本書は、著者の前著『中内㓛』に続く、戦後流通革命を先導した企業家の評伝、第二弾になる。第1章「岡田ジャスコを見る二つの視点」の導き(ガイド)にしたがい、「商人思想史」と「比較企業者史」の2つの視点から、本書を読み進めてみることにした。
石井先生が最初の評伝で取り上げたダイエー創業者の中内氏も、本書の主人公であるジャスコ創業者の岡田卓也氏も、わたしは直接の面識がない。ただし、中内さんの方は、脱稿したばかりの拙著『ローソン』(PHP研究所)で、ローソンの経営陣や社員たちのインタビューの経験から、その人となりは知っているつもりである。また、前著(石井、2017年)を読んで書評も書かせてもらっている。中内さんの経営思想や実践については、ある程度の知識を持っている。
ところが、ジャスコの創業者である岡田さんの場合は、ご本人の経営思想についても、流通革命の実践者としてもほとんど知識がなかった。その意味で、本書はわたしにとって新鮮な情報とたくさんの考えるヒントを与えてくれる書籍だった。
それでは、感想を述べていくことにする。
<LINEでのメッセージ交換>
石井先生から献本を受け取った翌日(水曜日、1月8日)、午前中からお昼にかけて本書を読了した。翌日(木曜日)になって、2時間ほどをかけて飛ばし読みしながら再読した。速攻でごく簡単に書評を書こうと思ったが、ハードルを上げてしまう事件が起こった。
PCの前に座って文章を書き始めようと思ったところで、石井先生からLINEにメールが飛んできた。前日、本の「あとがき」に、わたし(小川)の名前が出てきた理由を尋ねたところ、説明のためのLINEにメッセージが戻って来たからだった。
前日の水曜日の夜に、わたしが書いたLINEのメールは、
こんばんは。石井先生。
近刊『岡田卓也の日時代』を読み終えました。おもしろかったです。そして、勉強になりました。イオンの歴史は、ほとんど知らなかったので。書評は、後ほど書かせていただきます。小川より
これに対して、石井先生のLINEでのメッセージ(木曜日の朝)は、
ありがとうございます。
本書を書き遂げる上で2つの転機がありました。
第一は、もっとエビデンスで押さえていく歴史書のつもりで書いていました。しかし、途中で、歴史書から読んでもらえる書へと切り替えました。
第二は、ドラフトを関大の崔先生に見てもらい、いろいろコメントをもらいました。その時、小川先生の私の中内本に対する書評をわざわざ添付してくれました。
あらためてそれを読み直して中内さんとの比較の構図を前面に押し出すことを決めました。締切日が決まっていたので大慌てで書き直しました。
しかし、それは、岡田さんに取り組んだ時に考えていたことに戻ることでもありました。笑
岡田卓也の事業戦略の特質を浮き彫りにするため、中内さんの事績を標準点にする。わたしの「中内書評」を再読することで、本書執筆の初めに立ち戻ったらしいのだった。これは、第1章の「比較企業者史」の視点そのものである。
そんなことがあったので、”さくっと”岡田評伝に対する書評を書くつもりが、わが筆(タイピングの手)が止まってしまった。とはいえ、石井先生との約束なので、書評らしきものを書き始めることにする。今回は、単なる感想文の域を出ないかもしれない。
<本書の概要>
本書は、第1章で読者に俯瞰的な2つの視点を提供したあと、3つのブロック(時代区分)に分けて、「岡田卓也の時代」を描いている(①~③は評者の整理)。
21世紀に入って、岡田さんたちの「”連合”ジャスコ」は、「”新生”イオン」に社名変更することになる。そこで石井さんが筆を置いてしまう。「イオンの歴史を語らない」のは、ジャスコが置かれていた社会環境と競争状況、企業組織と事業の成り立ちが、根本的に変わってしまったからだと思われる。ただし、この点に関しては特段の説明はない。
読み手としてのわたしの区分は、
①岡田屋の創業から「戦後復興の時代」まで(第2章「岡田屋の伝統:公器の理念)と第3章「流通革命への胎動」)、
②「ジャスコの誕生」から企業合同の20年間(第4章「ジャスコ誕生への険しい道のり」~第6章「連邦経営」)、
③「ジャスコの成長」を後押しした3つの要因(第7章「大黒柱に車をつけよ」~第9章「合併と買収は違う!」)である。
なお、最後の2つの章(第10章「ジャスコの経営スタイル」と第11章「公器の理念がもたらす静かなる革命」) は、全体の要約と議論の整理になっている。いつもながら、丁寧な論理展開と抑えた史実の解釈になっている。
<本書の特長:再解釈>
読み物としてのおもしろさや歴史分析的な解釈などは、とりあえず置いておくことにする。
ジャスコの成長過程を、解釈すると以下のようになる。とりわけ評者が興味を持ったのは、「ジャスコの成長過程」(第5章~第8章)の4つの章についてである。
江戸時代の創業から脈々と引き継がれてきた「公器」(店は社会的な存在である)としての岡田家の特質を、著者は「石門心学」(石田梅岩の思想)と卓也の実姉(千鶴子)の考え方や行動から説明している。この部分は、二つの視点のうち「商人思想史」と関連している。
日本的な「店は公器」の考え方は、ジャスコが成長する段階で、他社との合併(経営統合)の「のりしろ」になっている。そして、組織を結びつける接着剤になる要因がもうひとつある。それは、「心と心の合併」(信頼関係の構築)である。
