『ブランド戦略の実際(新装版)』の第5章までを書き終えた。最終章の第3節以降、2つの節が終われば脱稿になる。締め切りは7月20日である。発売が予定より半年遅れることになった。94年の初版をボリュームでも大幅に上回る。各章の第1節を順次にアップしていく。
Ⅲ ブランド戦略の実際
(Ⅲ部扉 図表 新ブランドの創造、ポジショニング戦略)
1 新ブランドの創造
(1)革新的な製品の誕生
革新的な製品を生み出すことは、マーケティングに携わるすべての人々にとっての夢です。しかし、新しいブランドの誕生は、偶然がきっかけになっていることが多いようです。
画期的な製品の成功は、ほとんどが開発の過程でたまたま起ったハプニングによるものであって、もっともらしい後理屈や科学的な合理性だけから説明できるものではないという議論があります。
たとえば、ハーバード大学の学生交流ネットワークサービスから生まれたフェイスブック(Facebook)、日立の全自動洗濯機・静御前、日産自動車から限定発売されたBe-1などのアイデア(レトロなイメージ)も、偶然の産物といわれています。日本で大成功したといわれる製品の開発担当マネジャーをインタビューした調査結果によると、マーケティング担当者たちが開発の初期段階で、自らが手がけているブランドの成功を確信していたケースは稀なようです(石井淳蔵『マーケティングの神話』日本経済新聞社)。
別の例をあげてみます。サランラップは、もともと民生用に開発された包装資材ではありません。戦場などで銃弾や火薬などを湿気から守るために開発されたものでした。戦後に、ダウケミカルの二人の技術者が、ポリ塩化ビニリデン(PVDC)フィルムにレタスを包んでピクニックに出かけたことがきっかけで、食品の保湿と保管のための用途が注目されました。その後、正式に食品用ラップとして一般にも販売されるようになりました。商品名は、二人の技術者の妻、サラ (Sarah) とアン (Ann) の名前にちなんでいます。
たしかに、サクセス・ストーリーの多くは「偶然性仮説」を支持していますし、ブランドを創造するプロセスには、科学的アプローチが入りにくいことも事実です。しかし、ブランド誕生の絶好の機会を見逃さずに、最終的に製品を市場での成功に導くためには、ある種の経験知が必要なことも事実です。
理詰めで考えたからうまくいくとはかぎりませんが、羅針盤なしにやみくもに進んでも、結果は一〇〇%失敗に終わります。大切なことは、バッテング・アベレッジを高めることです。同時に、ボールをより遠くへ飛ばす技術を不断の努力によって鍛錬しておくことです。
優秀なマーケターや製品エンジニアリング担当者は、天才的な直感力や芸術的なセンスだけではなく、製品づくりのための最低限の定石(原則)をマスターしているはずです。
たとえば、梅澤伸嘉氏の開発した「キーニーズ法」や山中正彦氏が提唱している「PROKEW」などが、手がかりになります(梅澤伸嘉『ヒット商品を生む!消費者心理のしくみ』同文舘二〇一〇年、朝野熙彦・山中正彦『新製品開発』朝倉書店、二〇〇〇年)。実際に、梅澤氏は自身が考案した手法により、次のような商品をヒットさせています。
開発から約三〇年後の現在でも存続しているヒット商品を生み出しているのです。風呂釜パイプの「ジャバ」(一九八一年)、家庭用のカビ除去剤「カビキラー」(一九八二年)食用油を固めて処理する「テンプル」(一九八三年)などです。この三製品は、現在でもそれぞれの製品カテゴリーでトップシェアを占めています。
では、新製品を成功に導くための定石について考えてみましょう。
(2)差別化のポイント
新しいブランドが市場で成功をおさめるためには、他社がまねのできないどこか優れた面をもっていなければなりません。これを「差別化のポイント」(Point of Difference)と呼びます。
マーケティングの教科書の中では、「USP」(Unique Selling Point)と言ったり(ロッサ・リーブスによる)、「CBP」(Core Benefit Proposition)と呼ばれることもあります(グレン・アーバンによる)。経営戦略論や産業組織論の分野では、これを「競争優位性」(Competitive Advantage)と呼んだりもします(マイケル・ポーターによる)。
差別化のポイントは、アップルのiPodのように、ポータビリティやネットワーク接続性(iTunes Store)のような機能的な属性のこともあります。また、デザイナーズ・ブランドのように、主として、製品イメージやデザイナー本人の名前が差別化のポイントになることもあります。ときには、機能性と象徴的なイメージの両方において優れたブランドも存在します。
ブランドを差別化する方法には、いくつかの類型があります。これまで用いてきた構成概念を手がかりに、差別化の方法をパターン化してみましょう。
差別化の方法は、大きくは二つにわけられます。消費者の知覚に基づく方法と、企業のマーケティング活動に基づく差別化です。
消費者知覚による差別化には、ブランド認知による差別化、イメージによる差別化、製品の機能による差別化があります。マーケティング活動による差別化には、価格による差別化、チャネルによる差別化などがあります。特定顧客に的を絞ったターゲット・セグメンテーション(Target Segmentation)も企業のマーケティング活動による差別化のひとつに入ります。