【寄稿】拙稿「WFM(ホールフーズマーケット)にプレッシャーをかけた米国流”物言う投資家”の論理」『販売革新』(2017年8月号)

 『販売革新』2017年8月号で「アマゾン後のリアル店舗」という特集が組まれた。7月13日に原稿の提出を終えていた。学者の寄稿者は、元同僚の矢作敏行先生。実務家からは、島田陽介さん、小島健輔さん、月泉博さんらが寄稿していた。

 

 当初、依頼を受けた時の特集テーマは、「ホールフーズ買収の“真因”」だった。編集段階で、第二部は、「米流通業の未来」と変わった。それほど大げさに、テーマを設定することもなかったように思う。IT企業の店舗系小売業の買収事件だから。

 わたしが指摘した真因を、他の筆者も同じようになぞっていた。論旨には、寄稿者間でそれほどのちがいはなかったように感じた。ある意味では安心なのだが、それほど意外な論拠を提示した筆者もいなかったということだろう。

 『ダイヤモンド・チェーンストア』や『日経ビジネス』も、同様な特集を先行して組んでいた。『販売革新』の記事がもっとも多様性がある特集を組んでいたように思う。物流の専門家(角井亮一さん)と、在米の小売コンサルタント(平山幸江さん)がおもしろい記事を書いていた。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「WFM(ホールフーズマーケット)にプレッシャーをかけた米国流”物言う投資家”の論理」

『販売革新』2017年8月号
 文・小川孔輔(法政大学経営大学院)

*小見出し、リード文などは、実際には変更されている。ここはオリジナルの文章を掲載する。

 

 <はじめに:成長戦略の方針変更?>
 EC大手のアマゾン・ドット・コムが、米ホールフーズ・マーケットを137億ドル(約1兆5200億円)で買収すると発表した(6月16日)。ホールフーズの買収は、アマゾンによるM&Aでは過去最大規模になる(図表1 アマゾンの買収事例)。二番目に金額が大きかったザッポスのM&Aでは、その10分の一以下の12億ドルを投じただけである。この買収劇は、アマゾンが採用してきた内部成長に対する戦略変更と受け取られかねない側面がある。実際に、今回の買収は、マイナーな軌道修正の最初の事例だと考えられる。

 これまでアマゾンは実験的に無人店舗などを運営してきた。そのねらいは、自社が持っている大規模データベースのリアル購買での活用や発展が著しいセンサー技術の応用で、人工知能(AI)を店舗運営に活かすためのノウハウ蓄積にあるとみられてきた。
 ところが、プレミアム食品スーパーのホールフーズを買収したことで、本格的に食品小売業に参入する姿勢を示したことになる。ただし、アマゾンが実店舗を持つことの意味はやや不明である。そもそもヴァーチャル空間での取引と実店舗では費用構造がまるで異なる。経営のスピードや柔軟性も圧倒的にちがっている。この二点を克服することが買収後の課題になるだろう。しかし、いまのところ、アマゾン創業経営者CEOのジェフ・ベゾスは、ホールフーズ買収の真意を明かしていない。

 そこで、本稿では、アマゾンによるホールフーズ買収の戦略的な意図と、EC大手が将来的に店舗運営に関与するこことの是非を考察してみたい。日本の大手小売業の経営者にとっても、米国の動向は対岸の火事とは思えないだろう。グローバルな小売りの風景が大きく変わってしまいそうな予感がする。日本国内でも、アマゾンは都内の一部で、生鮮食品の宅配事業「アマゾンフレッシュ」を開始している。まるで海外でのアマゾンの動きに呼応するように、セブン&アイ・ホールディングスがアスクルのネット通販事業(LOHACO)と提携することを発表している(「生鮮アマゾン流に挑む『日本経済新聞』2017年7月7日)。

 

