本書の特徴
Raymond Fisk et al.
‘Interactive Services Marketing (2nd ed.),’
Houghton Mifflin Co., 2004
本書は、Fisk, Raymond R. ほか2名の研究者によって書かれた「サービスマーケティング」のテキストです。v
Fisk教授は、AMA(米マーケティング協会)で最初にサービスマーケティング・グループを組織した人で、サービス(産業)の歴史、サービスへの劇場アプローチ、サービスの技術的側面が専門のようです(明治学院大学の小野先生によると、“アリゾナグループ”の重鎮ということです)。
実は、私自身がサービスマーケティングの良い教科書をこの10年間ほどさがしていたのですが、日本人学生が読むに値する本に巡り会えませんでした。日本のサービスマーケティングの本は、専門的すぎるか簡単すぎるかで、テキストとして推奨できる本がありません。昨年秋にこの本を偶然に発見し、学部学生と輪読してみました。英語が簡単で内容として日本で知られた企業・事例が多いことから、学部生(3、4年生)でも3ヶ月で260頁が読破できました。
1 内容的な特徴
(1)「サービスの相互作用」(2類型)に着目していること
これには二重の意味があります。ひとつは、サービス提供に当たって、人間同士がフェースツーフェースで経験することにより生じる「人的な相互作用」(Human Interactivity)。もうひとつは、人間が機械(インターネット、ファックス、電話など)を介して体験する「技術的な相互作用」です。このふたつが本書のメインテーマとなっています。
(2)「劇場(演劇)アプローチ」を採用していること
全体をまとめる枠組みとして、演劇のメタファー(隠喩)が使われていることが特色になっています。たとえば、舞台(サービスを提供する場=サービスの物的環境)、聴衆(サービス体験者、サービス顧客)、演技者(サービス提供者)、舞台裏(サービス企業)、舞台背景(サービス環境)などが巧みな比喩として使われています。すでに、日本では和田先生(慶応BS)が本書の枠組みで何冊かの書籍(演劇消費の理論)をお書きになっている道具立てではあります。
(3)サービス(マーケティング)の基礎概念がうまく整理されている
類書に比べて、基礎概念が平易に説明されています。しかも、サービスマーケティングの枠組みや基礎概念が、バランスよく網羅的に過不足なくカバーされていることが本書の優れているところです。たぶん、サービスマーケティングに関連した既存研究の中では、これまで一番上手に整理された本(テキスト)だと思われます。
2 全体の構成(概観)
本書は全体が5部構成になっています。
(1)サービスマーケティングの基礎(Foundations of Services Marketing)
第1章~第3章: 基礎概念と枠組み
(2)サービス経験の創造(Creating the Interactive Experience)
第4章~第7章: サービスの提供と計画、サービスの環境設定、
人的要素の管理、顧客ミックスの管理
(3)サービス経験の約束(Promising the Interactive Service Experience)
第8章~第9章: 価格付けとコミュニケーション活動
(4)サービス経験の提供と保証(Delivering and Ensuring a Successful Customer Experience)
第10章~第12章: 品質保証とリカバリー、サービスの市場調査
(5)サービスマーケティングにおけるマネジメント課題
(Management Issues in Services Marketing)
第13章~第15章: 戦略構築、需要管理、グローバルなサービス管理
3 章別の構成
以下に、各省の内容を説明します。( )内の数字が章番号です。
(1)Grasping the Uniqueness of Services Marketing(サービスマーケティングの特徴)
サービスの4大特徴であるSHIP(S:同時性、H:異質性、I:非分離性、P:消滅性)を説明し、サービス財を分類している章です。Lovelockのサービス分類マトリクス(有形性-無形性)×サービス受給主体(人間、所有物)、Shostackの有形性の程度分類などで、基本的なサービス財の特徴が説明されています。
(2)Frameworks for Managing the Customer’s Experience(顧客のサービス経験の枠組み)
「顧客経験」(サービスエンカウンター:Product/Service)を中心的な枠組みとしながら、サービスマーケティングを4つの要素で構成できるとして説明しています。いわゆる、「サービス従事者(People/Worker)」「サービス環境設定(Physical Evidence)」「サービス対象顧客」「サービスプロセス(Process)」の4つです(少し小川の解釈が入っています)。なお、彼らの主張する「劇場アプローチ」の対抗的なサービスマーケティングの枠組みとして、「サービスミックス・アプローチ(7P: Booms and Bitner)」と「サービス機能アプローチ(Langeard et al. 1981, Lovelock派)が紹介されています。
(3)Plugging into Information Age(情報化時代のサービスマーケティング)
サービス提供における人的要素(相互作用)と情報技術の活用について述べられている章です。情報技術を通して従業員をどのように動機づけるか? IT技術を活用して顧客にどのような満足を提供すべきか? この二つが中心テーマとして紹介されています。相互作用(Interaction)が中心概念です。
(4)Planning and Producing the Service Performance(サービスの提供と計画)
