アンカラ駅から、二分遅れて寝台列車はホームを離れた。10両編成の寝台急行列車、最後尾のコンパートメントに座っている。電車の揺れは、さほどのことはない。17番と18番の二席がワンセット。ガイドのアリさんが、「まだニ席ありますよ。どうなさいますか?」とわたしをせかした意味がわかった。
切符は、一枚が85リラ(約5千円)。寝台車の部屋はひとり占めだから、実際は1万円の価値だ。日本の二等寝台の造作である。上に畳んだベッドを前方に引いて降ろすと、アベックシートが上下二段ベッドに変わる。「アベック」の表現が、やや古めかしかったかな。(笑)
とくにすることもないので、食堂車がある5号車まで移動する。なつかしい風景である。清潔さを象徴するナプキンの白が基調のダイニングルーム。テーブルクロスはトルコ国旗の淡い赤色。4席がワンボックス。7ボックス×左右二列×4席=56席である。
再び巡り会うことはないと思っていた!あのテーブルのレイアウト。いまは消えてしまった特急列車の食堂車である。
30年ほど前、旧国鉄時代の日本食堂で、チーズクラッカーをつまみにキリンラガーを飲んだ。田舎に住んでいた若者にとって、列車の食堂車が高級ストランだった。最後のしめは、ビーフシチューみたいな本格的なカレーを、ありがたくいただいたものだ。
夜行寝台列車に、朝まで営業している食堂車なんて、あのころの日本にあったのだろうか?寝台特急に食堂があったかどうか、記憶に自信がない。
アンカラ特急の食堂車には、日本人の旅行客が5組。話しの内容から、4組は阪急交通のトルコツアーの客だとわかる。もしこのblogを読んでいる阪急交通のマネージャーさんがいらしたら、是非とも団体ツアーのお客さんに、ご注意願いたい。アンカラエキスプレスの車中は、宴会場やカラオケルームではありません!
阪急交通社のトルコ旅行ツアーは、日本の恥ですよ(4月27日@アンカラエキスプレス、2~4号車)。騒々しい日本人を注意できなくて、困惑している気弱なトルコ人の男性ウエイターさんに申し訳がない。
食堂車内は、旅の終わりで気持ちが緩んでいるのか、日本人ツアー客の話し声がうるさい。その他、日本語を話すトルコ人が一組。話しぶりから、ツアーガイドらしい。あとは、国籍不明の旅人が一組。8割が日本人観光客である。
ツアー客ではない、わたしのような一人旅の客もいる。二つ先のボックス席で、ツアー参加の若い女の子3人組と中年ご夫婦とが、大声で話している。女子のグループは、20代後半か30代前半。酔っ払い気味で、話しの内容が、聞くに堪えないほど、下品である。
わたしの後ろに日本人の女性が二人、テーブルで、静かにチャイ(お茶)を飲んでいる。騒音にたまりかねて言った。
「他のお客さんの迷惑になるので、静かにしていただけませんか?声もうるさいし、話しの内容もちょっと考えてください!」
5人にクレームをつけたのだ。まずいことに、話し相手にならされていた一方のおじさんは、注意を受けたあと、やめるどころか、それならばと隣りに移動。4席あるうち、空いている席に座ってしまった。会話はさらにエスカレート。
おじさんは、若い子たちの質問攻めにあっている。調子に乗って、若いころのナンパ話をあけすけに話しはじめた。若い女の子3人に合流した旦那を見た奥さんは、後ろの席にいる友人らしき仲間のところに避難。旦那は、かまわず、若い子たちと騒ぎつづけている。
おやおや、ダメな団塊世代の退職親父である。奥さんの顔色が変わったのにも気がつかない。ふらふらしている。
旅の恥はかきすてで終わればよいが。会話から推測するに、この親父さん、かつては商社マンだったらしい。本来は、迷惑な彼女らを説教すべき立場にあるのに。醜態である。
いったいどうしたことだろう。恥ずかしくて、見ていられない。この世代が日本をだめにした元凶である。
ふたりの女性の援護射撃をしても良いが、直接に言うと喧嘩になりそうだ。なので、トルコ人のボーイを呼んで、静かにさせるように英語で抗議した。しかし、トルコ人は、悲しそうな目をして、彼等には注意できない。わたしの目を直視することができない。
想像するに、かつてトラブルに巻き込まれたことがあったのだろう。ふだんおとなしい日本人の男性は、酔うと暴れることがある。外国にいるのだからと。
国籍不明の団体は、日本語がわからないのだろう。なんかうるさいな、くらいにしか感じていない様子だ。しかし、間もなくして席を立った。抗議した女性ふたりも、呆れ果てて退去した。帰り際に、わたしと目があって一言。「こりゃ、どうしようもないね」。
若い女の子たちとべったりしはじめた旦那を置きざりにして、奥さんは知り合いと自分のコンパートメントに戻って行った。品の良さそうなひとだった。旦那をたしなめなかったのは、なぜなのだろうか。きっと、あとで一悶着になるにちがいない。楽しい旅が、である。
ワインの小瓶が空になった。自分の部屋に戻ることにした。