 <買収のシナジー効果はあるのか?>
 EC最大手のアマゾンは、なぜホールフーズ買収に打って出たのか?まずはその経営的なシナジーについて考えてみたい。
 各誌の論評は、巨大EC企業のアマゾンが、実店舗小売業を買収する意図を図りかねている。しかし、筆者には、その理由が明白のように思う。巨大ハイテクEC企業とはいえ誰にでも不得意な分野はあるもので、アマゾンにとっては食品の物流網の構築がその一つである。あるアナリストは、アマゾンがホールフーズを取得することの補完性に関して、つぎのように指摘している。
 例えば、もっとも早くニュースリリースを出している『ブルームバーグ(Bloomberg)』によると、「ウェドブッシュ・セキュリティーズのアナリスト、マイケル・パクター氏は、アマゾンにとって今回の買収は食品の配送網取得といった意味合いが強いと分析。アマゾンはここ何年も食品配送事業への参入を試みてきたが、他の分野ほど成功していない」「アマゾン、ホールフーズを137億ドルで買収-食品販売に本格参入」(https://www.bloomberg.co.jp/news/articles/2017-06-16/ORN6SK6JIJUP01)など。自社の配送網を確保するのに、自然食品系のホールフーズが必要だというわけである。
 意外と思われるかもしれないが、アマゾンはホールフーズを買収したことで、配送ネットワークに付随した「冷蔵庫」をごく安価に入手したという見方ができる。筆者の元大学院に、冷凍冷蔵専用の物流会社「ムロオ」(本社:広島県呉市)を経営している山下俊一郎社長がいる。海外の食品スーパーなどの物流視察を頻繁にしている彼によると、「ホールフーズは、全米に約50カ所の物流センター(冷蔵、冷凍、常温)を保有していると推測できます。わたしどもの物流センターの通過物流金額が約450憶円で、イオンの物流センターが日本全国で53箇所、卸のセンターが10カ所だからです」。
 ホールフーズの売り上げが1.6兆円だとすると、イオンとの比較で物流センターの数を50カ所と推測したらしい。さらに、山下社長自身の経験では、物流センターの一カ所への投資規模は約50億円。そうだとすると、アマゾンが買収で得た50カ所の資産価値は2500憶円ということになる。アマゾンが自社で土地建物を取得して作るよりは、はるかに迅速に効率よく物流施設建設に投資ができたことになる。
 日本国内でも、ヤマト運輸とのサービス運賃交渉で、アマゾンは「ラストワンマイル」に課題を抱えている。自営のトラック業者を束ねて、自社で配送網を確立する努力を表明しているが、その先行きは不透明である。米国も事情は似たようなものなのだろう。その矢先に、ホールフーズから買収の話が持ち込まれたわけである。

 

 <ホールフーズ側の事情>
 ところで、買収対象にされたホールフーズは、どのような経緯で身売りを決断したのだろうか。同社は、自然食品スーパーマーケットの草分け的な存在である。これまでは、ワイルドオーツなどの、競合と思われた自然食品系チェーンを統合しながら急成長を達成してきた。ただし、売上高一兆円を超えた2010年ごろから、その成長性と収益性に陰りが見えてきている。
 近年になって、とくに得意とするナチュラル&オーガニック市場は、コストコやクローガー、ウォルマートのような伝統的な小売業に急速に浸食されつつある。有機食品の売上では、2年前にホールフーズはコストコに抜かれている。クローガーなどの食品スーパーも高品質の有機食品を提供するようになり、オーガニック食品の販売面だけでなく、原材料の調達面でも差別的な優位性を失いかけている。
 そんな事情から、真実はといえば、米国流の株主資本家(アクティビスト)の論理がホールフーズにプレッシャーをかけた。その出口として、売却先がアマゾンに落ち着いたというのが正しい答えのようだ。「ホールフーズは、今年に入り8%強の株式を取得したアクティビスト(物言う投資家)のジャナ・パートナーズから、買い手を探すよう圧力を受けていた。アマゾンの傘下となることで、マッケイ氏はホールフーズのCEO職にとどまることが可能になった」(同上、ブルーンバークのコメント)。
 もっとも同じ小売業とはいっても、買収した側のアマゾンは、いまや伸び盛りのIT企業である。ビッグデータやAIを駆使したハイテク経営に優位性を持っている。実店舗(コンビニエンスストア)での商品販売をRFIDタグの使用で「自動化する技術」(Amazon GO!)などを開発して、世間をあっと言わせてきた。また、店舗運営面では、画像認識技術や監視カメラを使って、ショッピングと店舗オペレーションの形態を変えてしまおうとしている。
 アマゾンが志向している技術の基本的な方向性は、「省力化」と「自動化」である。それと、情報活用技術に多様なイノベーションのタネを持っていることに特徴がある。一方で、アマゾンは巨大な物流会社という側面も併せ持っている。ホールフーズの買収は、アマゾンにとっては実店舗と物流網の獲得と、成長のための時間短縮という意味が大きかったと言える。

