「新生JALの顧客満足経営」『日本経済新聞』(2012年8月30日)12面

 『日本経済新聞』(2012年8月30日12面)の広告記事を掲載します。JAL(日本航空)の植木社長との対談です。「新生JALの顧客満足経営~JCSIのデータを中計に活用」



8月30日付日経朝刊掲載「Next Challenge」

新生JALの顧客満足経営 JCSIのデータを中計に活用

 日本の製造業は、品質改善サイクルがうまく機能することによって、高品質の製品を生み出し続けてきた。これに対してサービス業の改善活動では、顧客満足という心理的要素が強く、合理化の遅れが指摘されてきた。こうした背景から生まれたのが、サービス業の生産性向上を促す科学的指標、「日本版顧客満足度指数(JCSI=用語解説参照)」だ。JCSIのデータを活用している日本航空(JAL)では、2月に公表した中期経営計画に同指数でトップとなることを目標として掲げ、話題を呼んだ。JCSIの設計・開発を担当した同協議会のCSI委員会座長・小川孔輔法政大学経営大学院イノベーション・マネジメント研究科教授が、JCSI活用の意図を日本航空の植木義晴社長に聞いた。

日本航空社長 植木 義晴氏

 1952年生まれ、京都府出身。75年航空大学校卒、同年日本航空入社。94年DC10運航乗員部機長、2000年B747-400運航乗員部米州第1路線室主席、05年運航本部副本部長(兼)運航企画室企画部長、07年運航乗員訓練企画部長、08年ジェイエア副社長、10年日本航空執行役員運航本部長、同年専務執行役員路線統括本部長を経て、12年より現職。

法政大学経営大学院イノベーション・マネジメント研究科 教授
小川 孔輔氏

 1951年生まれ、秋田県出身。74年東京大学経済学部卒、78年同大学院博士後期課程中途退学、79年法政大学経営学部助教授、82~84年カリフォルニア大学バークレー校客員研究員、86年法政大学経営学部教授、2002年同大学経営学部長を経て04年より現職。日本マーケティング・サイエンス学会理事。著書は「ブランド戦略の実際」(日本経済新聞出版社)など多数。

数字で出せるものはきちんと出す

 小川 日本航空では、本年度からスタートした5カ年計画「JALグループ中期経営計画」の中で、「JCSI顧客満足No.1」の達成を目標として掲げています(図1参照)。顧客満足(CS)をここまで重視する背景についてお話しいただけますか。
 植木 ご存じのとおり、2010年1月に、当社は経営破綻しました。それ以来、多くの方々のご支援を得て、同時に多くの方々にご迷惑をおかけしてきたわけです。そうした中で再生のチャンスをいただき、社員一同必死に頑張ってきました。日本航空の社員である限り、おわびと感謝の気持ちを忘れることはできません。それが新生JALの原点だと私は考えています。
破綻後初となる中期経営計画ですので、決してぶれない目標を明確に描くことにしました。言葉だけが踊る目標ではなく、数字で出せるものはきちんと出す。CSに関しても、結果が見える指標として、JCSIを採用させていただきました。
 小川 財務の目標もハードルは高いと思いますが、お客様へのサービスでも高い目標を立てられたわけですね。JCSIには6種の指標(図2参照)がありますが、どの指標でトップを目指されるのでしょうか。
 植木 格安航空会社(LCC)ではなく、フルサービスを提供するネットワークキャリアとして当社が最も重視したのは、「再利用意向」と「他者推奨意向」の2つです。
 小川 搭乗前の期待、品質に対する評価、値ごろ感の3指標があり、総合的なCS評価がある。目標とされた2つの指標は、その後に続く「結果指標」ですね。積み上げられたCSの上に成立する、売り上げに直結する指標ともいえます。
 植木 中計の3目標のうち安全に関しては、当社の社会的責務として第一に掲げるべき必須項目です。3番目の財務目標では、10%以上の営業利益率と50%以上の自己資本比率を同時に達成することを目標にしています。
実は、2番目のCSが財務諸表に表れにくい企業価値であり、一番難しい達成目標だと思っています。難しいからこそ、内向きには一緒に頑張ろうというモチベーションにつながりますし、外に対しては、これから再上場を目指す企業として、投資家の方々へのお約束にもなるわけです。非常に高いハードルですが、自ら表明することで必ず達成していこうという強い決意を込めています。

