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【復刻版】「第一章:老舗ブランドの伝統と革新“虎屋”」『当世ブランド物語』(誠文堂新光社、1999年)
 17年前の原稿をアップする。秘書の内藤光香が、印刷原稿をデジタルに変換入力してくれた。オリジナル原稿は、1997年に書いた連載時の文章である。今読んでもまったく古びていない。虎屋17代当主の言葉は、「伝統と革新」の共存。

 

「老舗ブランドの伝統と革新“虎屋”」

『当世ブランド物語』(誠文堂新光社、1999年1月)

 文・小川孔輔(法政大学経営学部教授、当時)

 

<リード文>

「室町時代、屋号の人気は、1に亀屋、2に鶴屋、3、4がなくて5に虎屋」(日本教会史)。
当時の日本人にとって、虎は想像上の動物であったが、勇猛果敢な勢いを感じさせる点で人気があった。
虎は商売の神様で毘沙門天のお使い。
“虎屋”は代々、毘沙門天を守り神として大切に祀ってきた。

 

◆虎屋、パリへ出店する
 1980年10月、和菓子の老舗・虎屋が、パリ1区のサンフロランタン通りに店をオープンした。
 翌年5月のある日、1人のフランス人が店を訪れ、「柏餅を20個ください」と頼んだ。あまりに個数が多いので、店員が「何人でお召し上がりになるのですか」とたずねたところ、その男性は、「食べるのは2人です。妻は日本人ですが……」と答えた。「それは多うございますね。それでは、わたしのほうから奥様にお電話を差し上げて、もう一度お伺いしてみましょう」。電話番号のメモをもらった店員は、「いまご主人が店にお見えになって、お2人で20個とおっしゃておられますが、何かの間違いではございませんでしょうか」「いや、彼が1人で10個は食べてしまいますから、20個なんですよ」「それでしたら、結構なんですけれども……」。
その時、店員のていねいな日本語を聞いていたく感激したその女性は、さっそく日本の友人に手紙を書いた。
 「昨秋、虎屋さんがパリに店を開きました。当地での知名度はまだ低いですけれど、きっとパリでも商売は繁盛するにちがいないと思います」。
 和菓子文化の紹介と社員研修の場として出店したパリの店は、進出から8年後の1988年、単独の事業として黒字に転換した。フランスで商品開発した“羊羹de巴里”は、日本に逆輸入され、人気を博している。

 老舗には2つのタイプがある。和菓子業界で約500年の歴史を持つ京都「川端道喜」(日本最古のちまき屋)のように、商品・製法を変えず、ただ1軒のみで商いを続ける伝統的な商家のスタイル。一方、老舗とは言っても、時代の流れを鋭敏に察知し、商品、製法、販売方法に工夫を凝らし、時代の節目節目で進歩の可能性を追い求める革新型の老舗。虎屋の経営は、明らかに後者である。
第17代当主、黒川光博社長(53歳)が講演やインタビューで好んで引用する言葉がある。
「伝統とは革新の連続である」。

 

◆歴史と伝統に安住せず
 口伝によると、虎屋の歴史は室町時代の末期からで、約450年。元禄年間に書かれた「御出入商人中所附」(虎屋文庫保存)によると、虎屋の御所御用開始は、室町時代末期からとされている。当時の当主で、虎屋中興の祖と呼ばれている黒川円仲から数えて、現在の当主で17代目になる。
 京都の出ではあるが、明治維新の遷都で、天皇家とともに明治2年に東京へ移転。その時、京都の店は引き払わずに、いまでも、当主が京都の店を訪れると、店の人は主人に「おかえりなさい」と声を掛ける習わしがある。
 本社機構は東京・赤坂にあって、工場は全国に3ヵ所。東京と京都の工場では、生菓子類、最中など、あまり日持ちのしないものをつくっている。自動倉庫を持ち、機械化された量産設備が整っている御殿場工場(1993年に新鋭工場竣工)では、売上高の約70%を占める主力商品の羊羹を生産している。
 店舗は、首都圏(東京、神奈川、千葉)に44店、関西(京都、大阪、神戸)に10店。名古屋に3店、その他の地域に16店舗。海外では、パリの店のほかに、ニューヨークに店を開いている(1993年)。
 95年度の売上高は147億円。96年度は、約154億円を見込んでいる。97年度は、約159億円を目標にしており、業績は順調に伸びている。
 「虎屋が老舗としてこれほど長く続いてきたのはなぜですか」という筆者の問に対して、専務取締役の楠野陽氏は、その理由を5つ挙げてくれた。
 第1に、和菓子一筋、頑固に和菓子だけを求め、他の事業に乗り出さなかったこと。第2には、間口を狭くして、あまり商売を広げなかったこと。第3に、17代当主の言葉にあったように、守ってばかりいたわけではなく、経営者と組織に「革新の気風」があったこと。第4に、パリ店での顧客対応で見られたように「お客様第一」を考えて商売を続けてきたこと。第5には、「人材育成」に力を入れてきたこと。
 この5つが、室町時代から長きにわたって、「虎屋ブランド」を支えてきたのである。

 

