マレーシア訪問記: キャメロンハイランドのスプレイマム産地

その風景はどこか、インドネシアのジャカルタ郊外に似ていた。
 7月5日、バンガロール(インド)から深夜便でクアラルンプール(マレーシア)まで飛んだ。早朝6時、空港から4時間かけて、旅行社がチャーターした大型バスでキャメロンハイランドの緑の斜面を登って行った。デジャビュー(既視感)である。


旧聞に属するが、沖縄県花卉園芸農業協同組合(ブランド名「太陽の花」、上間組合長・当時)が、1996年、インドネシアに現地法人「トランスプランツ・インドネシア」を設立した。他の国内産地に先駆けて、菊の苗を海外生産するためであった。上間組合長にお願いして、ジャカルタ郊外の現地を取材しに出かけた。8年前の夏のことである。
 一緒にインドネシアを訪問したのは、当時のゼミ生で、いまは所沢で園芸売店「当麻園芸」を経営している当麻亮一くんであった。そういえば、バリ島で当麻は腹を壊して、帰国当日、検疫所で検査を受け、翌日病院に駆け込んむことになった。ホテルで禁制品の「生野菜」を食べたからである。
 キャメロンハイランドの風景は、そのときにジャカルタ郊外でマイクロバスの窓から見た景色によく似ていた。日光いろは坂のように、くねくねと曲がった急坂をバスは登っていく。周りは一面が茶畑である。キャメロンハイランドは、古くはお茶の産地であった。いま斜面の土地を耕している農民の多くは、レタスやトマトなどの野菜栽培に転作している。お茶が良く育つところは人間が住みやすく、高品質な花が育つ条件が整っている。
 キャメロンハイランドは、高原のリゾート地でもある。現地のホテル(カラオケルーム)や中華レストランに入ると、引退した日本人の老人グループが高原での快適な生活を楽しんでいる、ペナン島での津波事件があって、そうした「避難民」は以前よりは減少したらしいが、「半年(春・夏)は日本、半年(夏・冬)はマレーシアで過ごす」という日本人にしばしば出会った。
 マレーシアのキャメロンハイランドにには、日本の切り花専門商社が少なくとも5社進出している。現地の農家(グループ)と委託栽培契約をして、日本に切り花を輸出している。品質は決して悪くない。むしろ素晴らしいと言って良い。現地人の栽培技術水準の向上とマネジメント力を持った若い中国人経営者が登場したからである。
 安定的に高品質のスプレイマムを供給できるようになったここ数年は、マレーシア産のマムが国内産より一本当たり5~10円ほど高値を付けている。その理由と実態を知るために、7月5~6日にマレーシアを訪問することになった。

<日本向けのキクの輸出実績>
 マレーシアから日本へ輸出される切り花は、ほとんどがスプレイマム(スプレイ咲きの菊)である。最近の貿易統計によると、日本向けのキクの輸出量は、2003年が約3800万本(17億2千万円)、2004年が約6900万本(31億1千万円)である。5月までの累計では、対前年比で輸入量が約2倍伸びている。2005年は、約1億2000万本(55億円)のマレーシアからのマムの輸入が見込まれている。
 生産地は、標高1200M~1500M。キャメロンハイランド地区の2カ所である。カンポラジャ(北部高原)とリングレット(南部高原)には、それぞれ100軒の農家が切り花を生産しているという(ヒアリング結果)。公式データは無いが、トータルの栽培面積は、200~300ヘクタールとも言われている。今回訪問したのは、南部高原のRingletであるが、日本向けの切り花の卸価格が安定していることから、栽培面積はさらに増え続けている。

 <マレイシアでマム生産が増えた理由>
 もし海外(日本や台湾)への輸出を視野に入れて考えるならば、マレーシアが抱えている問題は、険しい斜面で作った作物(キク)を集荷する手段とクアラルンプール空港までの輸送である(約4時間を要する)。そうしたハンディキャップがあるにもかかわらず、マレーシアの高原で、中国系マレーシア人たちがマム栽培に成功した理由は、以下の4つである。

(1)気象条件がキクの栽培に最適であること:
 1000メートルを超える高原に位置するキャメロンハイランドは、亜熱帯の北緯4度、年間を通して気温は一定である(15~20℃)。切り花の栽培に適していると言われる他の熱帯高地(バラとカーネーションの適地であるケニア、コロンビア、エクアドルなど)と比べると、気温の安定度はさらに高い。
 案内役(パイロット)として同行してくださったキリンアグリバイオ事業部の柿内さんが表現したように、「キャメロンハイランドは、天然の温室(エネルギーコストがゼロ)である」。この場所は、とくに適当な雨量があることに特徴がある。そのため、湿度がやや高くなるので病虫害は発生しやすく、その分、農薬の散布量が多いと言われている。その反対に、傾斜地にありがちな水の問題が少ない。
 高原で樹木はまっすぐに立っている。付近に倒木がほとん見あたらない。台風が来ないし、強風が吹かない証拠である。したがって、簡易な温室で充分である。自分たちで温室を立てられるし、建設コストは安くて、土台作りから完成までの時間が驚くほど早い(1haを2ヶ月で完成)。