世界一お客様に愛されて選ばれる航空会社に

 小川 JCSIは現在、32業種400社近くで調査実績がありますが、同業種だけでなく異業種との比較が可能なのが大きな特徴となっています(図3参照)。ベンチマークされている会社はあるのでしょうか。
 植木 何社もあります。当社ではこれまでも毎月毎年、様々な自社指標でマーケット分析を行ってきましたし、JCSIの6指標もすべて分析対象としてきました。中計でJCSIを明記したのは、航空業界だけでなく他のサービス業との比較ができ、信頼できる数字であり、サービス業におけるCSのスタンダードになりつつあるという点も高く評価した結果です。
航空業界からは出てきにくいアイデアやマネジメントのヒントが、CS指標上位の企業にはたくさんあると思います。社長就任の記者会見でも申し上げましたが、私の夢は、日本航空を規模ではなく、世界一お客様に愛されて選ばれる航空会社にしたいということです。その意味でも、ベンチマークして学ぶべき企業価値の高い企業は多く、当社と他社とを比較することで、事前の期待を上げるための戦略や、客室乗務員の取るべきコミュニケーションのヒントなどにも活用し、結果指標に基づいてPDCA(計画・実行・評価・改善)サイクルを回す試みも始めています。
 小川 「経営と現場の両方で活用できるCSI(満足度指標)」が開発コンセプトでしたので、PDCAサイクルに組み込んで使っていただけるのはうれしいですね。経営と現場の両方でJCSIを活用することで、社内のコミュニケーションツールにもなっているのですね。

CSには全社員の共通認識が求められる
 小川 CSと従業員満足(ES)とは相関性が高いといわれています。新生JALにおいて、植木社長はESをどのようにお考えですか。
 植木 破綻後に私たちが取り組んだことは大きく2つあります。1つは構造改革で、様々なリストラで利益が出る仕組みづくりを行いました。もう1つ、それ以上に力を入れたのが意識改革です。
まず、JALグループ企業理念を刷新し、40項目からなる「JALフィロソフィ」を作成しました。JALグループ企業理念の最初に、「全社員の物心両面の幸福を追求する」ことを掲げ、続けて「お客様に最高のサービスを提供する」「社会の進歩発展に貢献する」と明記しました。これは社員が「JALで働いていて良かった」と思えるような企業を目指さなければ、お客さまに最高のサービスも提供できず、企業価値を高めて社会に貢献することもできないと考えたからです。経営は社員を一番に思い、社員は会社を愛することで、おのずとお客様を愛するようになる。収支も結果としてついてくる。このJALフィロソフィ掲げることには異論も出ましたが、いま当社に本当に必要なものを本音で考えれば、従業員が最初に来るべきだという結論に達したわけです。経営は社員を一番に思い、社員は会社を愛することで、自ずとお客様を愛するようになる。収支も結果としてついてくる。このフィロソフィを共通言語として、研修はもちろん朝礼などでも活用することで、社内の一体感が生まれてきています。
 小川 企業理念は多くの企業が定めていますが、形骸化しているところが少なくない。いかに浸透させるか。少数派ではありますが、小売業界で業績好調ないくつかの企業でも、最初に従業員の幸福をうたっている企業があります。CSを高めるためには、それ以前にESを高める必要があるということですね。
 植木 航空会社である限り、安全教育はお客様に直接接する者だけではなく、間接部門の人間にも必要ですし、CSに関しても、全社員の共通認識が求められます。かつては、パイロットは金勘定したらいかん、と言われていましたが、部門別採算制度を取り入れた現在では、パイロットも含めて全社員が安全・CS・経済性を意識するようになってきました。
また現在は、機長も副機長も振り返って帽子を取り、お客様に挨拶してから飛行機に向かうようにしています。機内アナウンスも、上手にやることよりも、自分の気持ちを必ず伝えるようにと指示しています。CSに与える影響の大きい客室乗務員も、本当に自然な笑顔が出てくるまでにはもう少し時間が必要ですが、ひたむきさ、一生懸命さはお客様に伝わっていると思います。
 小川 CSは、すぐに結果が出るものではありません。しかし、努力していれば、やがて数字にきちんと表れてきます。中計目標ある「新鮮な感動」も、「感動指数(CDI)」に具体的に表れてくると思います。新生JALの今後に多いに期待したいと思います。本日はありがとうございました。