これがあるので、岡田ジャスコが他社と経営統合していくとき、合併相手の創業者や役員を本社(ジャスコ本体)の役員として遇することができた。この事実を知ったことは、わたしには驚きであった。そして、この岡田氏の決断を、わたしは経営者としてとても見事だと感じる。
評者は、ジャスコの「連邦経営」というごく大雑把な概念(名称)しか知らなかった。岡田屋と二木(+シロ)の2社を中心に、ジャスコは成長してきたと思っていた。それは大きな誤解だったようだ。多くの地方スーパーが、時代の節目でジャスコ(後のイオン)の成長(組織の拡大)に大きく貢献してきたからだ。
小売業が素早く成長していくとき、ふたつの方向性(やり方)がある。
ひとつのやり方は、ダイエーやヨーカドーが採用した「集権的な組織作り」である。ヨーカドー堂は、買収や合併無しに、オーガニックに成長を続けてきた。ダイエーは、自社開発と企業買収のミックス戦略)である。それに対して、ジャスコは独自の仕組みで成長を目指してきた。いわゆる分権的なガバナンス方式で、自社と「地域スーパーとの合併」(地域ジャスコ)と「地元専門店の取り込み」(共存共栄型SCの開発)により、ジャスコとしてグループの経営規模を大きくしていった。
合併による成長に関して、本書では、つぎのような説明がなされている。岡田屋そのものも、流通革命の初期は出遅れていた(上位20位にも入れていない、第4章図表4)。さらに、3社による第一次合併時のジャスコ(3社連合)も、後発の地域スーパーの域を出なかった。宥和的な合併方式を採用したことは、ジャスコの市場地位と企業文化にジャストフィットしていた。
戦い方も特異である。後発のジャスコは、ダイエーなど上位の競争相手に対して、二つのやり方で対応している。正面からガチンコの戦いを挑むのではなく、地方都市に優先して進出したことである。いわゆる「逃亡迂回作戦」である。
評者は、『しまむらとヤオコー』(小学館、2011年)を執筆してときに、ヨーカ堂(群馬県藤岡店)と直接的な競争を避けて、小さな田舎町(児玉町や日高市)に店舗を作って行くヤオコーの戦略を知った。大きな組織との消耗戦を避けるスマートな「迂回戦略」である。ジャスコも一時期だが、ヤオコー的な出店方式を採用している(第8章)。
ジャスコが採用したもうひとつのやり方は、地方中核都市に優先出店するときに、競争相手になりそうな企業組織(地場スーパー)と人材(経営陣)を、丸ごと取り込む作戦だった。地方都市に共存共栄型SCを作るときには、1973年から施行された大店法を緩和する手段として、モールの中に専門店ゾーンを設けた。「戦わずして勝つ作戦」とも言える。
<ジャスコの特異性、石井先生の次なる著作?>
ジャスコがイオンに社名変更してから、25年の歳月が経過している。
戦後流通の旗手だった総合スーパーで残っているのは、イトーヨーカドーとジャスコ(イオン)だけである。ダイエーやマイカル、ユニーなどは、会社組織としては消滅してしまっている。セゾングループの西友も、いまや風前の灯火である。PPIH(ドン・キホーテ)に買収されるかもしれない。
一方、生き残ったヨーカドーは、食品スーパー部門とコンビニエンスストア、デベロッパー機能を残してはいるが、総合スーパーとしては、ほぼ解体しそうな状態と言ってもよいだろう。一度は買収した総合化した非食品ユニットは、切り離して売却する予定になっているからだ。
イオンに代替わりしたジャスコ自身も、いまや総合スーパーとは言えない。どちらかと言えば、食品スーパーやドラッグストアなどの集合体である。ビジネスの中核部分や利益創出機能は、いまやデベロッパーの様相を呈している。
石井先生が整理しているように、岡田卓也たちが作った「ジャスコ」という会社は、「静かな流通革命」(「雄々しい革命スタイル」の対比概念)と「公器の理念」(共存共栄の理想)を主軸として、ごく短い期間に急成長を遂げた。総合スーパーとしての「ジャスコ」の存在は、日本の流通革命においても、特異な組織だったということになるだろう。評者はそのように理解した。
ジャスコの時代は、1946年から約40年間という短い期間だった。著者の評伝第2弾『岡田卓也の時代』は、中内ダイエーを参照点とすることで、岡田ジャスコの特異性を分析的に、かつ静かな物語として見事に描いた著書である。
さて、石井先生は、次はどこに向かうことになるのだろうか?
中内ダイエーと岡田ジャスコの2つの著作は、「レギュラーチェーン」を扱ったものである。評者がこれから刊行する『ローソン』は、それに対置して「フランチャイズビジネス」である。コンビニエンスストアの世界では、本部と加盟店が、資本も人材も独立分離した組織が緩やかにつながっている形態をとっている。
何とはなしに総合スーパーの中で、ジャスコの組織形態はフランチャイジビジネスの特質を、部分的に持っているように見える。そう感じながら、本書を読み進めていた。評者の直観的な解釈になるが、「地域ジャスコ」を束ねる本部組織は、ある種のフランチャイズ方式に近しい。コンビニとの違いは、本部の幹部人材と加盟店のオーナーが別物で分離していることであるが。
フランチャイズビジネスでも、理念の共有や信頼関係の構築の仕方は、ジャスコが辿ってきた道と同型にわたしには見える。利益の分配方式など、FC本部と加盟店の微妙なパワーバランスの上に成り立っている。石井先生にとって、新しい組織分析の対象がそこにあるように感じる。そう考えるのは、評者のわたしだけだろうか?
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