【寄稿論文】小川孔輔(2022)「未来予測の通信簿」『DIY・HC協会報』(新春号)掲載

 第20回「DIY小売業実態調査報告書」の総括で書いた業界予測(2009年11月27日執筆)を、12年後に自己評価してみた。題して「未来予測の通信簿」は、予測の精度を自己点検したものだ。読者は、小川の予測に何点を付けてくださるだろうか?100満点の評点を返してほしい。原稿は、少し長めの文章になっている。

 

「未来予測の通信簿」『DIY・HC協会会報』(2022年新春号)

  V2:2021年12月14日
 文・小川孔輔(法政大学経営大学院教授)

 

1 はじめに:教授が描いた「未来予想図」
 大学生は常時レポートや試験に追われている。しかし、大学教授にはテストも通信簿もない。唯一の例外が、授業アンケートである。授業に対して、学生が内容やプレゼンのやり方、配布資料や課題の出し方を評価する調査である。いまはオンラインで実施されている。
 通算で約20年間、協会からの依頼を受けて、『DIY白書(2002年版~2009年版)』に「調査結果」(14回~20回)と、現在のように『DIY・HC協会報』に総括を書いてきた。時代に合わせて、HCの経営に役立ちそうなトピックを取り上げてきた。
本原稿は大学教員として最後になる。第20回の 「DIY協会年次報告書」に書いた総括部分を対象に、12年前の執筆内容を自己点検してみたい。学者としての自らの「未来予測センス」を評価することになる。12年前の原稿を再評価してみよう。

 2009年11月27日に執筆した原稿は、「全体総括と経営提案」である。オリジナルの文(本文中【 】の囲み部分)を引用しながら、現状との差異を論じることにする。当時(2009年)の報告書では、HC業界の実態を分析整理するため、5つの視点から課題を整理していた。すなわち、①HC業態の商品・サービス機能、②HC業態の最適店舗規模、③小売業の立地変動、④企業統合の視点、⑤PB商品開発である。順番に12年前を振り返ってみたい。

 

2 HCが提供する商品・サービス機能(①)
 不思議なことに、10年周期で「HC需要の自宅回帰」が起こっている。リーマンショック後には、コロナ禍での消費需要と似た短い期間をわれわれは経験していた。以下はそのときの証言である。当時と今の相似性に驚く。

 【「巣ごもり」の傾向を反映してか、園芸用品、園芸植物、ペットへの需要が旺盛である。3年連続で、HCでは「園芸・エクステリア」の部門が販売を伸ばしている。唯一、堅調な分野である。これらの商品部門は、商品知識や販売に専門性が要求される。専門知識を持ったスタッフの教育採用が、伸びている部門をさらに伸ばすためには重要である。
日本のHC業態は、セルフサービスで成長してきた。しかし、今後は、その延長線上にある「ディスカウントタイプの業態」と、専門知識を持って従業員を教育訓練する「DIY専門業態」に分化していくように見える】(第20回報告書)

 

 <振り返りコメント>
 結論として筆者は、「ホームセンター業態は、長期的には、人々の生活を改善するための素材と加工技術を伝授する場に変わっていく。それ以外の提供商品は、基本的には、ドラッグストア、カー用品店、ディスカウントストア、ホームファーニシング企業など、カテゴリーキラーを擁する競合業態に移っていく」と結論づけていた。実際に始まったことは、EXやUXと呼ばれる「時間消費=経験価値」をユーザに提供するサービスである。業界を超えた競争はいまでも続いている。

  

3 HC業態の店舗規模(②)
 いまと同様に、2009年当時も、原油価格・ガソリン価格の上昇があった。物価も高騰をし始めていた。消費者のショッピング行動は変化したが、長期的なトレンドに変化はなかった。筆者の記述は、②に関してはつぎのように続いていた。
 【前回調査においても指摘したことは、買い物頻度の低下(まとめ買い)、買い上げ点数の減少(節約志向)、価格に対する感度の上昇(生活防衛行動)である。売場面積が増えても、客単価がなかなか上昇しない原因はそこにあった。(中略)
 「ワンストップ・ショッピング」の効用は、車を輸送手段とする限りは、従来の郊外型HCであれば、その存立基盤が大きく揺らぐことはなさそうである。「小商圏フォーマット」の優位性が喧伝されている割には、実体としては、中小型店舗および中小チェーン店の苦戦が続いている】(第20回報告書)。

