をナイキから引き抜くことにした。皮肉なことに、広告代理店出身のベドバリーがブランド構築のために投入できる広告予算は、スターバックスではほとんど無に等しかった。代替的な方法は、顧客がブランドに直に接触する場、すなわち店舗を広告媒体とすることだった。
 「アトモスフェリックス」(店舗環境要因)を注意深くデザインすることが、ブランド構築のキー要素であった。バーンド・シュミットが提唱している「経験価値マーケティング」の原型が、発展しつつあるスターバックスのなかで生まれている。おいしいコーヒーを味わってもらうために全店禁煙にするとか、コーヒーメニューを拡張するとか、ロゴマークをはじめとして、ナプキンやカップの材質、店舗デザインなど細部に至るまでの雰囲気にこだわるなど、コーヒーを楽しむ経験がスターバックスブランドの内容であるという考え方である。
 1995年以降、基本フォーマットを完成させたスターバックスは、欧州や日本などへの海外進出を実現させた。ベドバリーが在籍していた3年間で、スターバックスの店舗数は3倍に増えている。グローバルなブランド展開は、ユナイテッド航空とのブランド提携、本書には書かれていないが、日本のライフスタイル・ブランド企業「サザビー」との合弁事業(スターバックス・ジャパン)によってなされている。
 本書を執筆するために、1998年にベドバリーはスターバックスを離れることになる。同時にブランドコンサルタントに転身した彼は、ハイテク企業のブランド構築を支援しながら、その経験を本書の最終章に紹介している。

3 ナイキとスターバックスが拓いた新世界
 <ブランド理論の地平を変える>
 実業の世界は、マーケティング理論が伝える現実よりはるかに先を走っている。ブランディングに関する戦略定石や経営の枠組みもその例外ではない。ナイキでの7年を終えたベドバリーは、ロッキー山中の別荘にこもって、充電のために経営書を読みあさることになる。彼がそのときに気づいたことは、「(ナイキでの7年間で)自分たちが到達したブランド世界が、旧世代のブランド理論で語られている現実から10年は先に進んでいる」という事実であった。
 ナイキとスターバックスのケースは、ブランド本の定番である。ブランド理論の権威であるデービッド・アーカー教授の3部作「ブランド・エクイティ戦略」(1991)、「競争優位のブランド戦略」(1994)、「ブランド・リーダーシップ」(1999)やベドバリーの友人でもあるケルビン・ケラー教授(1999)の「戦略的ブランド管理」においても、ナイキとスターバックスはテキスト的な事例として取り上げられている。
 本書を読んで感じる衝撃は、ふたりの研究者のブランド理論が、フィル・ナイトとハワード・シュルツとともに働いたベドバリーの経験を抽象化したものであるという発見である。とくに、アーカー3部作で最新の「ブランド・リーダーシップ」は、広告以外の手法によるブランド構築について記述したものであるが、その内容はナイキとスターバックスのブランディング手法そのものである。
 ブランド理論の構築に影響を与えた現実世界の変化を、ベドバリーの著書にしたがって一般化すると以下の3つになる。すなわち、(1)情緒的な属性の重視、(2)モノ商品のサービス化、(3)ブランドの社会化である(ベドバリー自身は、別の表現を用いている)。

 <情緒的な属性の重視>
 「クラシック・コークの復活劇」に典型的に見られるように、1980年代の半ばにおいてすでに、ブランドの価値は物理的な要因(味、価格、パッケージなど)だけでは測定できないという認識があった。アーカー(1991)の枠組みにおいても、ブランド価値は「知覚品質」(主観的な価値評価)と「ブランド連想」(顧客との関係性の象徴)を構成要素としていた。それだけではない。ある時点において、ブランドのコア部分は、「モノ」(物理的な存在)ではなく、「コト」(体験や文化)に変わっていた。
 サイモンとサリバン(1982)が彼らの研究で示しているように、ブランド価値の約70%を占める「のれん代」は、貸借対照表には表記できない、したがって、主観的で情緒的なブランド価値(親しみ、あたたかみ、共感など)の総和である。残りの約30%だけが、客観的な属性でブランドの価値を説明できる部分である。
 全体の3分の2を占める無形価値がどのように創造されたのかを具体的に示しているのが、ベドバリーの著者である。顧客とブランドを感情的に結びつけるために、どのようなマーケティング手法を用い、経営者のリーダシップのもとでどのような組織風土を醸成していったのかがそこで明らかにされている。
 
