1 なぜいま、中小企業にとってブランド経営が重要なのか?
経営大学院で、ブランド戦略を核にした「マーケティング論」を講義している。教室で聴講しているのは、30歳前後の若い社会人学生(約30人)である。彼(女)らを相手に、主として国内のメーカーブランドや流通サービス業の事例を用いて、マーケティングの基礎理論を教えている。現在進行形の「生きた事例」を用いて、チーム別にクラス討論させるのが、わたしの授業の特徴である。昨夜(7月24日)の授業は、 (1)「ソフトバンクによるボーダフォン買収後のブランドマネジメント」、 (2) 「7&iホールディングスとイオンのマスターブランド経営の優位性比較」、 (3) 「キリンビバレッジの中国ブランド移転事業の未来」がテーマであった。
大手企業のブランド戦略について講じる一方で、最近学外からのリクエストが目立って多いのが、 「中小企業のブランド戦略」と「地域ブランド活性化」などのテーマでの講演依頼や原稿執筆である。伝統的な分野でのマーケティング論が意味を失ったわけではないが、とくに後者は、80年代に盛んだった「一村一品運動(当時の村松大分県知事提唱)」の流れを汲んだ「第二次地域興し運動」 (地域の再活性化)の反映である。いまさらながら、地域産業政策が重要であるという認識が世の中に広まりつつあるのだろうと思う。その中心に、ブランド論があるというのがおもしろい。
財政難で苦しむ地方自治体は、収益源としての観光事業(顧客誘致の仕組み作り)や自然派農業(産地ブランド展開)に着目している。また、地域に根を張った元気な中小企業は、地方財政にとっても貴重なブランド資産だということになる。元気印の中小企業にしても、小さいながら自社の事業を差別化するために、固有のブランド戦略が必要だという認識をもつようになってきている。二重の意味で、顧客の目線でのブランド経営が重要になったと考えられる。中小企業のためのブランド戦略や地域ブランド論に関する講演依頼が増えてきたのはそのためである。
本稿では、地域コミュニティの活性化などを意識しながら、中小企業のブランド経営について大切と思われるポイントを紹介してみたい。ブランド戦略は、知名度の低い中小企業にとっても有効な経営戦略である。
2 ブランド価値経営
企業規模が大きかろうが、小さかろうが、ブランド経営の基本は同じである。ブランドが価値を持っているのは、ブランド(Brand)そのものが、長い時間をかけて企業のマーケティング活動とコミュニケーション努力によって形作られてきた「無形のイメージ資産」だからである。しかも、企業固有のイメージ資産は、実体がないにもかかわらず、それだからこそ、基本的には他社が真似ることができない「Only One」の存在である。簡単に模倣することはできないので、ブランドは価値を持つのである。
もう少し詳しく、ブランドがなぜ資産価値を持っているのかの根拠を、部分要素に分けて整理してみることにする。図1は、ブランドの無形資産価値が、5つの要素から構成されていることを示したものである。現代ブランド論の提唱者、元カリフォルニア大学教授のデービッド・アーカーによるブランドエクイティ論(ブランド資産価値論)の枠組みである。もっと分かりやすく記述すると、ブランド資産とは、①知名度(が高いこと)、②知覚品質(が優れていること)、③ブランド連想イメージ(が良いこと)、④ブランドロイヤルな顧客(をたくさん抱えていること)、⑤商標登録などの法的要素(によって制度的に事業が守られていること)、から構成されている。
この中でどれがもっとも重要な要素なのかについては、アーカー自身も明確に優先順位をつけているわけではない。しかし、後に紹介するが、中小企業にとっては、第一番目にとにもかくにも、①知名度を上げることと、⑤法制度によって追従・模倣を守ることが決定的に重要である。地方の優良中堅企業などは、一般に②優れた品質の商品サービスと、④しっかりした顧客基盤を持っていることが多い。全国レベルでの課題は、残りの3つということになる。いずれにしても、5つの条件が満たされているかどうかは、中小企業にとっても重要である。自社にとってのブランド資産価値を、このリストを用いてチェックすることには充分に意味があるだろう。
3 良いブランドの条件: 顔、名前、中身
次に良いブランドの条件を考えてみよう。サントリー系の広告制作会社(株)サンアドの若林寛社長が提唱している「優れたブランド」の考え方である。すなわち、良いブランドが満たすべき3つの条件とは、 「顔」と「名前」と「中身」がすべて良いことである。
成功しているブランドは、売れっ子のタレントがそうであるように、顔も名前も中身もすべて良いはずだという説である。
具体的に考えてみることにする。ブランドであれば、 「顔」はパッケージを意味している。流通・サービス業界であれば、店舗のデザインやサービスマークなどに「顔」が対応している。さまざまなブランドを思い出してみるとわかるが、良いブランドはおそらくひとつの例外もなく、パッケージや店舗の概観が素敵である。内装やロゴマークも心地よく感じられるはずである。中小企業であっても同じで、例えば、古くからある地方の老舗は、お店に独特のたたずまいがある。のれんも素敵で、おもわず立ち寄ってみたくなる雰囲気がある。
つぎの「名前」は、ブランド名のことである。良いブランドは、ブランド名も素敵であるとする主張である。ひとつ例を挙げてみる。良いブランド名の「音」(の響き)を系統的に研究している音相研究所の木通所長がしばしば取り上げる例である。例えば、「コシヒカリ」に見られるように、お米で売れているブランドは、美しい澄んだ音の響きを持っている。対照的な例として木通所長があげるブランドが、群馬産の「ゴロピカリ」である。
