本HPの記事は、『チェーンストアエイジ』の連載コラムの内容を反映してオリジナルを書き換えました。
6月20日から、日本マクドナルドが地域別価格制をテスト的に導入しはじめている。東京、大阪、京都などの都市部では、目立たない形で値上げが行われた。値上げ当日に、新宿のマクドナルドを観察訪問した学生によると、簡単な説明があったくらいで、バリューセットが50円値上げになったことにほとんど気がつかないくらいに、静かな値上げであったという。
それとは対照的に、「値下げの効果」を実験している福島県などでは、テレビCMを大量に投入して派手に値引きを宣伝している。テスト導入とはいえ、テスト販売は、かなり広範な地域・店舗にわたっている。ネットでの書き込みを見ていると、経済評論家はおおむねが好意的な意見である。コンサルタント系の論客たちも、どちらかといえば「成功の予測」を発表している。本当にそうだろうか?
そんなわけで、日本マクドナルドが地域別価格制度の導入を発表した6月12日(水)に、学部ゼミ生に「マックの地域別価格政策」を支持するかどうについて、ディベートを行った。2組(賛成・反対)に分かれての討論であった。結論を述べると、討論の結果は「賛成組」の勝利に終わった。マーケティングの授業でも、最初のころから消費者セグメンテーションの効用を教えている。消費者ニーズに差があれば、差別的に価格を設定することは基本中の基本である。
新聞報道(6月21日『日本経済新聞 朝刊』『山形新聞』など)によれば、東京・神奈川・大阪・京都(1255店)はセット価格を値上げ、宮城・福島・山形・鳥取・島根(130店)はバリューセットを値下げする。その他(2439店)の地域では、価格は据え置きのままとのことであった。価格差は、ビッグマックのセットで、640円(都市部)対560円(5県)。およそ80円の価格差になる。都市部での値上げの理由は、賃料の上昇(田舎と比べて3~4倍の開き)、アルバイトの時給も300~400円異なるとのことであった。
学生が指摘した議論の要点を整理してみる。値上げのメリットは、都市部では「昼食難民」が出るくらいで、消費者の価格弾力性はもともと低いはず。マックが値上げするくらいなら、650円のモスに行ってしまうという意見もあったが、マックはマック。多くのファンは離れない。都市部ではむしろ混雑時に客数が減って客単価があがる分、利益額・利益率ともに経営数値は改善する。地方では価格弾力性が大きいので、福島県のように大量CM広告を投入すれば、お客さんが増えるし、結果として来店頻度もあがるのではないか?回転率も高まるので、経営的にはプラスである。もっともな意見である。評論家がネットで議論している論点もほぼこれに尽きている。
「地方で心配なのは、商品を値下げしたときに、ハンバーガーのバンズが小さくなったり、セットについているフレンチフライの量が減るのではないでしょうか?」 そうした不安を、ふだんはあまり発言しない女子学生が言い出した。突然の突っ込みに、小さな演習室は笑いの渦に。ファーストフード店でのアルバイト経験もあるこの女子学生によると、むかし実際にマックやミスドで本当にあったことらしい。100円セールのときのドーナッツは小さい(ほんとかな?)との意見もあった(真偽のほどは最終的に確認はしていない)。
ディベートで敗退した値上げ無効派の主張は、全国統一価格でないとオペレーションに困難をきたないかとの意見が大勢を占めていた。それに加えて、一体全体、地方と都市の境目はどこにあるのか?境界をまちがうと、微妙な場所に住んでいると、消費者は車で価格が安い隣のエリアに行ってしまうのではないか?実際の実験地域の配分をみると、緩衝地帯(現状価格維持)が半分以上を占めている。わたしの住んでいる千葉県は、いまのところ中間地帯らしい。都市でも田舎でもない場所ということなのか。
最後に、別のある学生がおもしろい発言した。ここに書きとめておく。世の中の一流企業は、値下げをするにしろ値上げをするにしろ、失敗すると大いなる痛手をこうむるものである。しかしながら、マクドナルドに関してだけは、これは例外である。これまでの20年間、とくに藤田田社長時代から、マクドナルドの価格改定は実に頻繁に行われてきた。ハンバーガーを58円にしたり、すぐに値段100円に戻したりの繰り返しであった。その文脈から言えば、マクドナルドの値段変更については、今回はせいぜいバリューセットに限定されている。この方針が一般化して、永続するものだとは誰も信じていない。日本マクドナルド(・ホールディングス)という会社の経営は、いつも実験場みたいなものである。ある意味では、これほど結果について期待されない、別の表現で言えば、世間から愛され半ば寛容に受け入れてもらえる企業も少ないのではないだろうか?
わたしは、商品としてのマックはまったく評価していない(健康志向の環境派なので)。しかし、マーケティング的には、日本マクドナルドは実に興味深い素材をいつも提供してくれる。その点から、日本マクドナルドの経営陣には大いに感謝している。また、マックのチャレンジ精神にはいつも感服している。そういう企業風土を作ることができた企業は心の底からすばらしい!と思う。