「小売サービス業のDX戦略:効果的な顧客対応とオペレーション効率の改善」『JFMAニュース』(2021年6月20日号)

 JFMAの会員総会後の「お花屋さん活性化セミナー」などで、最近は意識して「企業のDX戦略」(デジタル・トランスフォーメーション)をテーマに取り上げさせていただいている。最近のJFMAアフタヌーンセミナー(3月9日)や大学院の授業内講演(6月10日)でも、ハクサンの藤原雅志取締役に、「中小種苗メーカーのDX戦略」をテーマに話していただいた。

 

 花業界と大学院では、聴衆の期待と関心領域が異なっていた。そこで、藤原さんからの提案で、取り上げる事例やコンセプトを少し変えて話していただくことにした。セミナーでも授業でも、先進的な取り組みの事例を聞く機会に恵まれないせいか、会員や院生から藤原さんのレクチャーは好評を博していた。時代が求めるテーマなので、企業のDX戦略については聴衆の興味関心が高いことを改めて感じた次第である。

 しかし、米国の小売業(アマゾン、ウォルマートなど)と比較すると、日本の小売サービス業は、デジタルシフトで「周回遅れにいる」と言われている。実際に、日本の小売業や外食産業で、DX戦略に成功している企業は稀である。後述するカインズのデジタルシフトを加速させたのは、土屋裕雅会長が、DX戦略をテーマにした海外のセミナー(アマゾンのAWSカンファレンス2017)に参加して衝撃を受けたことが起点になっている。

 わたしの知る限りでは、セミナーで取り上げた3社(日本マクドナルド、スシロー、物語コーポレーション)が、かろうじて日本の小売サービス業でDXに成功している代表例である。それに加えて、カインズも、短期間でDXに取り組んで成功した企業のひとつである。

 以下では、今週の6月16日に実施した、「カインズ・イノベーション・ハブ」(@港区北青山)での池照直樹氏(デジタル戦略本部長)へのインタビューを整理したものである。わたしからの質問を要約すると、①「カインズは、なぜDXに取り組んだのか?」と、②「なぜ短期間でデジタルシフトに成功したのか?」。この2点である。

①については、経営トップのコミットメントが他社とは違っていたからである(前述の通り)。カインズは、いまや売上高4410億円を誇る日本一のホームセンターであるが、創業時の「大型ディスカウント業態」から、2000年ごろに「SPA(製造小売業)業態」に大業態転換を経験している。そのため、10数年をかけて自社開発のPB商品の比率をゼロから40%に増やしていった。そして、2018年に2度目の業態改革を断行する。すなわち、カインズが「IT小売業になる」と宣言したわけである。

②について、土屋会長(当時社長)、準備段階として、高家正行社長(現在)をミスミから取締役としてスカウトしてきた(2016年)。さらに、IT小売業を高らかに宣言した後に、全社を挙げてデジタルシフトを敢行するため、デジタル戦略を企画実行する指揮官として池照本部長を採用した(2019年)。そして、デジタル戦略の実行部隊(現在約130名)は、表参道のオフィスに集約することにした。わずか2年間で、それまで遅々として進展していなかった「効果的な顧客対応」(アプリ利用者の新規獲得や新サービスの提供:例えば、商品の取り置きサービス)と「オペレーション効率の改善」を同時に達成することができるようになった。

 要するに、トップの長期ビジョン(IT企業宣言)が、実行部隊長の遂行能力(DX戦略の青写真)と見事に同期した事例が、カインズのデジタルシフトだったわけである。前述のDX勝ち組3社(マクドナルドなど)の場合でも、経営トップと現場のデジタルシフトに対する覚悟が、顧客サービスの改善とオペレーション効率の改善に結びついたシナリオは共通している。