◆和菓子の市場は穏やかながら成長
 古くから続いている老舗に、「本業以外に手を出すな」という家訓をよく見かける。
地道に菓子づくり一筋で来たことが、虎屋の今日の繁栄を築く基礎になっている。しかし、それだけではない。和菓子の市場が、ある一定規模があって、しかも売上げが上下に激しく動くことがない安定市場だったことが、本業に専念できた大きな要因であろう。
和菓子の市場は、1995年で約5867億円(「全日本菓子協会」調べ)。意外なことに、明治維新以来続いている生活の洋風化の波の中にあって、和菓子への需要は、年率1%とわずかずつではあるが、戦後も一貫して伸び続けてきた(ただし、95〜96年は微減)。
それは、なんと言っても、和菓子が日本の気候風土の中で育ち、日本人の生活の中に溶け込んでいるからである。誕生や入学のお祝い、結婚式の引出物、桃の節句や子供の日など、生活の節目節目で和菓子は使われている。地域の生活に根ざして、日常生活の中にはいり込んでいるものは、なかなか廃れない。
 和菓子の売上げが伸びているのは、植物性の原料を使った「健康食品」であるからと言われている。たしかに、動物性蛋白質でできている卵を除くと、和菓子の原料は五穀と寒天が主の植物性で、食物繊維が豊富なヘルシーな食品である。洋菓子に比べて、カロリーは約半分。参考までに、羊羹ひと切は約200キロカロリー、ケーキ1個が約350キロカロリーである。
 虎屋が数年おきに実施している消費者調査(TMR)によると、中年以降(40歳)を境にして、日本人のお菓子への嗜好が、「洋菓子好き」から「和菓子好き」に変わるという。リサーチの結果では、20代で「和菓子派」が31%なのに、これが50代となると75%になる。しかし、若い人でも、38%は、「和菓子をよく食べている」と答えているから、和菓子には根強い人気があることがわかる。

 

◆間口の狭い商売
 1997年3月の時点での店舗数は、国内で73店。75年が66店だったから、この20年間で店舗数はあまり増えていないことになるが、売上げは、この間大きく伸びている(約2倍)。
 御所への「食品納入業者」であったという成り立ちから、戦前のある時期まで、虎屋の顧客は、貴族や軍人、一部の金持に限られていた。また、商品はすべて注文を受けてからつくり始める注文生産の方式をとっていたから、店舗を構えて商売を大きくすることが重要な関心事ではなかった。
 むしろ、間口を狭めることによって、良質な特定顧客の二−ズに応えて、宮内庁御用達業者としての老舗ブランド(のれん)のイメージをいかに持続していくかが大切であった。そんなわけで、戦前は、赤坂と京都の2店しか店を持たなかった。
 虎屋が現在の経営規模になったのは、百貨店へ出店したことが大きな要因になっている。ただし、百貨店への出店は割合遅く、1962年に池袋の東武百貨店が初めてである。それ以前、老舗食品店のデパートへの出店は、1949年に東横百貨店が「のれん街」を組織し、専門店で売場を構成したのが始まりである。その時、虎屋へも出店依頼があったが、検討の結果、出店を見合わせている。
派遣する人の問題、商品供給や品質管理の問題などが解決してから、13年後に、ようやく出店に踏み切ることになった。決断までは時間をかけて慎重にことを運ぶが、いったん方針が決まってからの行動は素早い。
 その後は要望により次々と出店。それが、現在のような老舗としての虎屋の地位を築くことになった。百貨店に出ていなければ、今日のようなかたちで、知名度が一段と広がることはなかったと考えられる。
 店の形態としては、直営店、売店、売場の3つの形態がある。
 「直営店」は、虎屋が直接経営する店。「売店」は、百貨店へ社員を派遣している店。「売場」は、社員が派遣されておらず、百貨店の委託売場で、これが現在16店ある。
 商品の販売は、原則として、社員が担当することになっている。委託の売場であっても、場合によっては、百貨店の店員に虎屋での研修に参加してもらい、商品管理や営業方針についての理解を深めてもらう。3つの形態以外に、中元・歳暮の繁忙期だけ季節出店する売場が22店ある。
 それでも、販売チャネルを無原則に広げることはしていない。どこでも商品を買うことができるわけではないということが、老舗ブランドとしてのステータス維持に貢献しているように見える。

 

