老舗の経営に関しては、日本ではじめての包括的なテキストである。老舗がなぜ長い間、生き残ってきたのか。その特徴を解説した本である。老舗の商売が、現代的に意味のあるものなのか。読者もわたしも、そのつもりで本書を読み始めるだろう。
全体は、4部構成になっている。共編者たちは、各部を(編)と呼んでいる。共編者のひとりは、古くからの研究者仲間である。元ビジネスマン、現在は、大学で教授をしている末包厚喜氏である。末包さんにとっては、最初のまとまった書籍になる。
共編者たちは、各部を、「編」と呼んでいる。複数の著者たちが執筆しているので、一貫したストーリーを編むことを目指しているのかもしれない。
各パーツ(編)を簡単に紹介する。
第一部(編)は、(老舗の)基礎知識~老舗とはなにか?全体像をつかもう!。第二部(編)は、(老舗の)経営管理~老舗の永続繁栄の秘訣に学ぼう。第3部(編)では、経営戦略~老舗のしたたかさ&しなやかさに迫ろう!!第4部(編)は、今後の課題~二十一世紀の荒波を超える老舗の智恵は!!を扱っている。
各章には、それぞれ老舗企業の事例が配置されている。わたしが知っているのは、羊羹の「虎屋(黒川)」くらいである。取り上げられたほとんどの事例は、関西のローカル企業である。
地元では有名な企業なのかもしれない。しかし、知名度の東西格差は厳然として存在している。CMなどでもしばしば遭遇するのだが、関東や東北の人間には、事例のポピュラリティが、ややつらい内容になる。
まだ全部を読み終えてはいない。いま、200ページの直前までを読了したところである。とりあえずの印象としては、以下の3点である。
第一に、老舗の経営にフォーカスした書籍にとして、本邦ではじめての試みである。各章ともに、実に読みやすく書かれている。編集者の努力のあとが伺える。しっかりした責任編集がなされていることに好感がもてる。
だから、読みやすく実にわかりやすい。全体の調整と編集方針がすばらしい。よくありがちな、ふたりの共編者がいて、その他はたくさんの「独立した書き手」がいる編集になっていない。
編集がきびしくなされているので、「甘く」編集がされた類書とは、趣が異なる出来栄えである。編集の仕方も、うまく組織されている。
第二に、老舗に関しては、わたしたちが知らない新らしい知識が得られることである。近江商人や江戸時代の大店の経営の一端をうかがい知ることができる。
恥ずかしい話ではあるが、丁稚と手代、番頭と大番頭の明確な違いを、本書からはじめて知ることができた。その点から言えば、随所に取り上げた素材に工夫の跡が見られる。
第三に、そうはいっても、老舗の経営に対して、新しい分析の光を当てることができたかどうかは、やや疑問ではある。「教科書」の体裁をとっており、読みやすくわかりやすくするために、分析は表層的でやや浅い気がする。
そんなわけで、マーケティングや経営学の専門家が読むと、やや内容を薄く感じてしまうだろう。この点は、テキストの限界かもしれない。
いずれにしても、おもしろい素材がたくさん詰まった書籍である。
とくに、帝国データバンクの資料を用いた、第2章と第3章からは、老舗の実態を知ることができて有意義である。日本は、世界的に例を見ないほどの老舗国家であることがわかった。100年以上の歴史を持つ古い酒屋さん旅館が多い社会なのだ。
あらためて、日本のサービス産業とSPA(製造小売業)に古い伝統を持った会社が多いことに感嘆した。日本の産業基盤を担っている経営蓄積に、驚愕を覚える。
日本の老舗のことを知るためにも、本書は非常にすばらしい本である。