 

 <振り返りコメント>
 コロナ禍の期間で、すべての小売業態で商圏は小さくなったと言われている。そして、「買い物時間の短縮」と「まとめ買い」が常態化した。後者は予想した通りだった。
 しかしながら、店舗規模の優位性は、この間もやはり持続していたように思う。コロナ後に到来すると予想されている諸物価の高騰を考えると、大型店舗の優位性が揺らぐことはなさそうである。小売業全体では、小商圏優位からその中間の商圏サイズが優位になるように思う。

 

4 都市型HCの可能性(③)
 2010年前後から、わたしたち世代(1945年~1950年生まれ)の大量退職が始まっていた。私事になるが、3年前に35年間慣れ親しんだ郊外(千葉県白井市)から都心部(葛飾区)に移住した。わたしたちが都内に移転する前から、人口の逆流現象ははじまっていた。以下は、約10年前の住生活産業を取り巻く都市環境の風景である。
 【1970年代から団塊世代が郊外に移動した。郊外の住宅区に生存領域を持っていたチェーン小売業が、郊外SCや都心ビルに出店するようになった。郊外で生まれたHCでも、首都圏で活動している複数企業(カインズ、ドイト、ケーヨー、コーナン)が、都心部周縁部(環状7号線から国道16号線の間のドーナツの輪)への出店を開始している。従来から都心ターミナルビルに出店している「東急ハンズ」や「LOFT」とは異なる品揃えのHC企業の出店である。
 都心部へ戻ってきた夫婦世帯(ただし、子供なしになっている)の基本ニーズは、従来型のHC店舗で提供されていた商品では満たすことができない。ただし、彼らを顧客とすることについて、HC店舗は優位性を持っている。というのは、子育て時に郊外のHCを利用した経験があるからである。HC企業の知名度は高い。そこで売られている商品やサービスも購買して経験もしている顧客である】(第20回報告書)。

 

 <振り返りコメント>
 都心部で展開する都市型HCの顧客は、郊外から都市部への移住組だけでなく、非婚・単身世帯などの顧客もいる。当時は、「両者に共通しているのは、小さなサイズ商品、来店手段が徒歩や自転車、重たい商品やかさ張る商品には、デリバリーサービスなどが必要なこと、駐車場より駐輪場スペースが必要である」と考えていた。
 事実は、本論の未来予測とは異なっていた。正しかったのは、報告書の「注釈欄」に追加したコメントだった。

 【実際に都市型HCを何店舗が訪問した。観察によると、上記の仮説は必ずしも正しくはなかった。少なくとも山手線から環状7号線まで間のエリアに居住している顧客層と、環状7号線の外側に住んでいる「ファミリータイプ」の顧客層とは大きく異なっていた。後者の基本ニーズは、郊外型HCの顧客とは価格感度が同じで、商品のサイズやバラエティに対する欲求が異なっている。それは、居住空間の広さと代替小売業(コンビ二やドラッグなどの競合業態)のちがいによるものと考えられる】(第20回報告書)。
 この傾向は、今後も継続するものと考えられる。2008年~2009年に筆者が観察のために訪問した都市周縁部では、中規模HCやニトリの小型店舗が華々しい成功を収めているようには見えなかった。業態は異なるが、無印良品やしまむらの都心型店舗も同様である。

 

5 企業統合と収益性(④)
 この10年ほどを見ても、HC業界では、隣接する小売業態を巻き込んで、経営統合が急速に進展した。業界を跨いでM&Aが起こることは、筆者が予想した通りだった。報告書では、それに加えて、「上位企業への集中はさらに進む可能性が高い。企業統合が進展した結果、HC全体の企業としての収益性は高まるのだろうか?」という疑問を投げかけていた。
 筆者の結論は、【PB商品の共同開発によるコスト低減、商品調達面でのスケールメリットはまちがいなく生まれる。上位企業が圧倒的に優位に立つので、収益力は増すことになるだろう。しかしながら、長期的な高収益性は、企業買収と統合だけでは達成できないはずである】(第20回報告書)だった。
 その後に、【長期的な高収益は、新しい業態開発によって、あるいは、新しい商品分野の開拓や基本業務システムの革新によってしかもたらされない。規模拡大競争をどんなに推進しても、高収益な企業は生まれない。むしろ、内部成長を目指してきたHC企業が、現在でももっとも理想的な成長軌道に乗っていると観察できる】(第20回報告書)と予言していた。

