本書は、友人の恩田さんが書いた2冊目の米国政治経済分析レポートである。前著『米中冷戦がもたらす経営の新常識』(日経BP、2023)もよく売れていた。それに続く本書は、レポート形式での出版になった。なんと!お値段が一部で33万円!日経BP社は、部数限定(50部)で販売する戦略を採用した。一般の人の目に触れることが少ないのではないかと思うが、本当に必要な人だけが読むために編集されている貴重な本である。
レポートの刊行日は、2024年8月30日。米国の大統領選挙投票日の2か月前である。読んでいただくとわかるが、トランプが2度目の大統領に当選することを前提に、本書は書かれている。分析報告書のタイトルは、「米国再興戦略」。明らかな仮想敵国は、専制主義国の中国である。
第1章「米大統領選の行方を左右するスイングステート」で、筆者は米国の選挙制度を解説している。過去の大統領選挙の経験から、「スイングステート」(選挙ごとに勝者が入れ替わる激戦9州)を勝ち取った方が当選することをデータで結論づけている。
そこから、筆者は大胆にもトランプの勝利を予想している(もちろん、予想は暗黙にではあるが)。理由は、トランプの共和党陣営の方が、バイデン・ハリスの民主党よりも、圧倒的に緻密に選挙戦略を練っていることが明らかだからだ(第2章「トランプのアジェンダ47をビジネス視点で分析)。
第2章が、レポート全体の分量で30%超を占めている。9つの節から構成されていて、アジェンダ(選挙公約)の分析に力が入れられている。2章の総頁数は、P.21~P.59で39頁ある。9つのイシューについては、内容が多岐に渡るので後述する(今回は省略した)。
わたしがとても驚かされたのは、第2節「有言実行するトランプ」の内容である。2017年からの第一回目の大統領任期中で、トランプはほとんどの公約を実行に移している。実現したかどうかは別にして、普通の政治家は「言ったきりでやらない人間ばかり」であることとは対照的である。
正直に言えば、個人的には、性差別主義者で犯罪人っぽいトランプはあまり好きではない。政治をビジネスにするスタイルもイマイチである。しかし、言ったことを本当にやってしまう実行力には脱帽である。しばしば、大胆なスピーチやパフォーマンスが彼の特徴とされるが、どうしてどうして日常生活はわからないが、政治マターでは「有言実行」の人なのである。
第3章「選挙戦を見据えたバイデンーハリス政権の最近の動き」は、扉を入れてもわずか12頁である。トランプと対照的な政策だから、5つの節をわたしはほとんど読み飛ばしてしまった。読まなくても内容がわかるからである。
11月の大統領選挙の勝者を、8月の時点で恩田さんは知っていた。恐ろしいことだが、予言が当たることもわかっていたのだろう。
そこで、第4章「どちらが勝とうが実行される米国戦略」は、トランプが当選して大統領に再選された後(2025年1月以降)で、米国が「自国中心主義の戦略」(アメリカ・ファースト)をどのように推進していくつもりなのか?また、日本はトランプの予想不能な戦略に対して、どのように対応すべきかを分析している(第5章「日本企業へのメッセージ」)。
実は、筆者の言いたいことで重要なポイントは、どちらが選挙で勝者になるにせよ、米国の対中国政策は不変という見立てである。第5章は、日本人としてはそのように読めるのである。
第4章では、対中国戦略の方向性を分析している。基本戦略は、①「中国の経済的な影響力」をグローバルに抑え込むこと。そして、②「米国に製造業を回帰させること」である。なお、この場合の製造業②定義は、伝統的な自動車産業のようなものだけではない。半導体やAI、さらには製薬業を含むんでいる。小売りや消費産業は蚊帳の外である。
わたし個人としては、日本に関していえば、海外展開が進んでいるユニクロやコンビニ各社、外食産業が中国でどうなるのかが気になるところではある。消費産業については、自動車とスマホを除くと、日米ともにほとんどコメントがなされていない。こちらのリスクもそれなりに大きいと思うのだが。
トランプ陣営の選挙対策部隊は、戦略的な緻密である。2本柱(①と②)から、スイングステート(激戦州)で集票できるよう、9つの州ごとに選挙民に対するメッセージを変えている。ここが、トランプ選挙対策チームの優れたところである。
本書が伝える日本人への教訓は、とても貴重である。どのようなタイプの選挙戦であれ、国境を越えて①わかりやすいメッセージの発信と②実利的な公約を実践する候補者が選ばれるということである。SNSの台頭にばかり目が行くが、それも日本のマスメディアの分析不足に起因している。
選挙民は愚者の集合体ではない。それどころか、極めてスマートで実利的で、いまや怪しげな理想論や主義主張では簡単に篭絡できなくなっている。トランプの大統領選挙がそれを証明している。思いのほか、トランプチームは緻密で現実的な戦術・戦略立案に長けていたのである。
この点は、日本の石丸伸二氏の都知事選や、斎藤元彦氏の兵庫県知事選とはレベルが違っている。これから先の日本の政治にも、トランプチームのような選挙巧者が誕生することを願うばかりである。そうしないと、米中の狭間でわたしたちは四苦八苦することになるだろう。
恩田さんの結論は、「米中対立のいまこそ、日本にとって千歳一隅のチャンスである」である。そこはチャンスである。一見すると、日本にとって困難な局面が到来しているように見えるが、この降って沸いた大チャンスを利することを考えると、未来は決して暗くない。それどころか、第5章のメッセージは、極めてポジティブだとわたしには読めた。
<追記>
書評としての評価が「★4」になっている。それは、レポート形式の本だからである。広い読者に訴求するスタイルをわたしは願っているのだが、その方式は販売戦略で採用から外れたのだろう。そこが「減点1」の理由である。この内容は、新書版にしたらおもしろいと思う。
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