2022年11月1日に、ひょんなことがきっかけで、東京消防庁本田消防署の消防団員に登録することになった。そこから、先月でほぼ2年を団員として活動してきた。東京都庁の消防団員は、都の準公務員である。実は、行動規律が結構大変である。
たとえば、活動服で自転車に乗るときは、東京都から支給されたヘルメットを着用する義務がある。わたしは、昨日のような訓練のときには、都庁のマークが入った「本田消防団」の名入りのヘルメットをクローゼットから取り出してきて自転車で練習場に出動する。
コンビニエンスストアやスーパーで買い物するときも、夏場は消防団のTシャツを着用しているときなど、立ち居振る舞いに注意が必要である。活動服やヘルメット、アポロキャップは目立つので、誰がコンビニで買物をしているかわかってしまう。
その昔、自転車で操法大会(消防の競技大会)の練習補助に向かったとき、そばを通りかかった乗用車に接触して(正確に言えば、向こうが自転車を降りて歩いているわたしにぶつかってきた)、事故調査にやってきた警察に届ける必要があった。
石川分団長(第11分団)に言われたのは、「団員が自転車に乗るときには、ヘルメットを被ることが義務つけられています」だった。当時は、自転車に乗るときのヘルメット着用は、「推奨基準」にもなっていなかった。そんなルールを知らなかったので、消防団本部からわたしが注意を受けることになった。
準公務員と言えども、それまで自由に生きてきたわたしのような元大学教員には、ずいぶんと面倒なルールだなと思ったものだ。地域のために働くとは、監視の目があるから、なるほどそういうものだと納得したものだった。学生などもそうだが、制服を着用する意味は、教育上の目的から人物をできるのだった。そのことを身をもって認識した事件だった。
以下は、このごろ消防団の仕事について感じることである。とくに、「地域の安全を守る役割を担う」という消防団組織の未来が心配になる。
ここまで書いてきたように、消防団員に対する行動規範の順守義務は相当程度に厳しい。そうした上で、社会的に注目を浴びる仕事をしていることあり、不祥事などを起こすと新聞やテレビですぐに取り上げられる。ネットなどにも、きびしい指摘の書き込みをされる立場にある。
基本はボランティア活動でありながら、その割に拘束時間が結構長い。ボランティアなので報酬は微々たるものである。そのことを問題にしているわけではない。報酬と奉仕のための時間や拘束のバランスが悪いと言いたいからだ。
わたしがフルに活動した2023年度中の活動日数は、24日(365日中)だった。年間を通して、ほぼ2週間に1回の出動になる。ところが、消防操法大会の選手や操練大会のメンバーに選ばれると、年間35日~40日の奉仕日数になる。
これが、分団長や副分団長となると、わたしのほぼ倍の拘束日になる。先日、わが分団長に尋ねたことがある。「年間で何日、分団長の仕事で拘束されていますか?」の答えは、年間50回以上、つまり最低週一回である。しかも、グルールLINEを通しての連絡もあるので、四六時中、分団のために動いているようなものだ。
ところで、東京下町のわが葛飾区の場合だと、サービス業の社長さんが分団長で、副分団長や部長さんのような主たるメンバーは、商店主や個人事業主が多い。もちろん、地域で仕事をしている団員の方たちだから、商売にプラスに働くことは多いだろう。わが生まれ故郷の秋田県などでは、わたしの親戚や友人が結構の割合で消防団に属していることがある。
そうした親類や知人の若者や元青年たちの話を聞いていると、祖父や親の代から消防団員であることもわかってきた。全国の消防団は、地縁・血縁が支えているところがある。つまり、地域の相互扶助ネットワークが消防団組織をよって支えているのである。わずか2年少しの活動ではあるが、これが全国共通の消防団の特徴であることもわかってきた。
そこで、わたしが懸念するのが、人口減少社会と地域ネットワークの解体が、全国の消防団組織に及ぼすマイナスの影響である。地方では農業者も含めた自営業者の構成員が、地域の消防団組織を支えてきた。
ところが、かつては200万人規模だった消防団員の数(1945年)が、昨年度で80万人を割り込んでいる(2023年で75万人)。これは、新生児の出生数(73万人、同年)と同じくらいの落ち込みである。このままいくと、地域の安全を支えている全国の消防団員の数が決定的に不足することは間違いない。
火災で出動するだけが消防団員の仕事ではない。地震時の対応、水害の救護活動もわたしたちの守備範囲である。それ以上に時間を取られているのは、訓練時間(主力メンバーのアシスト作業)と地域の行事(お祭りやイベントの警備、年末の町内の見回りなど)で、地域の安全を確保するための活動である。
わたしのような年寄りが、それでも消防団員として多少なりとも役に立っているのは、直接的な災害への出動以外の仕事ではなく、地域のための行事やイベントの補助活動で役に立つからである。
日本の消防団組織のルーツは、江戸時代の「め組」(3火消:大名火消、定火消、町火消)にあると思われる。とりわけ、現在の消防団の元は、町火消だろう。そして、基本的な組織構造は、おそらく戦時中の隣り組や軍隊組織に準ずるものだった。消防団の訓練に参加していると、隊列の組み方や組織的活動のパターンなどに、そうした組織運営の痕跡に気が付くことがある。
わたしが言いたいことは、日本の社会的な構造変化が、消防団の機能を弱めはしないかという懸念である。団員になってから2度目の年度末の総合訓練で、そのことを確信することになった。誰がこの組織をボランティアで支えているのか?
いったん弱体化してなら、全国の消防団組織を再構築することは難しくなるだろう。いまのうちから、根本的に強化の準備をすべきところだろう。その旗振り役をする人はいるだろうか?と。選挙公約では、これはまったく票につながらないイッシューではある。
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