2月の第2週に、法政大学出版局より、フィスク他著「サービス・マーケティング入門」が発売される。本体価格は3,000円(消費税込み3、150円)、用語・索引付きで360頁を予定している。
日本ではじめて発刊される「サービス・マーケティング」の平易なテキストである。教科書としてあるいは参考書としてお買い求めいただきたい。以下は、監訳者として、刊行の経緯を書いた「あとがき」である。
<訳者あとがき>
日本人の研究者と学会に所属している実務家の数は、マーケティング分野では約3千人と推計できる。日本商業学会、日本マーケティング・サイエンス学会、日本消費者行動研究学会など、学会員リストを合計した数である。大学で教鞭をとったり、実務研修を担当したり、マーケティングの周辺領域でアクティブに活動しているリサーチャーは、その3分の一に相当する1千人を下回ることはないだろう。ところが、サービス・マーケティング(あるいは、マネジメント)となると、話は変わってくる。日本では、サービス分野のアカデミックな学会は存在していない。また、学会誌に発表されるようなサービスの論文や事例研究は、数の上でも質の面でも日本では極めて限定されている。
翻って欧米の研究動向を見てみると、消費者行動を研究しているリサーチャーに匹敵するくらいの数の研究者と実務家が、サービス・マーケティングの研究に携わっている。とりわけ、サービス経済の先進国である米国では、実務家と女性研究者の比率が高いのが特徴である。学会誌もかなりの数に上る。1980年代以降に刊行された「サービス」(Service)を冠した学会誌(一部は商業誌)を列挙してみると、The Service Industries Journal, Journal of Services Marketing, International Journal of Service Industry Management, Managing Service Quality, Services Marketing Quarterly, Journal of Services Researchとなる。
少なくとも欧米では、サービス・マーケティングは、独自な研究分野として認知され、マーケティングのひとつの専門領域としてアカデミズムに受け入れられている。1980年代以降のめざましい発展は、多くの若手研究者をサービス・マーケティング分野に呼び込み、多様で先進的な研究に彼ら/彼女たちは取り組んでいる。
海外では学問分野として、すでに「成熟期」に達しようとしているにもかかわらず、日本では研究者の数も発表される論文数も極めて少ない。経営学・商学系の大学でも、「サービス・マーケティング」の講座が開講されているのはむしろ例外である。したがって、若手の研究者が育つ土壌が脆弱で、ひとつの研究分野としてサービス・マーケティングがなかなか自立できない状況にある。概説書やビジネスパーソン向けのサービス経営入門書はあるが、教室で安心して使えるきちんとしてテキストもない(唯一の例外は、ラブロックの翻訳書(2001)『サービス/マーケティング原理』白桃書房である)。
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長々と書いてきたが、本書を翻訳しよう思い立って理由は、そうした日本のサービス研究の状況(後進性と停滞)を打破したいと考えたからである。
2003年夏に、洋書カタログで本書(第2版)を見つけた監訳のひとり(小川)が、試しに学部ゼミ生を対象に3ヶ月で本書の原書を輪読させてみた。学部向けのテキストとして非常にわかりやすいうえに、サービスに関連した基礎概念の説明と事例の提示方法が素晴らしいと感じた(英語で学部生が読める内容であった!)。そこで、「法政大学産業情報センター」(現在「イノベーション・マネジメント研究センター」)の「ブランド・マネジメント研究会」のメンバーに声をかけ、2004年春に翻訳作業がスタートすることになった。今回の翻訳チームは、別掲のように17名である。
