【新刊紹介】三浦俊彦・犬養知徳・西原彰宏(2025)『デジタル・マーケティング戦略』有斐閣(★★★★)

 本書は、「デジタル・マーケティング」を包括的に取り扱った”本邦で初めて”のテキストである。同様な優れた試みに、西川英彦・渋谷覚編著(2019)『1からのデジタル・マーケティング』(碩学舎)がある。西川・渋谷の教科書から6年間で、取り上げている内容(コンテンツ)と基本的な概念(枠組み)が大きく飛躍している。この分野の技術的な進展は激しい。わずか6年で、デジタルを基礎とした経営学の体系そのものが大きく変化してしまった。 
 本書で取り上げた枠組みも、もしかすると数年で古くなってしまうかもしれない。それを承知で、新しいマーケティング分野の教科書作りにチャレンジしたことに敬意を表したい。編著者(1stオーサー)の三浦俊彦氏の編者としての貢献が大きいのではないかと思う。
 わたし自身が15年前に執筆した『マネジメントテキスト マーケティング入門』(日本経済新聞出版社、2009年)で時期尚早として取り上げることができなかったのが、デジタル・マーケティングの章である。3人の共同作業によって、この部分が見事に完結を見たと思っている。それが、本書を読み終えた最初の感想である。
  
 本書の優れている点は、「デジタル・マーケティング」を2つの部分(パーツ)に分けて論じていることである。前半と後半で頭が切り替わる。そのために、読みやすく理解しやすい構成になっている。
 教科書の全体が、デジタル化が進展した社会の中で、①消費者行動の変化を扱った「第1部 デジタル・コンシューマーと顧客対応」と、②企業側の対応を中心に据えた「第2部 デジタル・マーケティング」に分割されている。前半部分は、今風に「ユビキタス消費(図2-3)」や「コネクテッド・コンシューマー(表3-1)」の概念を利用している。後半部分では、「STP+4P」の枠組みを緩やかに援用しながら、マーケティングのデジタル化における変化を無理なく説明ができている。
 標準的なマーケティングの枠組みを大きく壊さず、予定調和的なテキストの作り方が秀逸である。「序章 デジタル化する企業活動とデジタル・マーケティング」と「第1章 デジタル・マーケティング戦略の枠組み」で、まずはデジタル環境の変化を論じる。その後で、①消費者サイド(第1部)と②企業サイド(第2部)に分けて、デジタル環境下でのマーケティングの全貌を解説している。

 デジタル社会における概念の提示も無理がない。例えば、マーケティング意思決定をする上での変化を、「常時接続」「測定可能」「リアルタイム」の3つの概念からの説明が試みられている。後半部分(第2部)の企業対応では、デジタル化は情報だけで起こるわけではないことが前提とされている。取り扱われる商品サービスや、支払い手段もデジタル化されることが指摘されている。
 初学者にとって、やや難解と思われる部分もある。それに加えて、オリジナルの概念がどこの文献(欧米のテキスト)から来ているのか、やや不明な記述もあった。それはさておき、これまで多くのマーケティング研究者が上手に整理できなかったテキスト作りを、これだけわかりやすくしてくれた貢献は大きいだろう。

 <付記>
 一点だけ不満があるのは、デジタル社会におけるプライバシーや倫理課題、マーケティングデータの情報漏洩の問題について、ほとんど取り上げていない点である。全く触れていないわけではないが、デジタル革命の倫理的な課題は、将来はマーケティングのテキストでもセンターピンになってくると思う。
 わたし自身も、カードの個人情報を盗まれたり、ネットで商品を購入しようとして詐欺にあいそうになったことがある。デジタル・マーケティングにおける負の側面である。倫理的な問題は、ネットショッピングなどを使っていると便利なので、ついつい見逃してしまう観点である。
 本来的には、紙幅をもっと多く取るべきテーマだと考える。

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