仕事に行き詰ったとき、わたしには逃げ道として用意してある活動が二つある。ひとつ目は、玄関ポーチの花苗の手入れをすること。あるいは、いま終えたばかりなのだが、庭の植物に散水することである。二番目は、ごくライトな小説を読むことだ。
本書、山本甲士著『ひなたストア』は、友人の佐藤さんから”借りてある”文庫本だ。数か月前(12月28日)に、書評(【感動の良書紹介】はらだみずき(2017)『海が見える家』小学館文庫(★★★★★) | 小川先生 のウェブサイト)で紹介した、はらだみずき著『海が見える家』(小学館文庫)を送りつけたところ、返礼に戻って来たのがこの本だった。
佐藤さんのお気に入りライブラリー、「ひなた文庫」に所蔵されている本らしかった。その後、地方取材が忙しくなり、しばらく放置されていた本だった。一昨日、仕事に行き詰ったので、書棚から取り出して読み始めてみた。そのまま、至福の3時間だった。おもしろかった!
物語は、とてもシンプルである。サラリーマン生活30年でリストラにあった中年男性が、早期退職を選択せざるを得なくなる。奥さんと娘一人の家庭でも、彼には居場所がない。中堅食品メーカーの営業マンとして猛烈に働いてきたので、そもそも家族とのコミュニケーションは薄い。
主人公の青葉一成は、そんな”昭和の時代”の典型的なビジネスマンである。そういえば、著者の山本甲士氏も、1963年生まれである。わたしの一回り下で、同じ干支のうさぎ年だ。この世代は、猛烈に働いて、青山や六本木で深夜まで遊んでいたはずである。
しかし、いまの世の中では居場所を失いかけている。かつてのライフスタイルを維持できるはずもなく、「遠い昔の人たち」になっている。わたしもその一人だが、そんな世代にとって、本書はノスタルジーと安寧を与えてくれるはずだ。
さて、悠々自適のはずの転職先の会社でも不運は続く。主人公の青葉一成は、傘下の小さな食品スーパーの副店長に追いやられてしまう。その店の名前が、「ひなたストア」である。品揃えも接客も劣悪なこの店は、繁盛店の競合スーパー2店舗に押されて業績不振に陥っている。ひなたストアは倒産寸前で、商売は風前の灯火。店員も不愛想だから、顧客からも見放されている。
ところが、いつも不機嫌なオーナー店長と、覇気のないパート従業員を抱えている弱小スーパーの逆襲が始まる。きっかけは、スーパーの仕事は未経験ながら、現場のパート社員と交流を始めた青葉一成の真摯な姿勢だった。
その後、青葉副店長のリーダーシップの下で、働く意欲を取り戻したパートさんたちが変わり始める。地元産の有機野菜をコーナーの展開を始めてからは、離れていた顧客が戻ってくる。さらに、地元野菜で総菜を作り始めて、商売は活況を呈するようになる。短期間で売り上げは3倍に。
これ以上の筋書きを開陳してしまうと、完璧なネタバレになってしまう。読者には、小学館文庫をAmazonか楽天で購入していただくことを希望する。
本書のすばらしさは、ありそうでなさそうな小さなスーパーを舞台に、人々の働くモチベーションがしだいに高まっていく様子を、自然なストーリーに仕立てたことだろう。青葉副店長が触発したとはいえ、人間は誰かのために働くことに生きがいと楽しみを感じるものだ。
この物語づくりの根っこは、どうやら山本氏の前作『ひなた弁当』など、「ほっこり系の料理小説」にありそうなのだ。そのように解説には書いてあった。「ひなた」は、ぎすぎすした日々の現実から逃れて、日向ぼっこをするように暮らしてみる世界観を象徴する言葉だ。そんな人情味あふれる本が読みたかった読者のニーズに、本書は上手に応えている。
帯の記述が、この本を読みたくなる気持ちを刺激する。
「品揃えが少ない、活気がない。それに、大きなスーパーが近所に2店もーーーー。ここでダメなら、おれもクビー。転職早々難題が! 廃業必至の! 店をV字回復させるには?」


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