本書では、サービス経験を「舞台制作」(Stage Production)に見立てた「劇場アプローチ」(Theater Approach)を採用しています。本章は、したがって、モノ商品のマーケティングでいう「製品設計論」に対応しることになります。サービス財のコア要素(サービス製品)は、「経験」というサービスである(演劇では「演技」がPerformanceであり、「観劇=経験」がExperience)。コアサービスを補完的なサービス要素が「舞台裏の活動」で支えているという筋書きです。後半部分では、サービスをプロセスに分解し、サービスを差異化する方法、設計図(Blueprint)、脚本(Scripts)を描く手法などが紹介されています。
(5)Designing the Service Setting(サービス環境の設定)
サービスが提供される「場の設定」(Servicescape: Bitner 1992)についての説明です。Service Settingと同じ意味で用いられています。サービスミックス要素の中では、「無形性」に着目したPhysical Evidence(物的環境要素)のマネジメントに関係する部分に対応しているはずです。私見ですが、この章の議論は、モノ商品のマーケティングでは、店頭マーケティング、パッケージング論、ブランド論にも通じるところがあります。表舞台(Front Stage)と舞台裏(Back Stage)が分離されて扱われています。
(6)Leveraging the People Factor(人的要素の活用)
サービス業における人的資源管理を取り扱った章です。従業員の重要性、サービス従事者の技能分類、従業員の動機付け、作業生産性のコントロールなどについて述べられています。業務システムとの関連が大切です。
(7)Managing the Customer Mix(顧客ミックスの管理)
消費者行動論に対応している章。顧客ミックスとは、同時に同じサービスを受けるさまざまな横顔を持つ顧客の集合体のことを指す言葉。顧客の意識、行動分析などを取り扱っています。モノ商品の場合と異なるのは、顧客間の相互作用と従業員との相互作用のふたつです。また、「顧客(消費者)教育」(Customer Training)がサービス提供の際にはとても重要であるとされています。
(8)Setting a Price for the Service Rendered(価格の設定)
<説明不要と思います> サービスの価格付けについて書かれた章です。サービスでは価格が変化すること、価格と価値の関係、サービスコストの算定、価格バンドリングなど。
(9)Promoting the Interactive Service Experience(サービスのコミュニケーション戦略)
<ここもほぼ説明不要です> サービスの販売促進活動について書かれています。プロモーション・ミックス、広告計画のガイドライン、その他のコミュニケーション活動について教科書的にふれられています。
(10)Delivering Service Quality and Guaranteeing Services(サービス品質の提供と保証)
タイトルの通りです。サービス品質論と保証理論について書かれています。「サービス品質サイクル」という考え方(枠組み)に沿ってまとめられています(考え方の基本は、「サービスのトライアングル」です)。サーブコールとギャップ分析は、この章で紹介されています。
(11)Regaining Customer Confidence through Customer Service and Service Recovery
(顧客満足とサービスリカバリー)
サービス提供における顧客満足とロイヤリティ形成、および、サービスリカバリーについて書かれた章。顧客資産のマネジメントのサービス版です。失われた顧客のコスト、サービスリカバリーの価値、顧客の再獲得について記述されています。
(12)Researching Service Success and Failure(サービスを成功に導くためのリサーチ手法)
サービス提供を成功させるため、あるいは失敗させないためのさまざまな調査手法を紹介している章です。質的調査が主体になっている。ミステリー・ショッパー、従業員のレポート、質問調査法・面接法、グループインタビュー、フィールド実験などが列挙されています。あまり知られていない手法としては、「クリティカル・インシデント法」「真実の瞬間インパクト法」などが記述されている。「情報システム」の設計とサービスの改善に一節が与えられています。
(13)Developing Marketing Strategies for Services(サービスの戦略開発)
サービスの戦略構築についての章。一般的な戦略論のテキストから戦略開発に関する概念を引用している。PLC(プロダクト・ライフサイクル)、環境精査(内部・外部環境の分析)、4つの戦略タイプ(反応的、先取的、攻撃的、防御的)を説明。そのあとで、環境分析、マーケティングミックス戦略と続いています。サービスの計画、設計、実行、制御については、そのプロセスが丁寧に記述されています。サービスのおける競争優位の作り方などについてもふれられています。
(14)Coping with Fluctuating Demand for Services(サービスの需要管理)
サービスに対する需要が、本質的に変動する理由が説明されている。サービス供給能力の管理とイールドマネジメント(待ち行列の管理)に対して、本章では多くの頁がさかれている。サービスの供給能力を「物的能力」「人的能力」「設備関連」に分けているところがおもしろい。
(15)Thinking Globally: “It’s a Small World After All”(サービスの異文化マーケティング) サービスの国際化について書かれている章。自然、行動、時間、または他者に対して国が違うと文化的な対応が異なっているという観点からサービス論が展開されています。サービス産業の海外展開(参入方法)、サービスの輸出、国際戦略についてサービスの特有性から説いています。サービス提供法が国際化すると、多言語サービスが重要になるとか、IT技術が有用になるといった点は興味深い観点です。
(付録1)サービス産業におけるキャリア形成
サービスの分類とキャリア選択の方法が具体的に記述されています。
(付録2)用語解説集
文中で登場する「重要用語」を集めたものです(索引として使える?)