 

 <振り返りコメント>
 この予言は正しかった。「新しい業態開発」は、例えば、プロ向けの専門業態や自転車販売などのスピンアウト業態)によって実現している。「新しい商品分野」は、サービス分野の開拓、例えば、ECをベースにしたデリバリーサービスがその空白を埋めた。また、「基幹業務システムの革新」は、DX(デジタル・トランスフォーメーション)への取り組みが、イノベーションの核になっている。積極的に革新に取り組んだHC企業のみが、生産性と向上させることに成功している。

 

6 PB商品開発(⑤)
 最後の統括で、筆者は述べていた。
 【HC企業が必死に取り組んできた商品政策は、2000年代の初めは、海外からの商品調達であった。その延長線上に、現在のPB商品開発の流れがある。引き金になったのは、景気低迷と消費者の節約志向であった。小売業としての最終的な狙いは、粗利益率の改善にある。高い粗利益率を獲得できる事業システムをもたないと、業態間競争で勝利することができないからである。ニトリとカインズは競合している。コメリとしまむらも競合している。(中略)
 PB商品開発で成功するポイントは、メーカーやベンダーとの組み方である。論理的には、自社内に優秀な商品開発チームを持つことができれば、どの商品分野でも会社独自の開発は可能なように見える。しかし、現実的には、商品開発は継続的な改善も必要である。メーカーやベンダーとの市場地位を考えて、その中間領域(純粋な自社開発と単なる商品調達)を探るべきであろう。長続きをする商品開発のパターンは、とくに、HC商品のような日常的なシチュエーションで使用される商品を開発するためには、衣料品や食品分野とは異なるパターンが必要だと感じる】(第20回報告書)。

 

 <振り返りコメント>
 ホームセンターのPB商品開発は、提携型のブランド開発が基本になると予測していた。高品質と低価格の同時達成を狙った商品開発のパターンである。
 実際はどのように落着したのかと言えば、イオングループの「トップバリュ」やIYグループの「セブンプレミアム」ような方式(小売主導の提携型開発)ではなかった。HCで展開されているのは、開発のスケールは総合小売業と比べると小さいが、アイデア発想プロセス部分を自社内で、実際の製造は外部委託するという垂直的な提携の形である。換言すると、製品開発の上流部をHCが担うというパターンである。やや厳しめの自己評価をすると、通信簿の半分は正解で、あとの半分は外れだった。

 

7 結語
 コロナ禍の1年半で、皮肉なことに、HC企業の業績は好調に推移していた。筆者は、コロナの真っただ中(2021年6月)に、日本版顧客満足度指数(JCSI」の「ガイドブック」に当たる『サービスエクセレンス』(小野・小川編著、生産性出版)を刊行した。
JCSIは、日本の流通・サービス業の30業種(約300社)の顧客満足度を、業界横断的に測定する仕組みである。2010年からは、顧客満足度指数(CSI)などの指数をネット調査で測定して、その後も業界横断的なCSの推移を一般公開してきた。
 結論をいえば、ホームセンター(上位5社+その他HC)を利用している来店客の顧客満足度(CS)は、総合スーパーやコンビニに比べると上位に位置している。しかし、衣料品小売業や雑貨チェーンなどに比べると、HCを利用している顧客の利用面でのCSはやや低位にある。公式調査の結果は、2010年以降は一般公表されている。その時の結論は、いまでも有効だと筆者は考えている。
最後に、その部分を引用して本稿を終えたい。
 「ホームセンターは、住生活を中心とした生活産業である。HC企業が革新的なアイデアや商品を提供できれば、われわれの住生活は豊かになる。生活の豊かを提供することが、HCの社会的な使命である。人々の日々の生活に貢献できるために、小売サービス業として何をなすべきか?生活者は、HC企業に不断の革新を求めている。値ごろ感のある商品、感動のサービス、安心して買い物ができる場所の提供が小売業としての生命線である」(2009年度報告書)。

 

*(注)当時の報告書は、小川の個人HP(https://kosuke-ogawa.com/?eid=1582#sequel)からネットで簡単にアクセスできる。