7月23日から25日にかけての3日間、テキサスA&M大学(略称TAMU)が主宰する「国際花き園芸プログラム」の打ち合わせで、テキサス州の州都オースチンに滞在していた。
このプログラムは、公式名称ではEllison Chair in International Horticulture(国際花き園芸エリソン冠講座)と呼ばれている。テキサス州の鉢花生産者、エリソン夫妻(Ellen and Jim Ellison)が提唱した民間拠出資金による特別講座である。
プログラムの座長は、TAMUの前農学部長ハイラー教授(Dr. Ed. Hiler)が担当している。研究教育プログラムの主たる目的は、国際的な花産業の発展とそこで働く人々の教育訓練、および環境保全型の花き農業を推進する活動に貢献することである。顧問会議の委員は、主として米国、とくにテキサス州出身の生産者と大学関係者である。18人いる委員の中で、米国外から選ばれているのは、わたしとコロンビア人のアーネスト・ベレス氏(Ernesto Velez: コロンビア国際花き園芸協会会長)のふたりである。
年2回開催される顧問会議(Advisory Board Meeting)には、スケジュール調整がつかず、これまで参加できないでいた。ところが、夏休みに「ホールフーズ」(本部;テキサス州オースチン)の新店舗を視察する機会に恵まれた。ハイラー座長にメールを出したところ、プログラム主宰者のエリソン夫妻が、わたしが宿泊するオースチンのホテルで特別の会食を設定してくれた。そのうえに、テキサスの花き生産者と量販小売店舗を訪問する視察プログラムを特別にアレンジしてくれることになった。
2日間(24と25日)で、現地の生産者3軒と小売りチェーンの4店舗を訪ねて回ることができた。今回は、露地で切り花を栽培・出荷しているアーノスキー農場を紹介することにしたい。
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テキサス州には、35人の切り花生産者がいることになっている(Sheryl Smith, ”Flower Farm Bloom in Texas,” ’Texas Co-op Power’, July, 2005, pp.8-13.)。その中でもっとも積極的に活動しているのが、アーノスキー夫妻(Frank and Pamela Arnosky)である。シェリル・スミス氏の記事によると、テキサス州の年間切り花消費額は、2億3400万ドル(約257億円)だが、テキサス州内の生産者が供給している切り花は、消費全体の1%にも満たない(230万ドル=2億5千万円)。
全米の切り花消費額のうち、60%はコロンビアやエクアドル産の輸入切り花である。また、残りの米国産切り花の40%は、主として、カリフォルニア州、フロリダ州、コロラド州、ミシガン州の4つの州で生産されている。事実、2003年から「鮮度保証販売」(Cut Flower Freshness Guarantee Program)を始めたスーパーのHEB(テキサス州を中心に自然志向のスーパーマーケットを300店舗展開)でも、鮮度保証販売されるブーケは、ロサンゼルス郊外の花束加工場から冷蔵トラックで運ばれてきている(ポコンクリザールの米田社長の視察報告)。
アーノスキー夫妻は、年間で3万束のブーケを3つのスーパー(セントラル・マーケット、HEB、ホールフーズ・マーケット)と州内の専門花店に納品している。花束の一部は、週末に開かれる「ファーマーズ・マーケット」(農協の直売所センターの形態)や「フラワー・スタンド」(Flower Stand)と呼ばれる自社直売所でも販売されている。スーパーでは一束の平均が10ドルである。アーノスキー農場の量販向け売上は、したがって、年間約20万ドル(粗利率33%で計算すると、卸販売額で約2200万円)ということになる。これには、専門小売店向けやウエディング需要、自社直売所での販売は含まれてはいない。年間の総供給本数は約100万本である。
自宅直売所には、近隣町のブランコ(Blanco)やウインバレー(Wimberley)だけでなく、車で40~50分ほど離れたところにある州都オースチン(Austin)や南部の地方中都市サンアントニオ(San Antonio)からも顧客がやってくる。自宅直売所は、夫妻が二年前に購入した40ヘクタールの森と花畑の中にある。買い物客は、そこで自然を楽しんだり、自分で持ち帰る花を自ら摘みとることを許される。そんなわけで、週末には、一日平均70人がこの場所にやってくる。春先は、アイリス、アネモネ、ユリなどの球根切り花類が、今の時期には、ひまわりやマリーゴールド、ヒャクニチソウがこの花畑に咲き乱れている。
直売所には、スーパーに置いてあるのと同じく、「Go Texan!」(テキサス産品を買おう!)と表示された花束の他に、有機栽培のトマトやハーブ、野菜や花の苗が売られている。だから、客単価は約25ドルと割と高めになる。週末の二日間だけで、売上は約3500ドル(約38万5千円)。年間を通して計算すると、自社直売所の売上は約2万4500ドル(約2000万円)になる。量販向けと匹敵する金額であるが、粗利率が高いので卸販売よりは多くの利益を稼ぐことができる。
「近い将来、卸売りだけでなく、もっともっと小売りに力を入れていきたい」とパメラが言うのも納得できるところではある。
<テキサスで花を作る理由>
7月末の外気温は、華氏100℃(摂氏30℃)を遙かに超える日が続く。テキサスは、竜巻、落雷、雹の襲来、ハリケーン、大洪水など、自然災害ならなんでもありの土地である。地震以外のほぼすべての天災に、花畑と温室が見舞われる可能性がいつでもある。確かにテキサスは畜産には向いているが、花の生産には不適だと言われる所以である。「最近も、ハリケーンで温室が吹き飛ばされたので、花の栽培をあきらめて野菜に転換した友人がいた。でも、簡単に誰にでも作れないからこそ、テキサスで花を栽培することに意味がある」(フランク・アーノスキー)
