この雑誌は、編集方針が変わっている。季刊誌でありながら書籍形態で出版されている。2015年秋号は第4号で「タネの秘密」。創刊号は「宇宙の真ん中で」、第2号は「僕らの自立」、3号は「草ってすごい」。友人の坂崎潮さんの推挙で読んでみた。この雑誌、おもしろい。
特集号の表紙は、「タネから先に出るのは、芽ですか?それとも、根ですか?」という監修者の木村さんのクイズからはじまる。木村さんの講演でしばしば聞く、禅問答まがいの質問である。答えは、「根から」である。しっかりと土に根を張らせるために植物は根を先に直根を出すのだ。
コンテンツを紹介しよう。
「月とタネの濃密な関係」(10頁~)では、植物の成長(発芽と収穫のタイミング)が月の動き(新月から満月まで)に影響されていることが説明されている。つまりは、「マクロビオティクス」に生物学的な根拠があることが示されているのだ。マクロビオは、神秘主義で占星術の延長にあるわけではなく、科学で説明できる現象であることに驚愕する。
「タネはどのように進化してきた?」(22頁~)は、地域固定種からF1、遺伝子組み換え作物(GMO)まで、タネがどのように進化してきたかの歴史が俯瞰できる。わたしなど、F1って、「種子独占のための種苗会社の手段だったんじゃない」と思い込んでいたのだが、そればかりではない。それなりのメリットもあることがわかる。
26ページ以降は、タネの継承の話になる。「固定種」(在来種)の種苗交換の話が中心になる。
*「固定種」とは、F1(それからタネをとっても形質がバラバラになる種子)に対して、同じ形質の種がそろう種子のこと。
在来種ともいう。種苗会社にすると、農家が自家増殖できるので、経済的にはF1種子に劣るとされてきた。
「固定種が買えるタネ屋さん」では、代表的な4社のリストが公開されている(32頁~)。
「広がる!普通の人のタネ交換」(34頁~)
圧巻は、木村さんの連載(自然栽培4、その考え方と技術)で、「タネは記憶する」というコラムだ。この内容をやや詳しく紹介しよう。まるで、木村さんの語り口そのままに文章化がなされている。
タネは、根を出して花を咲かせて実をつけた「土を記憶する」のだそうだ。その根拠となるのは、木村さんの以下のような「タネをとって、まいてまたタネをとる」という経験だ。
木村さんは、かなり前に、山の樹々や草花たちが肥料も農薬も使わないのに立派に育っているのを見て、「山の土ならば何でも育つはずだ」と考えて、山の土の持ってきて稲の苗を植えたことがあった。ところが予想に反して、ほとんど育たなかった。それでも一応、穂が出て30粒くらいのタネモミがとれたので、翌年、そのタネモミをまた同じ山の土に植えてみた。そうしたら、今度は立派に育って、一年前と比べて10倍の収穫量になった。
木村さんの結論は、タネには土を記憶する力がある、だった。同じ品種のタネなのに、丹波の黒豆を北海道にまいてもうまく育たない。逆に、北海道の黒豆を丹波の土にまいてもうまく育たない。だが、二年、三年と同じことを繰り返していると、丹波の黒豆が北海道でも育つようになる。これはタネが土を記憶するようになるからだ。
在来種のおもしろいところは、タネが自然にその土地(光と水)になじんでいくことだろう。あるいは、多くのタネのなかから、その土地との相性がよい系統が残っていくことではなかろうか。在来種のタネには、本源的(遺伝子的)に進化の「多様性」が埋め込まれているらしいのだ。
だから、人間がタネと付き合うときは、その多様性を奪わないようにしなければならない。F1や遺伝子組み換え作物のタネが怖いのは、栽培効率と形や味の一様性を重んじるあまりの欠点にある。一見してどの土地でも良好に育つように育種されているが、実は環境(土、光、水、その他の環境)に依存しないようにデザインされたタネは遺伝子には欠点でもある。
つまり、土や光の変化にタネが反応しないようにプログラムされているということは、環境が激変したときに遺伝子の中核部分が破壊されたら、植物が生き延びることができる冗長度をもっていないということでもある。「経済的な効率」と「リスクに対する適応力」は、トレードオフの関係にある。短期的な効率は、長期的な環境適応力とは異なっている(たとえば、一週間前にブログで紹介した岩井著『経済学の宇宙』でも、資本主義経済システムでも、同じことが言えると主張されている)。
木村さんのコラムからの教訓である。わたしたちの人間は、これから生まれてくる子孫のために、植物からタネが土を記憶しようとする力を奪ってはならない。F1種子を全否定するわけではないが、F1とGMOだけに覆われた植物界は異様なのである。
植物の増殖における持続可能な生態系を守るためには、タネのどこかに冗長さを残しておくことが必要である。タネの記憶力は、言葉を変えると、遺伝子レベルでの変化適応力なのではないのか。わたしは、生物学者でも遺伝学者でもないので植物のエコシステムについて確実なことは言えないが、ビジネスの世界でも同様なことが言えるように思う。
生産と販売の効率だけを重視して、組織の自己利益だけを追求してきた巨大企業が、歴史的にみてどのような末路をたどってきたのか?実業界も、植物界のタネの記憶の話に学ぶべきではなかろうか。組織の中に異質な血を埋め込む準備と努力をしておかなければ、いつか訪れる環境の激変には非常にもろい組織になってしまうだろう。