(2)衛星を使った携帯電話の普及
 通信手段としての携帯電話の役割は大きい。急斜面に温室が建設されているので、栽培地が数カ所に分散する傾向がある。集荷場(パッキング・ハウス)と栽培地は比較的離れており、ふつうで考えると仕事上の連絡がとりずらい。山奥なので、通常の携帯通話は利用できない。代わりに、衛星を使った携帯が普及している。もっとも、いつでもどの場所でもつながるわけではない。現地のひとは、連絡をとるのに結構いまでも苦労している。しかし、携帯電話がなければ、出荷指示や生産調整など、管理のための情報通信は難しいだろう。携帯電話は、マレーシアの切り花生産の浮上に、決定的に役立っている。

(3)四輪駆動車の普及
 わたしたちが温室間(栽培地間)を移動するのは乗せられたのは、ランドクルーザーとローバーであった。輸入の中古車ではあろうが、急坂を駆け上るには絶対に必要な乗り物である。けっこう値段は張るはずであるが、それを買えるだけの経済力は持っているということである。20ヘクタール程度を栽培している会社では、一社で数台を保有している。資金は、野菜栽培やラン栽培で得てきたのだろう。中国人経営者は、かなりの蓄えをもっていそうである。何せ経費が安く、労働力は使い放題。周囲の国からいくらでも入ってくる。

(4)経済力と国際貿易に従事してきた経験
 ファミリー経営ではあるが、第2世代の経営者(60歳以下)は、息子や娘を日本やイギリス、米国に留学させることができるほどの経済力を持っている。早くから野菜などの輸出を手がけきた若手の経営者(ほとんどが中国系)は、貿易実務のなかで英語を話すことができる。ファミリーの中には、大学院レベルの農業技術を習得したメンバーがいて、家族内での分業も進んでいる。

<訪問2社の実績>
 訪問した3社のうちの2社を簡単に紹介する。
 (1)A社
 社長A氏は70歳。会社は家族経営である。9人いる子供の内、3人を海外に留学させている。ひとりは、日本の卸市場で修行中である。一緒に行った花良品の阿部社長がその彼を知っていた。A社は、23年前に野菜の栽培から花に転作した。現在でも、ランと野菜を栽培している。12haを栽培しており、従業員を70人抱えている。ほとんどは、海外からの労働者(バングラディシュ、ベトナム、インドネシア)である。そうした短期就労の出稼ぎ労働者のために、滞在用の住宅が準備されている。彼らの月収は3万円(衣食住付き)である。比較のために、中国系のマレーシア人であれば、普通の技術ワーカーならば月給は約8万円である。
 輸出先は、陸続きのマレーシア、シンガポール、タイなどが主体である。日本、台湾、香港向けは、パッケージングが丁寧で別扱いであった。中国本土は、将来大きく発展するの市場として考慮中とのことであった。パッキングは、輸出先で荷姿が大きく異なる。日本向けは、包装紙から商品企画から全くの別扱いである。
 取り扱いアイテムは、30~40品種。日本向けは、輸入商社によって品種が指定されている。日本との取引先は、中堅の2社である。生産数量は、40万本/ha・一回転。3.3回転として計算すると、年間の採花量は約1200万本となる。ローカルと東南アジア向けが中心だろうから、日本向けはおよそ20~30%。400万本/年程度と見られる。

(2)B社
 若い社長で、45歳である。A社と同様に、同じくファミリー経営であるが、弟は生産技術担当で大学院卒である。本人は英語を流暢に話す。輸出向け集荷業者と生産者を兼ねている。野菜の栽培出荷者でもある。連作障害を避けるために、すべてを切り花生産に振り向けないで、野菜とローテーションするのがマレーシアの特徴である。
 15年前にオンシジウムの生産出荷を始めたことが、B社が日本との貿易をはじめるきっかけであった。いまはほぼ日本向けのキク栽培に特化している。自社の栽培面積は、2箇所で20ヘクタールである。もともとは、どちらかといえば、スプレイマムに関しては集荷業者であった。標高1200~1250Mのところに、連棟式の温室をいくつか持っている。ほとんどがスプレイマム(精興園とキリンの品種、規格は75センチのみ)であるが、一部は試験的に輪ギク(ノーパテント品)を栽培している。こちらのほうも、品質はかなり良い。マネジメントがしっかりしていそうである。
 第2圃場(16ha:拡張中)では、一部がオンシジウム、野菜(トマト、レタスなど)を栽培している。出荷加工場は2カ所にあって、約30坪(オンシジウム専用)と約400坪(マム専用)である。現在、第3集出荷場を建設中である。これが完成すると、出荷能力は300%アップする。
 集出荷業者を兼ねているので、従業員数は、生産関連が50~60人。主として、出荷関連(パッキングハウス)で働く従業員が約75人である。いずれも、A社と同様に、バングラディシュ、インドネシアなどからの出稼ぎ労働者である。中国系のマレーシア人が管理業務を担当している。グループとしての生産面積は、40ヘクタールと見られる。グループ20社に穂木を供給し、完成品を買い取りしている。日本との貿易先は2社で、長期の委託販売契約を結んでいる(九州地区と関西地区)。
 加工場の大きさは、出荷ストックで8万本の能力がある。出荷量は、平均4,500ボックス/週、すなわち週45万本の出荷体制である。3,7、8,12月の繁忙期には、最大10000~12000ボックス(週当たり100万本)の供給能力がある。栽培面積と出荷量のバランスがとれていないのは、全体の面積の半分しか、切り花生産に使っていないからと考えれる。
 年間で約2千万本を出荷するとすれば、50円/本として、売上はスプレイマムだけで約10億円である。最大供給キャパシティは、この3倍と考えて良いだろう。おそらく、中期的には、この一社で年間6~7千万本の供給力を持つことになりそうである。売上で、30~40億円は、マレーシア基準では大規模経営である。

