急遽、アンカラ駅からイスタンブールまで、寝台列車に乗ることにした。1月に、スイスのチューリヒからドイツのフランクフルトまで、オリエント急行に乗れなかったリベンジである。
いまから乗るのは、トルコの国営鉄道、アンカラエキスプレス。アンカラ駅10時半発、イスタンブール行きの特急寝台列車である。いまは、10時の電車がホームに入線するのを待っている。
アンカラ駅の食堂は、日本人ばかり。3つの大きな団体が、駅中のレストランで夕食をとりながら、電車が来るのを待っている。この場所は、旧東京ステーションホテルのレトロな食堂の雰囲気だ。
高い天井に、古めかしいシャンデリア。白いテーブルクロスに、やや薄暗い明かり。木目調の壁には、アンカラの街の風景や歴史上の人物達なのだろう、セピアカラーの肖像写真がかけられている。
時刻表では、朝7時7分に、イスタンブールのアジア側駅に到着することになっている。約400キロを10時間かけて走る。たくさんの駅に停まるとはいえ、時速60Kというのは、ずいぶんゆったりしている。
アンカラ急行が、時刻表の通りにイスタンブール駅に着くことはないらしい。日本人の団体旅行を案内して、しばしば一緒に列車に乗りこむこともあるツアーガイドのアリさんによると、イスタンブール着は、たいがい8時ごろ。
わたしは、現地の旅行社から渡された寝台切符を見て笑ってしまった。というのは、5号車の食堂で、フリーに朝の食事がとれるクーポンがついているのだが、別添の券面には、「7時から7時45分の間にご利用を」と書いてある。
8時前に、イスタンブールに着いてしまったら困ってしまうのだ。一時間の遅れは、常態なのだろう。複線らしいから、遅延の理由がわからない。おとといのチューリップヒシンポジウムでも、誰も時間を気にする風もなかった。
20年前までは、トルコ人もアンカラエキスプレスを利用していたという。便利な飛行機と安価なバスに押されて、しだいに利用客が減ってしまった。いまでは、日本人が観光で乗らないと、路線の存続が困難である。もしかして、日本人は世界で一番、鉄道好きな国民かもしれない。
「カッパドキアにはせいぜい二日間。日本人は、ぱちぱち写真を撮って満足して帰る。ヨーロッパ人は、3、4日は滞在して、街中をふらふらする」(アリさん)。
そんなせっかちな日本人が、こと長距離列車になると、思わぬ貢献をトルコ国鉄にしていることになる。
「日本人がいなければ、とうのむかしにアンカラ急行は消えている」とガイドのアリさんは苦笑い。駅構内でたまたま出会った日本人団体客の案内役女性に、ちゃっかりわたしの安全を託して、運転手さんと本拠地のカッパドキアに戻っていった。
夜の9時をすぎている。エキスプレスは、まだ一番ホームに入って来ない。