研究会としては、2000年(カーン・マッカリスター『グローサリー・レボリューション』同文館出版)と2003年(ブラットバーグ他『顧客資産のマネジメント』ダイヤモンド社)に、2冊の本を共同で手がけた経験があった。翻訳作業は素早かった。夏休みに群馬県の八塩温泉にて合宿を行い、メンバー相互で基本概念の共通理解を深め、専門用語の訳語統一に努めた。夏休み明けの9月初旬には、各自が担当部分の翻訳原稿を提出し、ふたりの監訳(小川、戸谷)が最終チェックを行い、10月はじめに最終ドラフトが完成した。法政大学出版局の素早い対応もあって、予定より早く本書が刊行できることになった。
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翻訳出版に当たっては、多くの個人と企業の方のお世話になった。紙幅の都合で会社名と個人名をすべて列挙することはできないが、今回の翻訳書刊行にご助力いただいた方たちに心から感謝の意を表したい。ただし、以下の方たちについては。具体的に名前を示すという点では例外的な扱いをすることになる。
法政大学出版局から本書が刊行できたのは、法政大学法学部教授、成沢光先生の仲介のおかげである。「サービス・マーケティング」という新しい学問分野で、しかも教科書としてどの程度の需要があるか見込めない本書を、「基礎的なテキストの出版はとても重要な仕事だから」という出版局長としての視点から、編集部に本書の翻訳出版を推薦していただいた。知り合いのビジネス系出版社は、ことごとく刊行に難色を示していたので、受けていただいたときには本当にうれしかった。
法政大学出版局・編集部の平川俊彦編集代表と秋田公士氏には、本当にお世話になった。校正作業の早期進行、表紙の装丁、出版助成の調整では、当方の無理難題を容れていだだいた。また、法政大学イノベーション・マネジメント研究センター(洞口治夫所長)には、出版助成をいただくことになった。版権取得や追加の編集作業で費用がかさみ苦しんでいたので、資金的な助成はとてもありがたかった。
内容素材については、ふたりの方にお世話になった。表紙の装丁は、本多信三氏の作品である。プロのデザイナーに表紙のデザインをお願いすることになったのは、本多さんが翻訳チームの長崎秀俊氏の同僚だったからである。一般には地味な翻訳テキストの装丁を、ブランドやロゴマークを専門とする著名デザイナーに担当していただくのは、考えられないような贅沢である。読者の反応が楽しみである。
本書の翻訳作業には、もうひとりの専門家を巻き込むことになった。イラストレーターの進藤やす子氏である。仲介者は、進藤さんとライオン(株)広告制作部時代に同僚だった翻訳メンバーの竹内淑恵氏である。進藤さんには、文中の4カ所で登場する楽しい漫画を描いていただいた。英語で“吹き出し”がついた漫画の微妙なニュアンスは、日本人にはなかなか伝わりにくい。そこで、原書の漫画を日本流に翻案し、新たにイラストを書き下ろしていただいた。オリジナル・イラストも悪くはなかったと思うが、日本版のほうが遙かにおもしろくてわかりやすい気がする。
最後に、法政大学小川研究室のリサーチ・アシスタントである青木恭子氏に感謝したい。青木さんには、原文中に登場する図表・写真およびスポットライトの版権を取得するという困難な作業をお願いした。海外の新聞社、雑誌社、専門出版社、著者との郵便、eメールでのやりとりは大変な作業であった。また、青木さんには、最終段階で面倒な巻末索引の作成も担当してもらった。感謝したい。
また、日本IBM、日本航空、JALブランドコミュニケーション、JALホテルズの各社は、自社の広告ポスター・レター等の無償提供をいただいた。上記のように、版権取得には費用・手続きともに困難が伴ったが、本書の学術的意義をご理解いただける日本企業に出会えたことは幸運であった。
原著の書名は、Interactive Services Marketing 2nd ed.である。しかし、日本語のタイトルとしては、敢えてもっともオーソドックスな『サービス・マーケティング入門』を採用することにした。その心は、本書を日本における「サービス・マーケティング」の教科書の定番にしたかったからである。多くの読者を獲得し、サービス・マーケティングが研究面でも実務面でも発展することを祈念して、この<あとがき>を終えたい。一緒に翻訳作業に参加してくれた作業チームの皆さん、本当にご苦労さまでした。
小川孔輔 戸谷圭子
訳者を表して
2005年1月17日