 <マレーシアの潜在供給能力>
 マレーシアについては、航空運賃と輸送キャパシティ、そして、栽培に適さない傾斜地が多いことから、現状以上の供給が難しいと言われてきた。しかし、現地を視察してわかったことは、供給余力が現状の3倍あることである。野菜などから転換すれば、年間3億本のマム供給が可能である。現状でも、年間最大2億本までは供給できると見た方がまちがいないだろう。
 航空貨物の量的制限については あまり考慮(期待)する必要はない。チャーター便を使えばなんとでもなる。JALやマレーシア航空が便数を増やしており、その逆で日本向けの工業製品(部品・完成品)は減少している。観光客と一緒に運んでくる帰り荷として、切り花は換言される商品である。量販・業務向けの安定供給品という位置づけになれば、国内に品質の良い競争力のある代替品がないことは明らかである。
 したがって、今年の7~8月(新盆、旧盆)にかけて、マレーシアからの輸入品が値崩れしないことになれば、数年以内に、この分野での輸入品の優位性は明らかになる。国内生産は、これ以上は持ちこたえられないことにある。次に来るのは、国内産輪キクの代替である。

 <国内外の生産費比較>
 マレーシア産のスプレイマムが有利な点は、生産コストにある。とくに、人件費(輸入労働力)とエネルギーコスト(無加温)、温室の減価償却費(軽量鉄骨)がほとんどかからないことである。
 生産原価(集出荷費用を含む)は、日本円で一本当たり15円程度。マレーシアから日本までの航空運賃は、一本当たり20~25円と推定される(国内運賃を含む)。福岡・関空に着いた時点で、一本当たり50円程度ならば、輸出・輸入業者ともに利益が出る計算になる。実際のマレーシア産マムの卸値は、一本当たり60円程度となっている。市場価格が55円を切れば、マレーシア産のマムも厳しいという推計をしている生産関係者もいるが、市場予測とコスト計算の両方の面から、それは甘い期待と考えたほうがよいだろう。
 04年度の国産スプレイマムの卸平均価格は、50~55円で推移している。それに対して、スプレイマムの生産原価は、農水省の公式発表では53円である(農水省資料)。ただし、現実は、数年前より労賃が下がったりで、原価は50円下回っていると見られている。しかし、これに市場手数料などを加えると、マレーシア産に比べて5~10円安い国産マムは、再生産費用がカバーできずに赤字になる。
 基本的な問題は 国産品のあまりの低生産性にある。たとえ今後、原油などの値上げがあって、航空運賃が上昇したとしても、重油を使う生産費の高騰で、その効果は相殺される。どちらにしても、コスト競争になると、国内産はまったく太刀打ちできない。
 日本の産地として。残された道はふたつである。スプレイマムといえども、鮮度は大切である。マレーシアからの切り花は、飛行機を使っても彩花からセリ場まで4日はかかりっている。4日の違いは少なくない。物理的な鮮度だけでなく、販売のタイミングが早いことに有利に働く市場を探し出すことである。それは全くできなくもないことである。
 もうひとつは、品種的に棲み分けをすることである。基本的には、それでしか、マレーシア産やベトナム産(品質、価格帯が同じ水準)のスプレイマムとは対抗できないかもしれない。唯一の救いは、国内産では、4~5年で品種ライフサイクルがまわっていることである。そうであれば、海外産とはいつも約20~30%は新品種で対抗できることになる。この点については、国内産の品種について、慎重な検証を要することではある。
 もっとも、業務用ではそうはいかないかもしれない。国内生産者の高齢化の速度ととの戦いになりそうである。マム生産者は5年以内に5割近くが脱落しそうである。葬儀用の輪ギクも、同じ道をたどりそうである。生産者単位で規模拡大はあっても、おおかたは海外品に代替されることになる。