 <モノ商品のサービス化>
 ナイキの事例では、モノ商品であるシューズが単なるモノ(性能に対する満足)としてではなく、より高い次元の満足(感動と共感)を得るための手段、あるいは部品として位置づけられている。スポーツに対する感動や共感といった、より抽象化され一般化された概念をブランドのコア価値とすることで、メガブランドの傘の下にある個々の商品(ブランド・コレクション)のロイヤリティは強固なものになる。新世界のブランドが、旧世界のブランドに比べて競合からの攻撃に対して防御性が高いのは、他のブランドによっては代替不可能な独自のブランド世界を持っているからである。
 このブランディング手法は、サービスマネジメントの基本に通じるところがある。この場合、ブランド(の構築)は、サービス提供システム(のデザイン)として再定義できる。シューズやエスプレッソといった「モノ商品」を購入することで、顧客はメーカーや小売店から提供される「サービス」を享受する。購入される個々の商品は、サービス提供プロセスの全体の流れの中で、顧客とのひとつひとつの接触場面(サービス・エンカウンター)を演出する道具(Artifacts)として利用される。
 自動車や靴を製造販売するメーカーであれ、ホテルやコーヒーショップのようなサービス企業であれ、顧客と接触する場面においては、現場の従業員がブランドの本質や企業の使命を理解していることが必須である(内部マーケティング)。そうでなければ、提供されるサービスのクオリティ(ブランドの価値)はおざなりなものになる。しかも、コミュニケーション手段が多様になればなるほど、顧客とブランドとの接触機会が多面的になる。したがって、ブランドの管理は、サービス・マネジメントに限りなく近づくことになる。その帰結は、モノ商品のサービス化である。

 <ブランドの社会化>
 ベドバリーのもうひとつの主張は、ブランドを見る世間の目が将来に渡ってますます厳しくなるだろうということである。世界中で繰り返し起こっている「ブランドの不祥事」を見ても、企業が犯してしまった過ちを永遠に隠蔽しつづけることはもはやできない相談である。唯一の対抗策は、不当な攻撃に対して毅然として立ち向かうことである。
 スターバックス時代、社会運動家のジェシー・ジャクソンから受けた脅迫に対して、ベドバリーは政治的取引に応じなかった。結果として、スターバックスはボイコット運動の標的になったが、ブランドに愛着を感じてくれた顧客は、いまや世界中に散らばっている店舗を離れようとしなかった。毅然とした態度を見せる経営陣に対して、ロイヤリティの高い消費者たちは継続的な支持を表明してくれる。
 ナイキブランドは、ブランド拡張によって、シューズという狭いカテゴリーを脱することができた。ナイキの商品は、世界中のスタジアムやジムで見られるようになったが、その代償は決して小さくはない。たとえば、商品仕様に対して細かな要求がなされたり、現地労働者の雇用に関しては、賃金や労働条件に特段の配慮をしなければならなくなった。
 ブランドがモノを離れて、消費者の感覚世界で生き始めるとき、ブランドは社会性を獲得したことになる。生活文化や哲学といった「精神世界」に関与する限り、ブランドは社会から好かれ尊敬される存在であることが要求される。
 私見ではあるが、社会から尊敬されるブランドは、その成り立ちが、営利企業ではなく非営利組織(NPO)に似通ってくるのではないかと思う。なぜならば、NPOの利害者集団を結んいいる組織の仕組みは、サービス企業のトライアングルと非常に似ているからである(図1参照)。筆者のような見解は、すでに、イギリスの研究者であるマイケル・ウイルモットにも見られるところである(Willmott, Michael (2001), ‘Citizen Brands: Putting Society at the Heart of Your Business,’ John Wiley and Sons)。

