日経MJヒット塾「食のイノベーション③」11月15日号

 毎週金曜日、『日経MJ』で「食のイノベーション」という連載がはじまりました。第3回を掲載致します。


日経MJヒット塾(連動企画)                  2013年11月15日
「食のイノベーション③」
小川孔輔(法政大学経営大学院教授)

素性分かる仕組みに信頼

 ホテルのレストランなどでメニューの虚偽表示が相次ぎ発覚した。エビや牛肉などの素材名に関する呼称の偽装は深刻だ。背景に2つの構造的な要因がある。市場中心の流通では食品のトレーサビリティー(生産履歴の追跡)が完全には担保できないこと。それと、企業では調達や加工、販売が分業組織となり、食材の管理も分権化してしまったことだ。
 一昔前なら消費者はレストラン(高級ブランド)を信頼し、素材や味に疑念を抱かなかった。インターネット・モバイル通信の世界は基本的に「露出社会」だ。交流サイトを通じ料理やメニュー表を画像で交換し合える。意図的な行為であれ、偶然の結果であれ、もはや偽りの食材を使ったいい加減なメニューは隠しおおせるものではない。
 表示を偽る「粉飾事件」はいまに始まったことではない。1980年代には農薬やホルモン剤の使用による健康被害への不安が募るなか、農薬を使っていながら「無農薬」をうたった野菜の不当表示などが問題となった。
 食品流通の仕組みを変革しようと登場したのが第二世代のイノベータ―(有機・自然系農産物の宅配ネットワーク組織)たちだった。今春ローソンと提携した大地を守る会(千葉市)や、NTTドコモが買収したらでぃっしゅぼーやなどだ。
 消費者と生産者が結びつく「ボックススキーム」は各地に拡大。大手スーパーも農産物の品質や生産履歴開示に配慮するようになった。農薬など独自基準に基づき調達する「生鮮PB(プライベートブランド=自主企画)」が支持を広げている。
 食のヒットは、素性のわかる食材流通の仕組みへの挑戦から生まれる。
 東京都の西部に、食品の品質を上げ、消費者の安心・安全ニーズに応えるユニークな小売りチェーンがある。筆者が「日本のホールフーズ・マーケット(有機野菜などを扱い快進撃を続ける米スーパー)」と呼ぶプレミア食品スーパーの福島屋(東京都羽村市)だ。
製造小売り志向のオーガニック(有機栽培)・スーパーで、加工食品も独自評価する。自然栽培や国産有機農産物をベースにするなど「大変安全性に優れている商品」は赤、外国産有機農産物による食品や原材料にこだわるなど「安全性に配慮されている商品」は緑、「一般的な商品」は白の印を表示する。商品の1割が赤、7割が緑という。
 一部の麺類は系列工場で小麦粉から生地を練り上げて作る。おいしさと食材の安全・安心を標榜する同社自慢の「五の神おはぎ」は多い日に本店で2000個も売れる。来年1月、初の都心部、六本木に出店する。
 国産大豆で作った豆腐だけで日販100万円―。とうふ工房わたなべ(埼玉県ときがわ町)は輸入原料で作るスーパーへの卸をやめ、素性の分かる豆腐に特化した。
 原料の一部は地元栽培の小川青山在来という品種。有機栽培農家の金子美登氏らが在来種を復活させた。山形県鶴岡市のイタリア料理店「アル・ケッチャーノ」の奥田政行シェフは地場野菜を発掘し顧客を呼ぶ。ともに、種子からの食のイノベーションに挑む。
 2つの例は「規格化された単品料理を標準的で品質がそろった大量の食材で調理加工して提供する」という、米国渡来の食の提供方式対するアンチテーゼである。日本では食材の調達と調理・加工から、その動きが始まっている。

ボックススキーム
有機農産物宅配で採用されている消費者と生産者とが直接に結びつく取引の仕組み。採れたての野菜を「パレット」と呼ばれる箱に詰めて定期的に個人宅に届ける。各地の生活協同組合やオイシックスなど民間事業者に広がった。