アーノスキー夫妻は、”We’re Gonna Be Rich!: Growing Specialty Cut Flowers for Market”(「この花があたって、金持ちになれそうだぞ!」)という本を1999年に出版している(夫妻の農場と栽培哲学について、詳しくは、http://www.texascolor.com/を参照のこと)。夫妻は、全米の専門花き生産者600名から構成される「全米専門切り花生産者協会」(ASCFG: Association of Specialty Cut Flower Growers)の有力メンバーである。1988年に設立されたASCFGは、意欲的な生産者が最新の栽培技術とマーケティング手法を共有するための互助組織である(http://www.ascfg.org/)。夫のフランクは、会報誌’Growing for Market’の常任ライターである。
あまり聞き慣れない言葉ではあるが、「専門品(の切り花)」(Specialty Cut Flower) とは、「必需品(の切り花)」(Commodity Cut Flower)に対比して使われる言葉である。両方ともマーケティング用語である。商品として格別に特徴が無く、誰にでも作れるのが、「コモディティ」(必需品: Commodity Goods)である。したがって、販売にあたっては値段だけの勝負になる。それに対して、専門品(Specialty Goods)とは、生産販売にあたって、特別のノウハウと技術を必要する商品のことを指す。誰でもどこでも作れるわけではないので、顧客に対して特別の価格を要求することができる。経済性や規模を追求する必要はない。専門品(スペシャリティ)は、価格引下げ要求や競争に強い生産者を育てることになる。
例えば、夏場に露地で栽培されるヒャクニチソウやひまわりなどは、本来的にあまり日持ち性がよくない切り花である。これらの品目は季節感が大切なこともあって、周年栽培には不向きである。また、輸入品にとっては鮮度維持が難しいので、長距離輸送には向かない品目でもある。しかし、ごく近い距離を水バケツで運べば、7~10日くらいは鮮度を保証できる。彼らの商品(ASCFGの推奨する品目)は、ローカル市場に向けて大量に露地で栽培していることが強みにできるのである。春先の球根切り花類が、「地産地消」に向いているのと同じ理屈である。
「クリザールで前処理をきちんとして、季節感と鮮度を強調することが、わたしたちの商品にとってはマーケティング的にとても重要なのですね」(パメラ・アーノスキー)
例えば、アーノスキー農場が栽培している約60種の切り花のリストには、南米から輸入されるバラ、カーネーション、マムと言った量販品目(メジャー・クロップ)は含まれていない。代わりにあるのが、トルコキキョウとルピナス(どちらもテキサスが原産地!)、ヒャクニチソウ(輸送距離が重要なので、前処理をしてバケット輸送)、ひまわり(サカタの複数品種)、ユリ(テキサスでもっとも人気があるアイテム!)、キンギョソウ、デルフィニウム、トルコキキョウ(リシアンサス)、春咲きの球根切り花(アネモネ、ラナンキュラス、チューリップ、ユリなど)である。一年草の草花の他に、球根性殖物と多年草を切り花としては出荷することを、栽培戦略の中心に置いている。サカタ、タキイなど、日本の種苗会社が育種した品種がなんと多いことか! このことの重要性を日本の生産者は真剣に考えてみてはどうだろうか?
ウインバレーにある夫妻の農場は、ブランコ・バレーのなだらかな丘の斜面にある。「明日はウインバレーまで車でドライブする予定なんだけど・・・」とオースチン在住の地元民には話すと、「あの近辺は、自然に恵まれていて眺めが素晴らしいですよ」という反応が返ってきた。いまでこそ14棟の簡易温室と25ヘクタールの栽培用農地を所有している夫妻ではあるが、1990年に夫フランク(TAMU農学部大学院卒)の友人から借金をして始めた花の栽培であった。3ヘクタールの土地を購入し、仮小屋のテント住まいから始めた事業が、現在はテキサスを代表する生産者としての揺るぎない地位を築いてきた。同じくテキサスA&Mで生物学を専攻していたパメラと結婚後に、農作業を続けながら、4人の子供たちを「在宅教育」で育てあげている(テキサスの自宅教育制度は”Home Schooling”と呼ばれている)。
栽培方法は、基本的に有機堆肥を使った低農薬花き栽培である。農薬と化学肥料はほとんど使わない。商品に有機認証マークこそ貼り付けられていないが、立派な有機栽培である。「夏場は平均30℃を超すのに、農薬なしでもそれほど深刻な病害虫に見舞われたことはないですね。それは、鳥や虫たちのために、彼らが安心して住むための森や林を残しておいてあるためでしょうね」(パメラ・アーノスキー)。
二年前に新しく取得した40ヘクタールの土地は、すべてを農耕用には使っていない。花栽培のために耕しているのは、ぜいぜい10ヘクタールまでである。それも、適当にローテーションして使っている。雑草は伸び放題だが、開放的な自然を残しているからこそ、鳥や獣や虫たちが花に悪さをしないのである。アーノスキー夫婦の栽培思想は、北海道の花生産者グループ(「北の純情倶楽部」:代表・堀田強氏)にも見ることができる(『フラワーショップ』2005年7月号)。「世界は狭い」(It’s a small world after all!)のである。先進的な農家には、どこか共通する普遍的な思想と原理・原則が仄見える。