【未発表草稿】 拙稿「農と食のイノベーション(上)」『日経MJヒット塾』(2016年8月掲載予定のドラフト)

 原稿を完成させながら、”日の目を見なかった”ドラフトがいくつか存在している。そのひとつが、昨年7月に『日経MJ』に用意した「農と食のイノベーション(上)」(ヒット塾)である。このときは、自分でおもしろいネタを発見してしまった。結果的には、この原稿を「200円カレー」の話(上・下)で置き換えてしまった。

 

 この原稿は、そのままファイルごとPCの中で眠っていた。今月になって、自宅のPCをリプレイスした際、偶然にも発見してしまった。あまりにもったいないのでブログにアップする。(下)の原稿のほうは、のちに、日経MJヒット塾のシリーズで、「羽村市の福島屋」と「広島のエブリイ」に代わった。

 書き下ろしのままの原稿である。おそらくは、V1となっているから、書きなぐったままにファイルに残しておいたものだろう。

 

 

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「農と食のイノベーション」『MJヒット塾』2016年8月8日号 (V1:20160725)

 文・小川孔輔(法政大学経営大学院教授)

 

 昨年(2016年)の7月16日、「オーガニック・エコ農と食のネットワーク」(Network for Organic-eco Agriculture and Food Lifestyle:略称NOAF)の設立記念シンポジウムが、千代田区の法政大学市ヶ谷キャンパスで開催された。会場には約150名の関係者が参集したが、顔ぶれを見ると、有機農業関係者だけでなく、農業分野に参入している大手小売チェーン(例えば、ローソン、ヤオコー、イオン)や食品メーカーなど一般企業からの参加者が多数を占めていた。
 NOAF(“農夫”の掛詞)は、国産オーガニック・エコ農産物の生産拡大および国内オーガニック関連市場の発展を目指して組織された“産官学連携による緩やかなネットワーク”である。従来の農業団体組織とNOAFが決定的にちがっているのは、農水省(生産局農業環境対策課)が事務局を担当していることである。そして、実際の活動の中心となるプロジェクト(後述)を担っているメンバーが、30代~40代の若者たち(男女混成チーム)だという点である。日本の農家の平均年齢が67歳であるから、平均年齢40歳の農業関連組織が生まれたことは奇跡である。新規就農者の約30%が“有機農業”を志向することとこれは無関係ではないように思える。
 オーガニック・エコ農産物の市場を拡大するために、このタイミングで新しいプラットフォームが生まれた背景には、世界的なオーガニック市場の成長がある。先進国の中で、全農産物の中で有機が占める割合が1%以下にとどまっているのは、日本だけである(図表1)。米国は有機農地の割合が0.64%で1%を切っているが、生産額ではオーガニックのシェアが5%に迫っている。米国は世界最大のオーガニック小売市場(約3.8兆円)を誇っているが、いまだに年率10%で市場が伸びている(図表2)。これは、ホールフーズだけでなく、コストコやウォルマートなど一般の小売業者が有機農産物と加工品(カットパック野菜)を扱うようになったからである。

 

 日本の有機農産物市場は、欧州諸国からも後れを取っている(図表1&2)。有機農地の割合は、全農地の0.25%しかない。これは、デンマークの約20分の一、ドイツやフランスの10分の一である。こうした状況を招いた原因は、3つの要因から説明できる。

 第一に、農業政策の推進の違いによるものである。EUは、有機農業に転換する慣行農家に対して、3年間の転作補助金を交付してきた。第二に、国民皆保険制度によって、日本人は医療に関して手厚く守られてきた歴史をもっていることである。米国の有機市場の成長は、「自分の健康は自分で守るしかない」という自己防衛本能の結果であるとも言える。三番目に、日本人の「農と食に関する安全信仰」を指摘することにできる。和食ブームもあって、日本産の農産物に関する品質の優位性が喧伝されている。しかし、実のところは、日本の農産物も農薬漬けのはずである。中国産野菜との比較が前面に出るため、化学肥料による環境破壊や農薬主体の栽培方法に関して、日本産は安全と信じたままである。

 

 (下)では、有機エコ農業の普及を阻むネガティブな状況があるにも関わらず、オーガニック・エコ農業と食の分野で、大きな革新が起こりそうな予兆を説明してみたい。

 

 <キーワード>
 オーガニック農産物=
 英語のOrganic Agriculture(有機農業)は、Conventional Agriculture(慣行農業)に対する対概念。オーガニックの厳密な定義は、「3年以上、化学合成された農薬と化学肥料を使わず、かつ非遺伝子組み換え種子(Non-GMO)を用いて栽培された作物」のことを指す。