【図1 日本航空の経営目標】(2012~2016年度 JALグループ中期経営計画)

1. 安全運航はJALグループの存立基盤であり、社会的責務であることを認識し、輸送分野における安全のリーディングカンパニーとして、安全運航を堅持する。
2. お客さまが常に新鮮な感動を得られるような最高のサービスをご提供し、2016年度までに「顧客満足No.1」*を達成する。
3. 景気変動やイベントリスクを吸収しうる収益力、財務基盤として、「5年連続営業利益率10%以上、2016年度末自己資本比率50%以上」を達成する。

*お客さまの再利用意向率、他者推奨意向率:公益財団法人 日本生産性本部 サービス産業生産性協議会が公表するJCSIの値(日本版顧客満足度指数:Japanese Customer Satisfaction Index)

【用語解説】JCSIとは

 JCSI(日本版顧客満足度指数)は、サービス産業の競争力強化を目的とした国家的プロジェクトの中で、経済産業省の委託を受けサービス産業生産性協議会が開発した顧客満足度指数。開発に際しては学識経験者、企業関係者と連携を行い、2007年から3年間の開発期間をかけてつくり上げた。
 従来の顧客満足度調査と大きく異なる点は、業界横断的に比較することが可能な点。共通の設問で指数化を行っており、自社のポジションを他サービス業と比較し客観的に把握することが可能となっている。また、単に「満足度」を測るだけでなく、サービスの利用前から利用後までのプロセスを5つの指標で計っており、合計6つの指標によりサービスを利用する人の心の動きを見ることもできる。
 調査は各業種それぞれ毎年1回、定点観測を実施しており、企業の経営目標の指標として活用してもらうことを念頭に置いている。JCSIの開発・改善・実施・広報活動はサービス産業生産性協議会が行い、各企業への提案・コンサルティング活動は事業推進パートナーであるインテージが行っている。

【図2 JCSIの6種の指標】

【図3 JCSI顧客満足度指数の分布(2011年度)】

インテージ(社長:宮首賢治)
 マーケティングリサーチ最大手(国内第1位、世界第8位。2011年度連結売り上げ米㌦換算)*。リサーチノウハウ、データ解析力、システム化技術と、これらに基づく情報評価力をコア・コンピタンスとして、経営およびマーケティング上の意思決定に役立つ情報(Intelligence)を提供し、お客様のビジネスの成功に貢献。2010年度よりJCSI事業推進パートナー。
(*Inside Research, August, 2012)

実践的JCSI活用セミナー開催のお知らせ
「戦略的顧客満足経営のススメ」
 日本版顧客満足度指数(JCSI)の活用事例も交えながら、CSI(満足度指標)の経営目標としての活用、現場の取り組みとの連携、さらにはES/社内活性化との一体的推進について、その最前線を余すところなくご紹介します。

10月5日(金) 東京会場
10月15日(月) 名古屋会場
10月16日(火) 大阪会場
お申し込み・お問い合わせは、下記URLへ。
http://www.jpc-net.jp/spring/