先ほど、4月30日に訪問した「ワークマンカラーズ岡崎インター店」の木野奨太店長に追加取材を試みた。木野さんは、ウルトラマラソンを走るランナーとしても有名だ。インタビュー当日は、京都行きの新幹線に乗らねばならず、少しばかり気持ちが焦っていた。
前回(4月23日)投稿した質問の最終項目(5 ワークマンの今と将来)に到達する前に、早とちりで録音機をオフにしてしまった。この質問に対する木野さんの回答は、レコーダーが停止したまま先に進んでしまっていた。10分ほどの短い時間だったのだが、そこには重要な回答記録が含まれていた。あちゃー、やってしまった。
直後に、手書きでメモを残しておくべきだった。わたしと八田部長は、岡崎インター店からそのまま岡崎駅に向かってしまったのだった。というわけで、木野さんには、本日、突然のLINEからのメッセージ交換で、過日の10分間のコメントを復元していただくことになった。連休中の忙しい時に、お仕事を邪魔してしまった。ごめんなさい。
5 ワークマンの今と将来
*(4月23日のブログからの抜粋)
① 2度の業態転換をどのように見ていますか?
② ワークマンカラーズの業態を選んだのはなぜですか?
③ お得意さんの顧客との関係でエピソードがあれば
④ ワークマンに望むこと=どのような店になってほしいですか?
さて、本日、気になっていた①と④について、再度インタビューを試みた。以下は、復元したメモである。
質問① 2度の業態戦略転換をどのように見ていますか?
*木野さんの店舗は、2024年11月に「ワークマン女子」の看板でオープンしている。2026年1月からは、「ワークマンカラーズ」に業態変更している。わずか4か月だが、その後は飛躍的にお客さんの数が増えている。ブランド変更で男性客が増えたのと、メディヒール効果はもちろんのことだ。しかし、実は社外取締役のサリーさんが、岡崎店のプロモーション動画に登場したPR効果が大きかったらしい(1月中のどこかで)。
回答① 最初の戦略変更(2018年~)は、「ワークマンプラス」による一般客の取り込みから始まった。さらに、新しく打ち立てたブランドの「ワークマン女子」は、女性客の獲得を狙っていたが、短期間で敢えてその看板を降ろすことなった。それとは逆に、獲り切れていなかった男性客を狙って、「ワークマンカラーズ」にブランド名を順次塗り替えている。
今度の2回目(2025年~)では、業態としてのワークマンカラーズを前提に、「マス化戦略」の採用に大きく舵を切っている。従来からのワークマンの商品戦略は、「売れ切れごめん。また来年」だった。売れ筋商品を量産して大量の在庫を持つことは、経営幹部は基本的にリスクだと考えてきたからだ。
木野さん曰く、「いまはそのために、ワークマンの本部は、次はどんな手を打ってくるのだろう?」とわくわくの毎日だという。とにかく、リカバリーウエア(メディヒール)と耐暑性を訴求しているX-Shelterシリーズが売れに売れているからだ。
質問④ ワークマンに望むこと=どのような店になってほしいですか?
*以下の回答は、岡崎店を訪問する前にインタビューした店長さん(ワークマンプラス品川鮫洲店の桐ケ谷壽章店長)も、同様な反応を示していた。桐ケ谷さんは、元ユニクロの店長である。ユニクロの店長時代に、近くのモールに出て来たワークマンプラス店に、自店の顧客を奪われた経験があると述懐している(低価格と高機能性に、ユニクロの客を持っていかれた!)。
回答④ 木野店長は、ワークマンに望むことはたった一言で、「作業着(ワークウエア)を極めて欲しい」だった。そして、つぎに極めた機能性をベースに、それを普段着(ライフウエア)に活かしてほしい。これこそが、ワークマンのユニークな強みだ。作業着を極めることで、ユニクロが主張している普段着(ライフウエア)が変わるのだ。
言いえて妙である。ワークウエア(作業服)を極めることで、ライフウエア(普段着)を乗り越えていくことができる。まさに、そのときに「ワークマンはユニクロになれる」。そして、ユニクロが取りこぼしている顧客ニーズを武器に、「ユニクロを超えて行くことができる」。


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