◆革新先取りの気風と人材の育成
 代々の経営者が、時代の趨勢に合わせて、新しいものに挑戦していく気持を持ち続けてきたことを示す事例は、枚挙にいとまがない。そのうちのいくつかを紹介してみよう。
 明治34年に、菓子屋としては珍しく、虎屋は読売新聞に粽(ちまき)の広告を出している。残っている広告原稿によれば、「ちまき10本が15銭」とはいっている。明治の末には、羊羹を自転車で配達するサービスを行っている。
 また、大正15年に、“ホールインワン”というゴルフ最中をつくっている。「武蔵野カントリー倶楽部」が設立されたのが大正13年である。それ以降に、一般へのゴルフ普及が始まったと言われているから、流行を取り入れるのが非常に早かったことになる。
保存がきかない水羊羹を長期間保存可能にする技術を開発したり、缶詰から現在のような「ポリカーボネート方式」の容器に形状を変更して販売するようにしたのも、虎屋が初めてであった。
 昭和13年ごろには、『菓子だより』という新聞を発行。A4判サイズのこの新聞には、林芙美子、中村吉右衛門、川喜多かくし、宇野千代など、そうそうたる書き手が寄稿している。
 人材育成に関連して、1976年にはいち早く「職能資格制度」を導入。人事考課は、公開性になっており、昇級・昇格は資格試験で決まる。入社後には学歴による差別がない。
 世の流れに先んじていることを示すよい例が、男女同一賃金である。男女雇用機会均等法が施行される以前から、実施されている。1983年には、女子の再雇用ライセンス制度を制定。育児休暇制度、海外留学制度、現地研修制度など、人材育成のための諸制度が充実している。
 従業員は800名。男女の比率は4:6で女性のほうが多い。平均年齢は男性が34歳、女性が24歳と非常に若く、男女平均で27.6歳である。老舗と言われているわりに、平均年齢が低い。それが、一般に言われている老舗とはちがって、進取の気風と革新的な企業風土を生み出している源泉なのかもしれない。

 

◆お客様第一の精神
 顧客第一の精神は、単なる心構えの問題ではない。仕事の仕組みの中で実践されるべきものである。
虎屋が百貨店への出店に慎重になった理由の1つが、製造直販の良さを維持できるかどうかという点であった。直販の良さは、顧客との接点を直に持つことができることである。
 虎屋では、店頭で販売しているのが自社従業員である。店頭や出入り先からの顧客の要望が、業務報告書の形ですべて社長まで届くようになっている。直販型の販売組織を採用しているので、何か問題が起こっても迅速な対応ができる。
 顧客優先の精神は、顧客の利便性を考えて、年中無休の営業体制をとっていることに表れている。直営店の赤坂店、銀座店などは年中無休。豊川稲荷の初詣客が来店する赤坂店などは、大晦日まで通常営業の後、新年零時から4時まで営業する。また、注文は事情と時間が許すかぎりはすべて受け、徹夜をしてでも商品を用意するように努力しているという。
 「ただ、顧客第一とは言っても、それは時代によって変わってくるのではないでしょうか。お客様の価値観の変化に則したサービスを工夫していかないと、老舗と言えども自己満足に終わってしまう危険性があります」(楠野専務)。
 基本の精神は変わらないにしても、個別具体的な対応はどんどん変えていかなければならない。その良い例が、贈答用商品の包装の問題である。贈る側は、見栄えを考えてていねいに包装してもらうほうがよい。しかし、贈られる側は、あまり箱が大きいのは困りもの。過剰包装は社会的には迷惑であるし、資源の無駄遣いなどの問題がある。賞味期限、原材料の表示等については、昔はなかったサービスである。

 

◆老舗のブランド管理に学ぶ
 歴史のある会社は、自己主張がはっきりしている。商売の筋道がしっかりしていて、それを押し通そうとする傾向がある。しかし、譲らないところは決して譲らないというのは、それはそれで素晴らしいことである。
 現代の企業が、老舗の経営に学ぶところがあるとすれば、それは商売に対する一徹さ、頑固さであろう。
たとえば、虎屋はこれまで、ほぼ10年にひとつのペースで新しい商品を発売してきた。台帳に登録されている商品は、約110〜120アイテムがあるが、発売後に商品を廃盤にしたことはほとんどない。
 新しい商品を開発するスピードはゆったりしているが、商品と顧客を大事に育てているのである。
 それとは対照的な数字がある。日本のパッケージ食品市場において、商品のライフサイクルは平均で1〜2年。発売5年後の生存率は約20%である。

 「やや甘みが強く、すこし固めで、食べたあとの後味が良いこと」。
黒川光博社長が手短に表現した自社商品の特徴である。おそらく、基本となるこのコンセプトが簡単に変わることはないだろう。しかし、具体的な「甘さ」と「固さ」の表現には、ある程度の幅がある。
 甘みや固さをつくり出す製造技術や原材料の調達方法は、試行錯誤のプロセスを通して完成されてきたものである。その時代の趨勢や嗜好の変化を取り入れて、プロの職人たちが現場での微調整によって決めている。実際に、和菓子の材料である黒砂糖の精製方法、小豆の産地、寒天の栽培方法は徐々に変わってきている。そのために、和菓子の味は微妙に変化しているという。
 大切なことは、菓子の材料や味、包装資材など、顧客のニーズに合わせて商品内容を微妙に変化させながら、外から見た時の老舗としての虎屋のイメージは、数百年間変わっていないように見えることである。
 驚くほど革新的な経営を実践しながら、一貫性のある商品イメージを維持する巧みさを、われわれは虎屋のマーケティングから学ぶことができる。

 

 この原稿を書くに当たっては、楠野陽専務へのインタビューと楠野専務の講演録「老舗のマーケティング」(法政大学大学院:1993年11月10日)を参考にさせていただいた。また、広報室の川口達也課長からは、現社長の雑誌取材記事、講演録の資料提供をいただいた。(『ブレーン』97年5月号掲載)

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