 

 <上質な顧客データと小売りの実験場>
 ホールフーズの買収価値は、店舗と物流センターという有形な資産の獲得にとどまらない。顧客(データ)という無形な資産取得が、二番目の買収理由であると考えられる。1兆円以上を投じて買収を決断したアマゾンの立場からいえば、「ホールフーズの顧客とその購買データ」により多くの資産価値があるように思う。
 ホールフーズの顧客は、米国の最富裕層(上位5~10%)を構成している。購入している商品サービスも、そのライフスタイルも最先端のものである。そうした豊かな顧客層の買い物データは、EC企業にとっても魅力的である。しかも、先端的な消費者たちの買い物データには、プレミアム食料品や健康志向のデリカテッセン、付加価値の高いサプリメントなどが含まれている。自然健康市場の「先行指標」となる買い物データが、アマゾン流のECマーケティングに利用可能になる。
 それに加えて、富裕層をターゲットしている実店舗は、毎年10%以上の伸び率で成長している自然&有機食材のテスト市場としても利用価値が高い。もともとアマゾンはデータ活用企業である。ホールフーズ買収で食品の「販売実験場」を握ることができた。自然健康食品だけでなく、すべてのカテゴリーで、この顧客層にテストマーケティングを試みてくる可能性が高い。
 もう一つの可能性は、ラストワンマイル問題を解決するために、ホールフーズの店舗を、商品の「最終受け取り場所」として活用する方向である。ECで購入した商品を実店舗でピッキングするサービスは、最近ではごくふつうになりかけている。いわゆる「オムニチャネル戦略」の起点として、ホールフーズを活用するという考え方である。
 幸いにして、ホールフーズの店舗サイズは、コンビニなどとは違って、在庫場所を確保することができる。日本でも、都市型の中規模スーパーなどが、ECでショッピングした商品の受け取り場所になる可能性が今後は高まる可能性がある。最初の実験場として、ホールフーズが利用されることになるのではないだろうか?

 

 <ホールフーズ買収の先に来るもの>
 小売業関係者にとって気になるのは、アマゾンが打ち出す次の一手についてであろう。予測に際して採用すべき視点は、アマゾンという企業の本質についてである。
 よく知られているように、社名の「アマゾン・ドット・コム」は、熱帯雨林のアマゾンに由来している。コーヒーや自動車、歯磨きなど特定の商品やサービス、特別な業態を連想しないように命名されたと言われている。逆に言えば、モノとサービスのすべてを取り扱うようにデザインされた事業体であることがわかる。つまり、本質的には、まるでアマゾンの濁流のように、「すべてを飲み込む」ように設計された企業なのである。
 そのベースにある思想は、①消費者への利便性の追求(=マーケティング)と、②商品やサービスの提供に対するオペレーションの革新(=イノベーション)である。アマゾンの次の一手も、この観点から予見することができる。この先に買収や提携の対象となる企業は、①マーケティングに関して「補完性」があるか、②オペレーションについて「革新」をもたらすことができるかどうか。いずれかの見通しが立つことが基準になる。
 ホールフーズの買収では、両方の可能性が追求された。将来的に買収の対象になる企業があるとすると、主として後者のケースだろうと考えられる。その企業(例えば、ホールフーズ)や業態(例えば、コンビニやドラックストア)で、省力化や自動化でイノベーションを起こる可能性があるならば、アマゾンは買収にかかることがあるだろう。具体的な予測は差し控えるが、日本国内でも実験場として、中堅の小売業や飲食チェーンがターゲットになることは十分に考えられる。

                
図表1 アマゾンの買収企業とその金額