論理と推論が単純すぎはしないだろうか? たとえば、「円高で日本の技術が海外に流出してしまう!」 これって、本当だろうか?

 添付の記事が典型的である。「円高=技術の海外流出」というストーリーがメディアに登場しない日はない。お気に入りの論理は、次のようなフローをたどる。円高→生産設備の海外移転→アジアへの技術流出→匠の技が消失→日本の地域産業の衰退。この論理は正しいのだろうか?

 この論理フローの一部分は、間違った前提に基づいている。推論には、大きな思い違いがあるように思う。以下では、その根拠を詳細に説明してみたい。

 その1: そもそも、いまのような円高が永遠に続くはずがない

 経済学(国際貿易)を学んだ人ならば、すぐにわかるはずだ。いまのような急激な円高(=ドル安、ユーロ安)は、特殊要因によるものである。その影響は一時的である。
 基本的な要因は、EUの経済危機(ギリシャ、スペイン、イタリアなど、周辺国の財政破綻)と米国経済の不調によるものだ。EUの苦境は、自分たちが撒いた種(統合による競争力向上)をうまく育てられないのが原因である。
 もともとが、アジアや米国に対抗して経済統合を実現しようとしたことが、裏目に出ているのである。統合のデメリットが、小さなEUを求めるようならば、その方向(一時的なEU経済圏の縮小)に政策は動くだろう。EU経済の破たんは、基本的にはEU中軸国(ドイツ、フランス)の戦略的な失敗が原因である。

 米国はすでに景気が回復してきている。当り前のことだが、アジア通貨に対して、これだけドル安に振れれば、米国や欧州の交易条件は改善する。つまり、相対的なドル安で、米国内で製造業が復活する。一部の産業には、国内の雇用が戻って来ている。国際経済学の「いろは」である。
 アジアの国は、経済は活況ではあるが、中国などは賃金水準が上昇している。国内製造業の比較優位は失なわれ、日本の高度成長期と同様に、内需依存型の経済に移行していく。それはふつの道筋だろう。
 日本は貿易赤字に転落している。「円」は、安全・安心な金融資産として支持されているだけだ。だから、いまの円高は、3月までには終焉するだろう。遅くとも、夏までには、ドルは100円に、ユーロは120円に戻すだろう。

 その2: 技術は「人」に体化されているので、短期的に容易に移転できる性質のものではない
  
 製造業の技術や製品の品質を向上させるには、おおよそ2世代(50年)を必要とする。匠と言われる技の実態をみてもらいたい。日本が誇るといわれる「モノづくり」の技術は、実は、消費文化に根差している。単に良いものを創るテクニックだけでは、匠の技は育たない。その商品を使用する生活がないと、優れた技術は定着しない。
 換言すると、いまの中国のように、商品や創り方をコピーしているうちは、技術は育成できない。短期的には、たしかに、表面的な製造方法の借用で、量産メリットを享受はできる。しかし、複写できるのは、コピーの対象となる原紙(オリジナル)があるときに限定される。
 自分でオリジナル(革新的な方法)を作らなければならなくなったところで、複写文化は終わりである。その先があるかどうかは、消費者市場の性質による。
 アジアの消費文化が成熟するには、最速でも20年はかかる。だから、最終的に移転ができるとしても、完成度の高い技の習得には、かなりの時間を要するものと思われる。

 その3: 結論 ~ アジア諸国は、日本がいつか来た道を歩んでいるだけ

 円高は反転する。技術の移転は、短期的にはできない。秘術を持った団塊世代が、大量に海を渡っていくとは思えない。そうした人間は、数の上では限定される。
 そもそも論になるのだが、技術の流出は起こってもかまわないのではないだろうか?
 アジア経済の勃興は、日本側に派生需要(産業財や知的所有権)が生まれることで、長期的には日本経済を潤すことになる。なぜなら、日本と中国・韓国・台湾・東南アジアの諸国の経済は、ますます関連性が高まり、関係が深まるに決まっているからだ。
 商品もサービスも、東アジアでは、EU域内以上に活発に移動するようになる。それと一緒に、人間も移動しはじめている。

 中国人の観光客が銀座や富士山を、観光で見に来ることに目くじらを立てることはない。30年前に、日本人もパリのシャンゼリゼ通りで、同じような偏見に出会った。
 ブランド品を買いあさる日本人買い物客が、パリの街を闊歩して顰蹙をかっていたいたではないか。わたしたちはもっと謙虚に、自分の過去を忘れてはならない。
 アジアの人たちも、わたしたちが「いつか来た道」をたどっているだけなのだ。ただし、その道程にはまだまだ先がある。この先も、遠い道を歩いていかなければならない。 日本人は、その手助けをすればよいのだ。
 中国や韓国は、脅威でも敵ではない。いまの台湾のように、ゆるやかな競争相手ではありながら、基本的には、同志=仲間なのだ。

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 以下は、署名入りの「サーチナ」のリリース資料である。間違ってはいないが、記事はかなり表層的ではある。

「円高で日本の「匠の技」が海外に流出する可能性(2)=中国」 
2012年2月8日(水)16時42分配信 サーチナ

 2011年、日本は1980年以来31年ぶりの貿易赤字となった。このまま円高と世界的な需要の冷え込みが続けば、今後数年間で日本の貿易赤字は続き、日本経済回復に追い打ちをかけるだろう。中国網日本語版(チャイナネット)は日本の「匠(たくみ)の技」が海外に流出する可能性があると論じた。以下は同記事より。

 ◆海外に流出する匠の技
 統計によると、日本には中小企業が419万8000社以上あり、日本企業全体の99.7%を占め、従業員数は会社員全体の7割を占める。日本の中小企業の多くは従業員は数十人程度だが、それぞれが優れた技術を持つ匠で、まねのできない精密な技術と独自の手工技術に長(た)け、製品にこだわり、日本の製造技術の「国宝」であり、この製造大国の技術の底力や原動力といわれる。

 中小企業が海外移転を進める中で、日本の経済産業界は製造立国である日本の産業の「空洞化」がさらに進み、失業率が悪化、特に中小企業がもつ「匠の技術」が海外に流出し、製造業における独自の技術や加工能力の強みがなくなり、新興国家との製品競争や技術競争、経済競争が難しくなるのではないかと深い懸念を示している。

 ◆日中の経済協力向上に期待
 在日中国大使館の呂克倹公使はアジア週刊の取材で、「厳しく複雑な状況にあって昨年の日本企業による対中投資は前年比56%増の56億ドルに達した。これは中国の経済成長と改革開放が市場の需要を継続的に促し、日中に多くのビジネスチャンスをもたらしていることを説明している。新しい1年、両国は震災復興、省エネ・環境保護などよりハイレベルな分野での協力を展開し、経済協力の構造転換とアップグレードを推進したい」と語っている。(おわり 編集担当:米原裕子)