エコノミスト企画「2005年価格大予測」(1月24日発売号)
「価格原論: モノ・サービスの価格はどのように決まるか?」
1 同一商品の日中価格差
モノやサービスの値段がどのように決まっているのかを考えるために、日本と中国で販売されている商品の実売価格を例示してみる(2003年12月末現地調査、1元=13円で換算)。
<例1:午後の紅茶(キリンビバレッジ)>
3年前に発売され好評を博している350㍉缶は、上海では3.2元(約42円)。ローソンなどのコンビニエンスストアで若者向けによく売れている。日本では定価120円(実売価格98円)。したがって、日中価格差は2.3倍(日本/中国)になる。
<例2:スターバックスコーヒー>
北京や上海では数百店規模で集中出店しており、すでにポピュラーな存在である。日本では、本日のコーヒー(ショート)が280円、上海では9元(約117円)。日中価格差2.4倍。
<例3:ユニクロのフリース>
日本では一着2,900円、上海では169元(約2、197円)。現地で生産した商品をそのまま販売しているので、デザインや品質などは全く同じ。日中価格差1.3倍。
<例4:トヨタ・カローラ>
ベーシックモデルの現地販売価格は、18.88万元(約245万円)。日本では、1.3リッタークラスの店頭価格が132万円。中国の方が乗用車の価格は高い。価格差0.54倍。
参考までに、上海郊外の繊維工場で働いている女工さんの平均賃金は、月額1、000~1,200元(13,000円~15,600円)であった。日本では、高卒社員の初任給が地方で15~18万円。日中の賃金格差は11.5倍。
同一商品、同一品質であるにもかかわらず、日中間で実売価格は異なっている。しかも、価格倍率を比較すると、商品・サービスによって、両国間で11.5倍(賃金)から0.54倍(乗用車)まで約20倍の開きがある。経済の発展段階と購買力がちがうという理由だけとは思えない。それでは、価格に影響を与えている要因はどのようなものだろうか? まずは、一般に採用されている価格決定の方式を整理してみることにする。
2 価格設定のための3つの方式
メーカーや小売業者が商品やサービスの値段を決める方法は、大まかに言うと3通りである。すなわち、(1)原材料コストや人件費などの原価をひとつひとつ積み上げ、最後に適正な利益を上乗せして価格を決める「コストに基づく方法」(「フルコスト原理」とも呼ばれる)、(2)消費者がいくらぐらいなら買ってくれるかを見込んで値段を決める「需要に基づく方法」、(3)主たる競争相手が設定している現行の市場価格を参考にして価格を決める「競争に基づく方法」である。
以上は理論的な説明であるが、実際的には、どれかひとつの方法だけで価格を決めているわけではない。供給条件、消費者需要、競争環境という3つの視点を適当にバランスさせて、モノやサービスの値段が決まると考えてよい。
一般的に言えることは、買いたくてもモノが無かった時代には、価格決定権は売り手にあったので、「原価積み上げ方式」が優勢であったことである。しかし、世界中から低コストで商品が調達できるようになった現在では、何らかの形で「消費者が支払ってもよいと思う値段」で価格が決まっていると考えて間違いない。例えば、ダイソーなどの100円ショップでは、商品を仕入れる際に、100円で売って充分な利益が出るような商品を仕入れるように努力をしている。積み上げ方式とは逆で、値頃価格から出発した「コスト圧縮方式」である。
日中の価格比較データを見てわかるように、日本の方が割安な商品もあれば、逆に相対的に価格が高い場合もある。例えば、乗用車は絶対価格でも中国の方が上になっている。これは、まだ乗用車が一部の金持ち層だけのものであり、車の購入がある種のステータスを意味しているからである(「威信価格」と呼ばれる)。
ユニクロのフリースは、「値頃感のあるカジュアル衣料」という日本でのポジショニングとは全く違っている。中国では、「品質感を伴ったやや高級なブランド」に属している。紡績工場で働いている女工さんが、5日分の給料でようやく手が届く高値の花である。
午後の紅茶やスタバは、都市部のやや裕福な若者層にターゲットを絞っている。たしかに価格は高いが、入手できる場所が限られている。両方のブランドとも、単なる紅茶やコーヒーではない。商品パッケージや店舗の雰囲気を楽しむブランド価値を持った商品・サービスである。だから、2倍以上の「プレミアム価格」を支払っても購入してくれる。
ちなみに、食料品は賃金と連動しているので、日中の価格差は5~8倍。家庭用品。日用雑貨は、3~5倍である。ただし、労働賃金が低い割に、サービス価格はそれほど安くない。高級ホテルの宿泊料金などは、先進国並みである。宿泊客の多くが外国人であり、サービスを「輸出」しているからである。
3 「ウォルマート効果」の消滅=デフレの終焉
最後に、全般的な価格水準がどの方向に向かっているかを考察してみる。
20世紀後半から続いてきた世界同時デフレ現象は、中国とウォルマートが牽引してきたものである。しかし、以下の3つの要因が反転しつつあるので、デフレは終息に向かう兆しがみられる。すなわち、原材料価格は「低迷」から「高騰」へ、人件費は「削減」から「上昇」へ、流通マージンは「圧縮」から「安定」に向かう。これを「ウォルマート効果」の消滅と呼ぶことにしよう。デフレ終焉の根拠は、フルコスト原理の公式にある。
商品価格 = 仕入原価 + 人件費 + 一般管理費 + 適正利益
米国ウォルマートの商品は、80~90%が中国産である。仕入原価は、主として賃金と原材料費(+物流コスト)から構成される。米中間では賃金水準に約10倍の格差があるから、商品価格全体に占める原価比率は現状ではかなり小さい。中国貿易に携わった経験がある人たちは、このことをよく知っている。同時に、残り2つの費用項目を圧縮しながら、ウォルマートは経営の合理化に努めてきた。とくに、2番目の(国内)人件費は重要である。なぜなら、ウォルマートの主要顧客は、基本的に低所得者層だからである。低価格の商品は、日本などとは比べものにならないくらい訴求力がある。
ところで、米国は大いなる借金国である。しかし、借金は永遠に続けることはできない。このまま浪費を続けていると、いずれ元に対してドルを切り下げられる。そのとき何か起こるかは明白である。ウォルマートの商品価格は、元の切り上げ分だけ上昇する。商品価格が上昇すると、米国人の所得は相対的に減少する。ウォルマートで働く労働者の賃金水準は、生存ぎりぎりのレベルである。生活を維持するには、賃金を上げざるを得ない。人件費の上昇は、内外で2重の圧力として作用する。最終的に、米国企業の収益を圧迫する。
翻って中国側の事情を見てみる。このままの速度で国内消費市場が拡大していくと、所得が上昇して国全体としての購買力が高まる。国内需要の拡大は、輸出非依存型の産業育成を誘発する。その一方で、国内産業の成長は資源消費をさらに加速し、国際的な原材料価格の高騰をもたらす。グローバルな観点から見ると、すべてがこれまでとは逆の方向で回転しはじめるはずである。デフレの時代は終わり、高い経営効率で成功を収めてきた企業は別の方策を考えなければならない。そして、デフレの恩恵を最大限に享受してきた米国は、IT産業が勃興しはじまめた10年前とは別の国際戦略を創案しなければならない時期にさしかかっている。