今年の夏は、調査や合宿で地方出張が多かった。学部生や大学院生と一緒なので、宿泊先は大衆的な値段の旅館や民宿になる。料金は一泊8千円から高くても1万3千円のクラス。しかし、そこで新しい発見をすることになった。日本旅館や民宿から、おもてなしの気持ちが消えていなかったのである。ホスピタリティを表現する象徴的なアイテムとして、野の花が用いられていたのが印象的だった。
9月6日から8日まで、京都府の依頼で「海の京都」で観光地のサービス調査を実施した。京都府の日本海に面する7つの地域(福知山市、京丹後市、綾部市など)を訪問する観光客の顧客満足度を調べるのが目的である。
ネット調査と並行して、学生たち4人と現地で宿泊体験をすることになった。学生が選んできた宿は、綾部市で農家民泊をしている「弥平治の丘」。ご主人は、四方房夫さん(72歳)。会社を退職した5年前から、奥様の魁子さん(71歳)と民泊を始めた動機は、過疎化対策である。「農業体験などを通して宿泊客の中から綾部に定住してくれる人を増やしたい」(四方さん)。
農家民泊とは、野菜やお米の収穫などの農業体験を通して、季節や自然の移り変わりを楽しむ体験型の宿泊サービスである。自分たちが畑で収穫した食材を、ご主人や奥様と一緒に調理することで、食事も一緒に楽しむことができる。当日はあいにくの雨だったので収穫体験はできなかったが、地元の食材である冬瓜や唐辛子など用いて、自家製の野菜やお米(かまど炊き)を調理して、健康的で美味しい夕食をいただくことになった。
個人的に感動したのは、宿泊客を迎える玄関口から廊下、寝室、トイレ、食卓のテーブルの上に至るまで、お花が飾ってあったことである。それも、ご自宅の庭や畑から採ってきた花である。玄関前の畑の一角には、食卓にも飾られていた千日紅やヒガンバナが咲き乱れていた。宿泊客は、野の花で迎えられる心地よさに感動することになる。
同様なおもてなし体験を、信州小諸の中棚荘で遭遇した。8月下旬、詩人の島崎藤村ゆかりの宿で4日間を過ごした。横浜マラソン(10月28日開催)に向けて練習合宿(高地トレーニング)のつもりである。中棚荘の女将(富岡洋子さん)は、750CCのバイクを操る女性バイカーとして有名である。旦那さんは自家製のブドウを栽培していたが、最近になって息子さんがそのブドウでワイナリーを開いている。
この宿のもうひとつの特徴は、フロントから客室、露天風呂にいたるまで、あらゆる場所に花が飾ってあることである。旅館の玄関わきには、「庭先や野原から摘んできた花」(女将の言葉)が水揚げされている様子を見ることができる。それが、この宿を訪れるときの楽しみのひとつでもある。廊下の壁には、自家農園から採花してきたアレンジの花がディスプレイされている。生け花が基本と思われるが、独特のデザインの花あしらいである。
この夏は、中棚荘に3泊することになった。食事と一緒に提供されたワインクーラーのアイスバケットには、一輪のキバナコスモスが挿してあった。そして、二日目の夜、ワインクーラーには、今度はピンクのコスモスが一輪、添えてあった。一輪挿しの花の色が変わることで、同じワインなのに味が変わったように感じた。「その変化も一緒に楽しんでください!」と言われているような気がした。
食事の美味しさを、野の花が引き立たせる。そして、同時に移り行く自然の変化を楽しむ。いつもながら、今年も幸せな宿泊体験で満足度の高い夏を過ごすことができたことに感謝。