来月の上旬に、同僚の平石郁生さん(IM研究科客員教授)が、自らの起業体験を一冊の本にまとめて出版することになった。当初のタイトルは『成功と挫折、そして再チャレンジ』だったが、出版社からの勧めで『挫折のすすめ』になりそうだ。たしかに、こちらの方がキャッチ―で売れそうな気がする。
ドラフトの段階(昨年10月)で、平石さんから直々に「推薦の言葉」を依頼された。拙稿を本の冒頭に挿入させていただいている。ご本人の許可を得ている。二週間ほど先走ることになるが、プロモーションの意味を込めて、小川の<推薦文>をブログにアップさせていただくことにする。
平石さんらしく、主として電子版書籍として発売される予定と伺っている。将来起業したいと考えている若者たちに、是非とも購入されることをお勧めしたい。
<推薦の言葉> 小川孔輔(法政大学経営大学院イノベーション・マネジメント研究科教授)
いつも呪文のように唱えている格言がある。”Publish or perish”(「本を出さないと世の中から忘れ去られてしまうぞ」)。自分もある種の強迫観念をもって本の冊数を増やすことに挑戦している。だからというわけではないが、弟子や親しい友人たちに対しても、「たくさん論文を書け!」「単著で本を出せ!」と会うたびにうるさく言ってきた。
実は、平石さんにも、「イノマネ」(法政大学経営大学院イノベーション・マネジメント研究科)で学生を教えてもらうようになってからは、折にふれて「いままでのこと(三度の起業)をまとめて本にしてみたら?」と助言してきた。大学院で平石教授が担当している科目「ベンチャー経営論」の前任者は、本書にもしばしば登場する「マクロミル」の創業者・杉本哲哉社長(元リクルート)である。杉本さんもマクロミルを離れていた3年間がある。充電期間中に羽根を休めていたのは、わが法政大学の経営大学院(イノマネ)だった。起業家には、自らを見つめ直す充電期間が必要ということなのだろうか?
平石さんには、ネットリサーチ業界の草創期のことを材料に自らの起業体験を回顧してほしかった。本人もその気になったようだが、新しい仕事(サンブリッジ グローバルベンチャーズの立ち上げ)と二番目のお子さんの誕生で、執筆時間を確保することが難しそうだった。それでもわたしが執拗に「本の話はどうなったの?」「出版社は見つかったの?」と圧力をかけ続けたのは、将来にわたって大学で教えることを希望するなら、いずれ単著が必要になるだろうと思ったからだ。未来への準備のためと、若くして両親を失った平石さんに対するわたしの「親心」からだった。うれしいことに、今回の出版でそれが実現することになった。
本書は、「平石郁生」というひとりの起業家が、自らの半生を回顧した自叙伝である。幼少期の悲しい出来事に始まり、徒手空拳でベンチャー起業家として独立して、最終的に成功を勝ち取るまでの姿を自らの筆で赤裸々に綴っている。平石さんの起業家としての強みは、優れた英語力とプレゼン力である。しかし、幾度となく遭遇した困難をうまく乗り切れた本当の推進力は、良い意味でのキャリアに対する劣等感だとわたしは感じている。
だから、小さなコンプレックス(=「未来の夢―現在の姿」の自己査定)を抱えながら、何か大きなことを成し遂げようとしている若者には是非とも本書を読んでほしい。読み方は読み手によって異なるだろう。おもしろいと感じるポイントもちがうだろうが、つぎの3つの点だけは読み落とさないでほしいと思う。
一つ目は、ベンチャー経営者としての「事業構築プロセス」に関する心構えについてである。勘違いをしないでほしいのだが、自分が楽しいと感じられる事業(ビジネス)に取り組むことは成功の必要条件ではあるが、それは十分条件ではない。事業内容が「クリエイティブ(創造的)」であることと、ビジネスそのものが「イノベイティブ(革新的)」であることとは同じではない。平石さんが文中で述べているように、「(マクロミルの成功は)どうすれば、スケーラブルな事業ができるか?どうすれば、高収益な事業ができるか?どうすれば、効率の良いオペレーションができるか?」を判断基準に事業を構築していったからである。平石チームの反省点は、創造的であることにこだわり過ぎたことである。
二つ目は、「経営チーム」をどのように構成するのかについて意識的であるべきだという点である。結局、どんな事業も一人では何もできない。そうなのだが、「(メンバー同士が)馬が合うかどうか」よりも、それ以上に異質な才能を組み合わせることができるかどうかが重要である。異種混合の力が働かないと、その事業はキャズムを超えて爆発しない。
三つ目は、「厳しい決断を先延ばしにしないこと」(平石さん)を学んでほしい。捨てるべき事業や商品は、傷が深くならないうちに早期に決然として捨てたほうがよい。凡人にはなかなかそれができないのだが、優れた経営者は、「断捨離」の決断には躊躇しないものだ。運も味方につけた上でのことなのだが、「運と実力」を混同しさえしなければ、幸運は天から自然に降ってくる。
最後に個人的な感想をひとつ。1年ほど前にすでに、今回の本で下敷きになっているエピソードの一部は、個人ブログやウエブ連載で公表されている。平石さんとは、「プロジェクト研究」という合同演習で一緒に学生を指導しているので、直接的に話す機会も多くある。だから、知っている話なども少なからずはあったのだが、ご本人の幼少期のころ(ラーメン屋での原体験やご両親との会話)などは初めて知るエピソードだった。平石さんの起業家としての資質は、こうして形成されていったのだと感慨が深かった。
本書を上梓することで、平石さんの仕事のドメインが大きく変わっていくような予感がする。本人が最終章で述べているように、平石さんの活動領域は、「グローバルな市場を目指すベンチャー起業家の指導と教育」に向かっていきそうだ。傍から見ていて、それが一番、彼に似合っているようにも思う。
近々、目標の再設定が必要になるかもしれない。いや、三度目の成功をしかけているのだから、もうすぐ目標をリセットすべきタイミングがやってくるだろう。