毎週金曜日、『日経MJ』「食のイノベーション」の連載、第4回を掲載致します。
日経MJヒット塾(連動企画) 2013年11月22日
「食のイノベーション④」
小川孔輔(法政大学経営大学院教授)
「原価率60%」の逆転戦略
日本のフードビジネスは低収益性の呪縛から逃れられていない。売上高経常利益率が10%超の外食産業は15社(総売上高50億円以上、2012年度日経MJ飲食業調査)にすぎない。
もうからない理由はごく簡単なロジックで説明できる。すべての企業が激しい価格競争に直面。国際的に高水準の固定費を負担しなくてはならないから、食材の原価率(30~35%)を低く抑えようと調達を海外に依存してしまう。円高時代は輸入食材の調達コストを低減できたが、為替が円安に振れると、もはや利益を確保する手段がない。
牛丼チェーンご三家の苦境を見るとよく理解できるだろう。競争は激しいままで、値上げすれば顧客は離れていく。第3世代のイノベーターたちはこの低収益性のジレンマから抜けため「高い原価率」と「高い顧客回転率」を組み合わせた事業モデルの構築に活路を見出している。
高級レストランの「立ち飲み業態」に適応したのが、「俺のフレンチ・イタリアン」である。「俺の」の坂本孝社長は、おいしい食事を提供するために「原価率の高い食材を“じゃぶじゃぶ”使うこと」をいとわない。
原価率60%の高回転商売にはもう1つ、思いもかけない工夫が施されている。ミシュランの星を獲得した有名店のシェフなどを料理長として採用していることだ。
高級料理店でも立ち飲み業態にすれば、顧客の回転率を1日3~4回転に高められる。一方、星がもらえる高級店は1回程度。経営を成り立たせるため食材の原価率を上げることができず、シェフの賃金を抑える力が働く。だから、有名シェフでも高給取りは多くはない。海外などで磨き上げた技術を生かして披露する場所(店)も機会(料理)もない。
スキルが高いのに必ずしも経済的には恵まれていない料理人の利活用に着目したのが、元ブックオフコーポレーション社長の坂本孝氏だ。家の書棚に眠っている本をよみがえらせ低価格で提供したアイデアを、フードビジネスに応用した。それが「俺の」の事業モデルである。
俺のフレンチ・イタリアンはメニューも店舗運営の仕方も店ごとに異なる。「個店経営」だから、シェフたちは作りたい料理を自由に作れる。
平均客単価3000円台が示すように、料理がおいしくて安価だから出て行く皿の数は半端ではない。メニューの回転も速いからシェフたちの技術は一段と上がる。逆説的だが、欧米のフードチェーンでは当たり前の「セントラルキッチン方式」を採用していないことが、「俺の」のヒット要因なのだ。
「俺の」の事業展開には相互に関連する2つの経営戦略上の特色がある。メディアを通じ認知を高め、潜在的な競合の進出を阻止するために東京・銀座界隈など「高家賃エリア」に、じゅうたん爆撃のように集中出店すること。さらに出店する地域では、複数業態で「シリーズ展開」していることだ(現時点で6業態19店舗)。
店ごとにメニューと味が微妙に異なる上、複数の業態を持つことは顧客の「飽き」を阻止することに効果的である。
日本のフードビジネスは企業の生産性・収益性が低く、働くシェフや接客する従業員も金銭的に恵まれてはいない。そこに風穴をあけることを明確に意図して事業が運営されているのである。
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セントラルキッチン チェーン展開する食品小売り・サービス業で、食材を店内ではなく工場(センター)で集中的に処理する方式。店舗運営費用と食材原価を低減し、同時に味や品質を均質化する手段として大規模チェーンで広く採用されてきた。