【映画評】新海誠監督作品『すずめの戸締まり』(★★★★★)

 新海誠監督の『すずめの戸締まり』を、年末の17日に鑑賞しました。女友達と観た映画館は、六本木のTOHOシネマ。ふだんは鑑賞した後すぐに、感想をブログにアップします。今回はそれが出来ませんでした。理由は、冒頭のシーンがその後の約3週間に渡って、今日に至るまで、頭から離れない「心のペグ状態」(釘付け状態)が続いていたからです。

 

 以下の感想は、わたしの心に突き刺さった「重たい釘」を、わたし自身から解き放つためのものです。

 登場人物への言及は、文中では、主人公の「すずめ(鈴芽)」に限定されています。猫のダイジン(要石)や、もう一人の主人公・宗像草太(戸締り師)、育ての親の環(叔母)のことなど、作中の役割については取り上げていません。

 わたしにとって、これまでの映画で経験したことがない特異な状況です。今回の書評の特殊性について、事情に免じてご容赦願います。

  

 「すずめの戸締まり」の冒頭は、つぎのような冬の情景からはじまります。

 映画の最後で解き明かされますが、場所は、津波が押し寄せる宮城県の海岸線。2011年3月11日、あるいは、東日本大震災があったその数日後の設定です。

 一人残された4歳の少女(すずめ)が、扉の向こう側に広がる黄泉の国(常世の国)で、津波に流された母親を探して雪の中をさ迷っています。偶然の作用で戸が開いたり、戸締り師がドアを締め忘れると、常世と現生がつながってしまいます。

 

 <あらすじ>

 高校生の岩戸鈴芽(原菜乃華)は、幼いころに亡くなった母親の夢を見ていた。夢の中で、幼い鈴芽は母を探して叫び続け、廃墟の町を彷徨っている。目が覚めたとき、鈴芽は泣いていた。

 その日の朝、鈴芽は廃墟を探している青年・宗像草太(松村北斗)と出会う。忘れ去られた元温泉街の場所を教えた鈴芽だったが、草太のことが気になり、彼を追いかけひとりで廃墟へと入っていく。そして、廃墟の中にぽつんと放置された扉を見つけるのだった……。

 *(【ネタバレ】映画『すずめの戸締まり』ダイジンの隠された役割とは?ラストに繋がる伏線は?徹底考察 | FILMAGA(フィルマガ) (filmarks.com))からの引用。

 

 『すずめの戸締まり』は、東日本大震災を描いた映画でした。震災を体験したわたしたちにとって、あの出来事の衝撃は一生忘れることができません。しかし、多くの犠牲者を出した災害でしたが、10年が経過したいまでは、静かに事件の風化が始まっています。

 わたしたちと一緒に映画を観ていた若者(全体の3分の1くらい?)は、大震災の記憶を共有していないかもしれません。新海監督の制作意図は、自身の作品を通して大震災の記憶を残しておくことだと推察できます。日本人の記憶の中に、強烈なくさびを打っておくことが目的のようです。

 その意図は、充分に成功していると思いました。ただし、今回の作品は、前々作の新海作品「君の名は。」などと比較すると、観る人によって解釈の余地が大きい物語に見えました。冒頭のシーンに拘りながら、わたしが全編を鑑賞してしまったように、観客によって作品の解釈に自由度が大きいように思います。

 以下は、一人の鑑賞者としてのわたしの感想です。のちほど、一緒に映画を見ていた友人が、新海作品をどのように捉えていたのかを紹介します。

 

 わたしにはふたりの孫娘がいます。葛飾に住んでいる4歳と、神戸で暮らしている10歳です。

 映画の冒頭(雪中のすずめ)を見て、この子たちが、幼くして母親を失った状況を想像しまったのです。とりわけ二世帯住宅で一緒に暮らして4歳の子は、2年前にRSウイルスに罹患して、近くの病院に3日間隔離されたことがありました。ウイルスの感染が心配なこともあり、実母からこの間は完全に引き離されて、個室に隔離されてしまったわけです。

 かろうじて、2日目に看護師さんがリモートの画面越しに、当時2歳だった孫娘の動画を母親に送信してくれました。その画像を見て、義娘(母親)はおいおいと泣いていました。わたしたち(祖父母)も、母親の姿を見失って、いつもの明るい表情とは全く異なる孫娘の姿に心を痛めました。

 孫娘の隔離体験と、雪の中で泣きじゃくりながら、母親を探している4歳のすずめの姿が重なったのでした。上映の最初から最後まで、わたしの心に刺さってしまった釘は、雪が舞う雪原で動かないままでした。わたしたちの「すずめ」も、雪道をとことこ歩いてうずくまったままでした。

 

 映画の終わり近くで、4歳のずずめは、成長した自分と再会します。

 小さなすずめは、雪原に現れた女性(成長した自分)を母親だと思うわけです。実際には、未来からやってきた自分だったのですが、小さな子供にはそのことは理解しようもないわけです。

 一緒に映画を観ていた女子からは、その場で直に感想を聞くことができませんでした。先週になって、LINEで感想を送ってきてくれました。彼女の作品への印象は、一言で言えば、「未来への希望」だったようです。文章を編集して引用します。わたしが、「すずめの戸締りは、内容が重たい」と伝えたことに対するお返事でした。

  

 おはようございます!

 すずめの戸締りの感想。かなり重たいテーマだったのですが、私はどちらかというとそれは他人事で、だからこそ物語として感情移入でき、見終わった後の重さはありませんでした。

 世の中には、喉元過ぎれば熱さ忘れる。時間が解決する。的には解釈できないことで苦しむ人がたくさんいること。それを一歩超えたメッセージだったなと思います。(中略)

 終わったこと、過去の人を、過ぎたことにするのではなく、今を生きているものにとって、かけがえのない財産、原動力にしよう、というメッセージに、希望をもらいました。

 

 友人の感想は、作品の鍵になるフレーズをよくとらえていると思います。それは、希望につながる言葉です。鈴芽と草太、鈴芽と環の間で交わされた挨拶です。

 「いってらっしゃい」と「おかえりなさい」。どこかに出かけていくけれど、でも、いつかは元の場所に戻ってくる。だから、そこには希望が残されている。東日本大震災で多くの方が命を落としました。でも、亡くなった人たちも、残されたひとたちの心の中でいまも生きている。

 そして、どこかで繋がっている。そう思えることで、亡くなった人たちも救われるのでした。