【書評】 森川正之(2016)『サービス立国論』日本経済新聞出版社(★★★★)

 前著(『サービス産業の生産性分析』日本評論社、2014年)は、日経・経済図書文化賞を受賞している。本書は、新たに実証データ分析を付け加えて、一般向けに日本のサービス産業の姿を解説したものである。好著ではあるが「★5」に評価しなかったは、政策提言がいまひとつ見えてこなかったから。

 

 概説的な序章を含んで、全体は8章から構成されている。サービス産業の生産性向上に的を絞った前半部分(第1章~第3章)では、サービス産業の特性を、歴史的な必然としてのサービス経済化(第1章「サービス化する日本経済」)と、低生産性からの転換方法(第2章「サービス経済化と生産性・経済成長」)に充てている。

 結論としては、サービス産業における参入規制や諸制度の改革(たとえば、女子労働者の参加率向上や高齢者の労働延伸など)によって労働供給を増やすことが提言されている(「水準効果」)。もうひとつは、第3章「サービス産業のイノベーション」とも関係するのだが、産業内で新陳代謝を促すことである(「新陳代謝効果」)。実際的には、サービス企業のチェーン化(空間的な配置による規模拡大)やコンパクトシティ化の実現(都市内での人的移動の効率化)が、サービス産業の生産性向上に寄与するという論法である。

 第3章では、4つのソフトイノベーション(①プロダクト、②プロセス、③業務・組織、④マーケティング)を類型化したうえで、「サービス産業ではイノベーションが生産性を高める効果が大きい可能性があること」を海外の実証研究から示している。日本の事例を見てもわかるように、イノベーションはコスト削減効果だけではない。筆者が主張するように、新しい価値を創造するケースが多いことがわかる。

 

 後半部分(第4章~第7章)は、個別のテーマを取り扱っている。評者は、第4章と第5章の二つが傑出していると感じた。

 第4章「サービス経済化と労働市場」では、二つのことを論じている。第一に、サービス産業内では、雇用の質が二極化する傾向にあることである。つまり、サービス経済化は質の高い雇用に対する需要を増やすが、他方では、非正規労働など質の低い労働への需要も増やす。AIや自動化技術は、この問題に対する一つの解決策ではある。とはいえ、基本的には、研修や教育を通して人的資本の質を向上させないと、それ以上の生産性向上は望めない。

 この章を読んでいて、評者は、コンビニで働く外国人研修生のことを考えてしまった。賃金の内外価格差によって、日本のコンビニで働くことはお金を稼ぐ効率の良い手段である。しかし、将来に向けての知識獲得という点では、コンビ二の作業は使い捨て労働以外の何物ではない。

 二番目の論点は、興味深くも意外な主張であり、含意の深い発見だった。評者の言葉で表現してしまうが、「サービス産業の生産性は高くないので、そこで働く人の賃金は低い」という通説(一般論)は間違っている。「賃金格差は産業間で異なるのではなく、個人的なスキルに依存する」という説明である(フランスの研究では、90%が個人的な要因)。

 この説は、直観的に正しいと思う。そして、それゆえに、高度職業人としての教育投資がサービス業では重要である。納得の解説だった。

 

 本書は、サービス産業について、包括的で手堅い理論的な整理がなされている。日本のサービス産業の分析については、自らが指揮した実証研究に裏打ちされた好著である。日本のサービス産業研究のバイブルとして、長く読み継がれると思う。また、経済政策系の学生や研究者が、とりあえず最初に読むべき書籍である。個人的にも、とても勉強になった。