志村なるみさんから、月曜日に本がどっさり届いた。「ようやく、あの本が出たのだな」とわかった。奥付の出版日は4月30日だが、サインの日付は、“April 20, 2010”になっていた。5冊のうちの一冊には、「小川先生へ」とわたしの名前が入っていた。ともかく、出版おめでとうございます!
ふつうの書評では、できばえの順番に、感じたままに「★」(1~5)を打っていく。しかし、志村さんの「料理教室の創業本」については、ある思い入れがあって、「★2つ」から「★4つ」に評価点数を変更してある。その理由は、あとで述べる。
本書は、ふたつの目的に沿って出版が企画されている。ひとつは、「ABC Cooking Studio」の現在および将来の生徒を対象にした販売促進ツールとしての位置づけである。全国に23万人いる生徒さんは、現在1万人いる登録講師の予備軍でもある。生徒と講師の数を合わせると、もはや中規模の地方都市ほどの人口になる。組織のスケールがこの水準になってくると、会社の仕組みやサービスの内容を説明するために、入会案内のパンフレットだけではすまなくなる。
料理教室の設備やスタジオの施工業者、食材の納品業者、事業提携をしているメーカーの社員に向けても、本書は書かれているかもしれない。広い意味での「顧客」(ステークホルダー)に向けて、志村さんが“発明した”新しい形態の料理教室の存在と事業の本質を知らしめる必要が出てきたのだろう。ABC Cooking Studioとは、どのようなサービスを提供しており、どのような形で教室が運営されているのか。その事業の哲学を、世間に向けて発信する意図からも本書は企画されている。
もうひとつの執筆動機は、志村さんご自身が創業時の志と会社の歴史を記録として残しておきたかったからであろう。志村さんは、2009年3月でABC本体の代表取締役を退任している。その後に時間的な余裕が生まれたことも、本書を執筆するきっかけになったのだろうと推察できる。
ただし、「会社をPRする書籍」の企画編集と「起業家としての自分史」の執筆という2つの目標にうまく折り合いをつけることは、けっこう骨の折れる作業である。いわんや、はじめての本作りで、読みやすい本を作ろうと思えば、体裁や文体やコンテンツの取捨選択で、書き手の悩みはますます深くなっていく。自分の経験でも、まさにその通りになる。何事も、はじめてのときは、たいへんなのだ。
昨年(2009年)6月3日に、「日本ショッピングセンター協会(アカデミー)」の講師として、志村なるみさんに対談形式の講演を依頼した。インタビュアーは、わたし(小川)であった。最初、講演の形式でお願いをしたのだが、志村さんが対談形式を希望されたので、それならばと、わたしが「突っ込み役」を引き受けた。志村さんが「ボケ役」である。当日の志村トークの内容は、本HP(2009年6月5日)で、「スタジオ文化論」として紹介されている。参考のために、本書と一緒にご覧いただきたい。
法政大学の教室での講演は、和気あいあいのまま無事に終わった。聴衆は約40人だった。その日は、たまたまふたりとも時間があった。おなかも空いていたので、近くのわたしの行きつけのレストランで食事をご一緒することになった。そのときに出たのが、今回の出版の話だった。
「なかなか(自分が)納得ができるような本に、できていないんです。よろしかったら、先生に途中で原稿を見てもらうことはできませんか」というお願いをされて、遅い時間に始まった楽しいディナーは散会になった。たしか、秘書の方もご一緒だったように記憶している。
個人HPに「スタジオ文化論」をアップしたときに、志村さんには内容についてチェックしていただいた。その後は、しばらくは音信が途絶えていたが、4ヶ月ほどしてから、今度は、志村さんからわたしの携帯にメールがあった。10月6日の午後のことである。
―――――――――――――――――――
小川先生様
先日は講演でお世話になりました。
また小川先生とお知り合いになれたこと、大変、嬉しく思います。
さて、ご相談させて頂きたいことがありましてご連絡致しました。
12月に朝日新聞から出版します私の本の原稿につきまして、今ひとつ、マーケティング要素に欠けているように思い、悩ましい気持ちが続いている次第です。
何とか小川先生のお力をお借りする事はできませんでしょうか?
最後の最後で原稿を見て頂き、少しご意見を頂戴できればありがたいです。
とりあえずお返事をお待ち致します。
narumi
――――――――――――――――――――
もちろん、わたしからの返事は、「志村さん お電話ください。お助けしますよ。いつでもどうぞ」だった。
ところが、いつまでたっても、原稿はわたしの手元に送られてこなかった。ようやくPCにメールがあったのは、それから4ヶ月して。年を越した2010年の2月末になってからだった。
「小川先生 (前略) 出版社からリライトされた原稿が3月8日頃、私の手元に戻ってきます。小川先生のアドバイスを頂ければ幸いです。 志村なるみ」
いただいた原稿は、130ページほどの長さのものだった。すばやく読んで、志村さんに電話を入れた。いま思うと、ずいぶんと失礼なコメントだったかもしれない。志村さんの要望は、実はわたしにはよくわかっていた。
2月末のメールでは、「25年前(ABC Cooking創業期)の1985年の時代背景や、バブルがはじけた時の日本企業の様子・一般のOLの暮らしの様子などが文章にプラスされれば躍動感が表現できるように思います。」とあった。この時代付近の状況を、わたしに加筆して欲しかったにちがいない。
わたしのコメントは、しかし、編集の方針や文体のこと、ターゲット読者と会社組織の説明のことであった。マーケティング研究者として、志村さんに対する要望をわたしは項目ごとに列挙していった。もっと創業時のことや会社成長時の確執について、詳しく書いてもらいたかったからである。例えば、「旦那さんのこと(共同経営者で現社長の横井啓之氏)がまったく文中に出てこないのはどうしてなのかな?」とか(実は、「あとがき」に出てくるのを最後に知るのだが)。
最後に、わたしから志村さんへのメッセージである。
最初の★2つは、初校の原稿を読んだときの感想です。だから、星は2つでした。あまり出来栄えはよくみえませんでした(失礼、笑い)。でも、出版されて書籍の形になってみると、素敵なデザイン、レイアウト、文章に仕上がっています。まちがいなく、売れる本の雰囲気があります。なので、出版後の5月の書評では、★を4つに格上げしてあります。
一年間、ほんとうにご苦労様でした。書くという行為は、新しいビジネスを作っていくのとはまた違った意味で、孤独で大変なエネルギーを求められるしごとだったと思います。やっと、長いトンネルからEXITできましたね。
今度は、わたしに、志村さんの起業物語を書かせてください。お願いします。