原題は、‘The Light Eaters: How the Unseen World of Plant Intelligence Offers a New Understanding of Life on Earth’である 。植物の特性である「光合成」(光を吸収して糖と酸素を作る)がタイトルになっている。本書は、わたしたちがこれまで抱いてきた「植物に対する常識」が間違っていることを教えてくれる。どうやら植物は知性(意識)をもっているらしいのだ。
そうした科学的な発見は、21世紀に入ってから、ごく最近もたらされたものである。植物学者たちが、実験や観察を通して、地球上の片方の生命(植物)に対して新しい理解をもたらしてくれた。本書は、新進気鋭の学者たちが発見した仮説や主張を、女性ジャーナリストが科学的な文献と彼らへのインタビューを駆使して、上手にまとめあげた傑作である。
本書の編集者/翻訳家は、日本語の書名を原題の直訳ではなく、『記憶するチューリップ、譲り合うヒマワリ:植物行動学』としている。原題のタイトルを変更したことを、わたしは大成功だったと思う。というのは、本書が伝えたいメッセージの重要な部分が、日本語のタイトルで説明できているからである。
<記憶するチューリップ>
チューリップなどの一部の球根植物は、体内に「休眠打破」というメカニズムを持っている。このことはかなり以前から知られていた。チューリップは、冬の寒さ(例えば、氷点下で一定期間)を経験しないと春になっても芽を出さない。生育環境における過去の情報を蓄積することで、チューリップは自らの発芽のタイミングを決める。
科学の世界では、かなり昔から「動物」には意識や知性があるとみられていた。それに対して、植物には意識や知性があると考えられていなかった。いや、そんなことを考えようともしなかった。ところが、ごく最近になって「植物」も同様であることが知られるようになった。
植物も記憶にしたがって決定を下し、つぎに何らかのアクションを起こす。サブタイトルの最後のように、「植物行動学」という研究領域が成立することになったのである。
<譲り合うヒマワリ>
ヒマワリは、葉っぱに太陽を浴びて大きく成長する。そして、隣り合うヒマワリ同志は、そのどちらも光が充分に浴びられるように互いに協力し合っている。隣り合っている2本のひまわりがあるとすると、丈の短い方のヒマワリは、茎が長いヒマワリの陰になってしう。だから、大きく丈夫に育つことができない。
そのときに、大きなヒマワリは、思いもかけない行動に出る。小さなヒマワリにも充分に日光が当たるよう、自分の葉の位置を変えてあげるのだ。この観察から、「植物」もある種の社会性を持った存在であることがわかる。それはなぜなのだろう?
まず、そうした利他的な行動がとれるためには、大きなヒマワリが自他の位置情報を感知する必要がある。何らかのメカニズムで、それを感じる能力がヒマワリの体内に存在するはずである。科学者たちは、場所を譲り合うヒマワリの存在と、そのメカニズムを解明することに成功した。
また、遺伝子的に近いヒマワリ同志(兄弟関係)は、そうした行動がさらに顕著になるらしい。哺乳類では、動物たちは互いに兄弟かどうかを見分けることができる。ヒマワリも、同様な行動を取ることができるらしいのだ。
<植物の知性と意識、そして個体の多様性>
以上、2つの植物の振る舞い(記憶と譲り合い)を見て、それを意識とか知性とか呼ぶことができるだろうか? それとも別の名前を与えることがよいのだろうか? どちらにしても、動物と同様に、植物にも「社会性」と「利他性」が発達していることが分かっている。
本書の中には、植物に対する常識を書き換えてしまうような、多くの発見が紹介されている。証拠が充分ではない発見や、いまだ仮説段階にあるものも登場する。それにしても、本書の記述の中で、わたしが最も驚いたのは、同じ種ではあっても(同じ遺伝子配列を持っていても)、個々の植物は形質的に異なっているという主張である。
つまり、チューリップもヒマワリも、同じ種に属していてもそれぞれが異なる形質をもって生まれてくる。自然はそのように植物をデザインしていたのだった。動物であれ植物であれ、多様な種を保持することが、自然淘汰を生き延びるために必要なことである。
ところが、同じ種であれば、植物はその例外だと考えられてきた。それはまちがっている見解らしい。同種の植物もそれぞれが個性をもっているのだから、それぞれの個体が固有の行動原理を持っているである。
このことは、園芸作物に関しては、標準的な慣行農法に対する反省を促すことになる。本書では、明示的にはそのことに触れてはいないが、有機農業の優位性などについての議論に行きつくことになりそうだ。読者は、栽培方法や農法に関連することを考えながら、本書を読んでほしいと思う。


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