本書の副題は、「変革を成し遂げた『異端のリーダーシップ』」。文字通りの書籍である。ソニーの歴代経営者たち(盛田昭夫、井深大、大賀典雄、出井伸之、ハワード・ストリンガー)は、個性的で天才肌の人物が多かった。子会社のトップを歴任した丸山茂雄氏(SME)や久夛良木健氏(SCE)なども、愛すべきヤクザと狂人に見える。
本書を読むと、歴代のトップと比べて、平井さんが「心やしい人物」であることがよくわかる。ライティングスタイルからして、高慢さや傍若無人さがなく、穏やかで実直である。ソニーのような大企業で出世の階段を昇っていくエリート臭を、全く感じることがない。その意味で、異色のリーダーなのだろう。
2016年ごろから、ソニーは復活の兆しを見せ始める。そのころ、平井さんを可愛がっていたSME(ソニー・ミュージック)の丸山茂雄元社長が、『日経ビジネス』(2016年5月16日)で、「ソニー社長を引き受けた平井さんは軽率だな(上)」というインタビュー記事を公開している。「ソニーの使命は大賀時代で終わっていた(中)」(5月17日)と言う話を、その続きで述べている。
しかし、丸山氏が日経ビジネスで総括した「ソニーの本質は高級なおもちゃ会社(下)」(5月18日)の3年後に、平井氏は盟友の吉田憲一郎氏に社長のバトンを渡して、ソニー会長(現在、シニア・アドバイザー)に退く。そして、50代後半に差し掛かったいまは、ボランティアの仕事を始めている。引退後の関心は、「子供の貧困の解消」である。平井さんの恬淡とした生き方が、わたしには素敵に見える。
本書は、ソニーを復活させた平井社長の自伝である。前半部分は、ご自身の子供時代(第1章「異邦人」、海外生活)から、ソニーでの初期のキャリア形成(第2章「プレイステーションとの出会い」)について書かれている。
インタビューで「(平井さんは)軽率だ」と評価された丸山氏(SME時代の上司)と、丸山氏とコンビを組んだ久夛良木氏(SCEの前任社長)との関係が、第3章「ソニーを潰す気か?」で紹介されている。平井さんが、上司や前任者だった2人を尊敬していることがこの章を読むとよくわかる。それでも、丸山氏は、「平井をソニーの社長に押したことはない」とにべもない。
第4章「嵐の中」では、ソニーの社長候補に躍り出た経緯が明らかにされる(主観的な評価ではあるが)。その後、ストリンガー氏の後継社長に就くことになるが、実にこの経緯も淡々と語られている。「米国人と英語で丁々発止、仕事ができる人」という評価(丸山氏談)が平井氏のキャリアを形作ったことがわかる。
火事場に強い変革期のリーダー像が、第5章「痛みを伴う改革」で語られる。平井氏は、ごく短期間で、リストラと多くの部門と事業の売却、分社化を同時にやってのけた。これまでのソニー(創業期と停滞期)にはなかったリーダーが平井さんである。そのころ(2014年~2016年にかけて)、平井社長へ社内外からの風当たりがすごかったことは想像に難くない。
一期3年、2期6年で、2018年に引退を表明した時の心情を、「オートパイロット状態」(自分がいなくても組織が動いていく状態)を感じたと表現している。乱世の経営者らしく、つぎは平時のエリート経営者(吉田氏)を指名する。順当に継投なのだが、いまでも、師匠の丸山氏は、ソニーの未来については悲観的なのだろうか?
丸山氏がインタビュー(2016年)で語っていた平井社長の評価は、2021年にソニーが歴史的な最高益を記録したあとでは緩やかに変りつつある。とはいえ、ソニーの未来は、平井氏が最終章「新たな息吹」で述べた新事業の芽(TS事業)や旧技術の復活(AIBO)の成否に掛かっている。
素朴な疑問である。ソニーを事業的・財務的に再生することができたチーム(平井・吉田コンビ)は、丸山氏が述べている「ソニーの本質は高級なおもちゃ屋」を超えることができるだろうか?また、そのネタは仕込めているのだろうか?
平井社長が誕生したとき(2012年)、ソニーグループの株価は、1株1,000円をウロチョロしていた。いま(2022年11月25
日現在)、1株11,600円である。株価は常に夢を反映しているわけではないが、多くの投資家は、ソニーの夢の復活に託しているのだろうか?