4 おわりに:良き市民ブランド
 ふたつの有名ブランドを育てた人物が書くベストセラー本は、ふつうならば自伝のスタイルになるだろう。しかし、著者は自らの体験を時間軸にしたがって整理するという方法を採用しなかった。ブランド構築の論理にしたがって、8つの章に分割することにした。ちなみに、本紹介文の1章と2章は、筆者が原書の各章に散らばっている内容をつなぎ合わせて、年代史的に整理しなおしたものである。
 本書のテーマは、新世界と旧世界を対比させて、ブランディングの思想を対比させることである。2項対立の「ブランドの旧世界」に対置されているのは、スターバックスとともにシアトルに本社を持つ巨人企業の「マイクロソフト社」である。ビル・ゲイツに個人的な反感を持っているのではないかと疑わせるほど、マイクロソフト批判に対するベドバリーの舌鋒は鋭い。マイクロソフトの重役連が登場する挿話は辛辣な当てこすりに満ちている。
 旧世界の代表的なブランドとしてマイクロソフトが名指しされるのは、著者に言わせると、マイクロソフトが「良き市民ブランド」ではないからである。新世界の市民ブランドには、人間的な側面が必要である。そうでなければ、ブランドは永続できない。ハイテク技術企業がブランド構築において失敗しつづけているのは、ブランドのあり方が「マイクロソフト的」だからだである。ゲイツのマイクロソフトに対して、「不死鳥のように何度も蘇った」アップルと「人間の顔をした」AOLを対置させている。
 両者の分水嶺は、暖かみ、親しみ、ユーモアなど、個人的な接触のやさしさにある。マイクロソフトがメディアを使ってどんなにたくさん広告を投入しても、ブランド価値はほとんど高まることがなかったが、それはマイクロソフトブランド(経営陣)に固有な「非人的な要因によるものだろう。この状況は、いまでも基本的には変わっていないように思う。
 もうひとつの非難は、クライスラーとダイムラーの「合併」である。不幸なブランドの結婚は、文化の違いだけにあるわけではない。合併による事業提携の経済的メリットだけを求めようとする風潮に対して、著者はとことん批判的である。ブランドが人間的な側面を持つ限りは、ヒューマンタッチの暖かみを無視したブランドの提携や結合は、「野合」であると言われて仕方がないかも知れない。筆者も著者の主張には全面的に賛成である。

A 附論
 ここでは、本書では章ごとに整理されているブランド管理の原則をまとめてみる。新世界を特徴づけるブランドマネジメントの8つの原則は、以下の(1)~(8)ということになる。それぞれの項目は、本文の章に対応している。筆者がかなり意訳をしているので、原文の章タイトルとはやや原意が異なるかもしれない。

(1)強さの条件(ブランドへの共鳴と切実さ):
 ブランド名がよく知られていること(知名)より、そのブランドが消費者と抜きさしならない関係性(強さ)が保てるようにすること。
(2)ブランドの遺伝子:
 ブランドが生来的に持っている本質(ブランドの遺伝子コード)を理解し、それを外れないように大きく伸ばしてやること。
(3)スパンデクス・ルール:
 他のカテゴリーにブランドを拡張するとき、分野によって拡張に程良い距離がある。また、他社とブランド提携するときには、取り組んでも良い適切な分野がある。遠すぎても(引っ張りすぎても)、近すぎても(緩すぎても)、結果はよろしくない(スパンデクスの原則)。
(4)情緒的な側面の重視:
 消費者がブランドを支持してくれるのは、優れた製品属性だけにはよるものではない。むしろ、消費者のブランドへの愛着や共感がロイヤリティを決定づける。
(5)ブランドが置かれる環境が大切:
 ブランドは単独ではこの世に存在しえない。商品やサービスが提供されるあらゆる環境が、ブランドにとっては重要である。
(6)ブランド・リーダーシップ:
 ブランドにとって責任あるリーダーが必要である。しかし、ブランドをマネジメントする原則は、現場で顧客に接する従業員のところまで徹底しなかればならない。パートタイムマーケターの役割は非常に大きい。
(7)成功したブランドは世間の注目を浴びる:
 企業が大きくなると、メディアや圧力団体から攻撃の標的になりやすい。もはや注視されることで隠れることはできないのだから、情報を公開して堂々と世間と向き合うことが大切である。
(8)顧客との絆を深める7つの原則:
 未来のブランドにとって必要なのは、顧客との精神的な結びつきである。情緒的な絆を創りだすために、ブランドにとって求められるのは、①簡潔であること、②我慢強いこと、③関係性を深めること、④いつでも手が届くところにあること、⑤人間的であること、⑥偏在していること、⑦革新的であること。