もちろん、顔と名前が良くても、中身が悪ければお客さんは継続顧客になってはくれないだろう。一度は購入してくれても、トライアルだけで終わってしまう。継続的に利用してもらうためには、産地ブランドの夕張メロンや関サバに見られるように、品質や味などの「中身」をきちんと維持しなければならない。人間もブランドも、やはり中身が大切である。中小企業のブランド戦略は、優れた容器(顔と名前)に入れるために、ユニークで素晴らしい商品やサービス(中身)を開発することが基本である。しかし、それだけではまだ充分ではない。
4 中小企業にとってのブランド管理:3つのポイント
とりわけ、中小企業のブランド戦略として欠かせない要素は、以下の3つのポイントが重要である。①できるだけ速やかに、拡張性のある、程よい品質の商品やサービスを開発すること、②商品の市場投入にあたっては、効率的なコミュニケーション戦略を立案して実行すること、③品質水準と商品価値を守るために、商品・サービスの品質を不断に改善・向上させること。この3つである。
(1)ブランド開発のスピード
大中小の規模にかかわらず、商品開発にとって重要なことは、アイデアに独自性があって、商品が画期的なことである。ただし、新しい商品の市場投入についてはタイミングが大切である。品質の完成度にこだわりすぎるあまり、対応が遅れて千載一遇のチャンスを逃してしまうことがある。迅速であることは、やや問題のある品質をカバーして余りある場合がある。大きな会社が中小企業の独自な発送を盗んで、あたかも自社で開発したように発売することを阻止するには、スピード経営に徹することである。たとえ当初の品質がやや不完全であっても、その後における改善の努力と顧客からのフィードバックを取り入れればよい。しばしばフォローの継続努力が問題を解決してくれるものである。人材と資金に恵まれない中小企業にとって、組織としての柔軟性と決断の早さが競争優位の源泉である。
(2)コミュニケーションの重要性
中小企業が成功するには、よく練られたコミュニケーション戦略が必要である。まず最初は、とにかく企業の名前を世間に知らしめることである。ブランドの認知度をあげるためには、技術・ノウハウに独自性があること以上に、ブランドを視覚化することが大切である。ビジュアル的なブランディングの方法としては、製品のデザイン、ロゴマーク、色づかい、店舗レイアウトなど、ブランド要素と呼ばれる視覚的要素を有効に活用するように心がける。ブランド要素(識別記号=アイデンティファイア)を媒介に、顧客は企業と接触するので、商品そのもの以上に、視覚的な表現が重要になる。たとえば、中小企業であった「吉田カバン」が急に有名になったり、地方企業で都市部ではほとんど無名だった「ユニクロ」がブランドとして際だつようになったきっかけは、製品設計(デニムの素材)と店舗デザイン(原宿の旗艦店)によるところが大きい。
当初、独特のデザインに注目してくれるのは一部のマニア層である。知名度を高める媒介者として、彼らの役割は小さくない。しかし、最終的に一般に知られるようになるには、テレビや雑誌の記者や広告担当者などと太いパイプを持つことが必要になる。広報活動を通してのメディア露出は無料広告である。
場合によっては、経営者自らが積極的に「ブランド」になる覚悟も必要である。最近では、ワタミ、松井証券、ナルミヤ、青山フラワーマーケットなど、経営者が自らをメディアに売り込むことで好感度を獲得している例がある。
(3)不断の品質改善と従業員のモチベーション管理
最後に、ある程度知名度が高まったら、真のブランド価値(中身)を消費者に理解してもらい、継続顧客になってもらうことが大切である。当初は好調だった事業が早々に息切れをおこしてしまうのは、改善の努力が足踏みをしてしまうからである。勢いに弾みをつけるには、逆説的ではあるが、市場投入時に製品の完成度を過剰に設定しておかない方がよい。品質改善の努力をより実りあるものにするために、市場のニーズを逐次的に受け入れる「冗長さ」を、事業経営のシステムに組み入れておいたほうがよいのである。
経営者は、ともすると自分こそが会社そのものであり、ブランドそのものであると思いこみがちである。ブランドの創造期は別にして、いったん定着した事業(ブランド)の価値を伝えるのは実は社員である。ブランドに付加価値を与えるのは、従業員の努力である。すばらしいサービスブランドであっても、現場従業員が金銭的・精神的に充分に報いられる仕組みになっていないと継続はむずかしい。ブランドに対する尊敬や愛着は、経営者以上にパートタイム(「パートタイム・マーケター」と呼ばれる)において、想像以上に高かったりする。「内部顧客」である従業員に、事業経営やブランドに関して共通の理解を持たせることが重要である。
5 まとめ
ブランド経営の時代である。従来は、中小企業がブランド戦略を展開することなど夢物語だと考えられていた。マスメディアへの露出や過大な広告費負担は、とくに地方にある中小規模の企業には予算的に不可能だったからである。しかし、メディアの環境は大きく変化している。ネットの存在が、小規模の企業にも会社とブランド露出を可能にした。
楽天やヤフーなど、電子ショッピングモールにおいて、小額予算で効率の高いコミュニケーション効果を達成している企業は例外ではない。畜産や水産品、野菜や果物や花き類など、農産品のB2C電子商取引で成功を収めている企業が地方発で登場している。
そうしたネットでのブランド販売の取り組みが、地域の産業を活性化させるのに大いに貢献している。そのとき、コミュニケーションを主体にしたブランド戦略が商品政策のキーとなるのである。