【柴又日誌】#165:京成線沿線で、新しいオフィスを探す

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【柴又日誌】#83:手作りの夏祭り(第2回、自主開催)

昨夜は、自宅で夏祭りを開催した。高砂の小川家6人だけで、手作りの夏祭りである。昨年まで、2年連続で町内会や保育園・幼稚園では夏祭りが実施できなかった。子供たちを可哀そうに思った両親(真継君とアズちゃん)が、手作りの屋台や射的、輪投げを用意し...
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【柴又日誌】#82:夏休み、神戸から孫たちがやってくる

台風8号が関東圏に接近している。お昼近くになって、雨と風が激しくなった。外に出かけるのは自粛した方がよさそうだ。そうなのだが、夏休みに入った神戸の孫たちが、16日に高砂にやってくる。その切符を手配しようと思っているのだが、品川駅に出るのは危...
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【柴又日誌】#81:街を歩く。友と競う健康ラン&ウォーク

先に引退した先輩諸氏に、「歳をとると行動半径が短くなる」と言われた。実際に退職してから、通勤というルーチンがなくなった。先達の言っていたことはその通りだった。ランナーなので、近所の土手や公園まで足を延ばしている。しかし、うっかりすると、スマ...
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【柴又日誌】#80:「今年は桃の当たり年?」へのふたりからの回答

「なぜか、今年は桃の当たり年?」(柴又日誌:#79)というブログを、昨日(7月31日)書いた。夏のこの時期あたりから、自宅にたくさんのフルーツが届く。今年の夏に関していえばは、糖度が増した甘い桃が4箱すでに届いている。おもしろいことに、年に...
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【柴又日誌】#78:シネマ歌舞伎の鑑賞を浴衣で@東銀座

毎日、暑い日が続いている。本日は日曜日、東銀座のシネマ歌舞伎に招待された。かみさんと浴衣で出かけることにした。新しい浴衣は準備が間に合わなかった。そこで、その昔に長男が着ていた紺地の浴衣で、裾の丈を調整してもらった。彼の方がわたしより身長が...
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【柴又日誌】#77:金井進一さん(寿司ダイニングすすむ、店主)をインタビュー

「寿司ダイニングすすむ」は、高砂に引っ越してからすぐに、ネットで検索して見つけた「回らないお寿司屋さん」である。12坪の店舗は、高砂駅南口のヨーカ堂から歩いて3分のところにある。高砂地区でもっとも繁華な通り沿いにあって、常連さんを中心にいつ...
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【柴又日誌】#76:トヨタ自動車、小川ゼミ生3人と再会@神田明神下

バブルがはじける前後のことだった(1990年)。愛知県名古屋市の桜通りに、トヨタ自動車グループの販売会社があった。社内では「自販」と呼ばれていた。販社の中核部門は、商品企画部と呼ばれていた。生産部門の組織名称は「自工」で、自販の商品企画部と...
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【柴又日誌】#75:コメダ珈琲のコーヒーにお代わりがないのはなぜ?

コメダ珈琲のモーニングセットをはじめて頼んだ。息子たち家族と一緒に、白井の旧宅に朝顔の定植に行く途中での立ち寄りだった。朝7時の開店直後に入店。息子たちはいつものように、子供たちにモーニングセットを頼んだ。わたしは、500円でコーヒーを頼ん...
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【柴又日誌】#74:団十郎朝顔、ふたたび ~ タネを撒き、苗を定植して、開花を待つ。

神田小川町のオフィスわんの入口に、団十郎朝顔の苗を植えてきた。朝顔のプランターの隣には、色合いも美しいモミジの鉢が置かれている。日比谷花壇から、事務所開設のお祝いにいただいた紅葉の低木である。朝顔のほうは、昨年、木村芳夫くんから分けてもらっ...
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【柴又日誌】#73:はじめての「母の日参り」

ゴールデンウイークから母の日にかけて、亡き母の墓参りをする習慣のことを、少し前から「母の日参り」と呼ぶようになっています。米国で母の日が始まったのも、亡き母を忍んで追悼することがきっかけだったと言われています。日本の花業界が提案したのが、「...